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isocoさん

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上半身だけ檻の中

12/07/11 コンテスト(テーマ):第九回 時空モノガタリ文学賞【 群馬 】 コメント:2件 isoco 閲覧数:1661

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「動物園の獣たちは野生というより半野生、半分が人間の保護というぬるま湯に浸かって生きているよね」
 サチエはバスの最後尾に座り、先のような難しいことを得意気に言い出したと思ったら、窓際に行儀よく立てていた十本の指を、ピアノを引くみたいに慌ただしく動かし、ちょうどいい角度で差し込んでくるお日様に向けて鼻先を伸ばした。縁側の猫みたいだ。

 エサやり体験バスというものに乗っている。ゾーン別に区分けされた動物たちの周囲をバスで周りながら、車内に備え付けられた金網越しにエサを上げることができるという、なかなか競争率が激しいツアーに参加しているのである。
 クマと猿が共存しているゾーンまでやってくると、サチエは外を指さし、
「ちーちゃんはこういうとき、もしもここに置き去りにされたらってこと考えない?」
 などと同意を求めてくるので、たしかにバスから今降ろされたら大変なことになるね、と私は笑いながら返事をした。対するサチエは、
「ライオンゾーンとかに取り残されたらヤバイ!」なにやら偉く興奮している。
 このクマと猿ゾーンとかも大変そうじゃない?と私が一頭のクマと大勢の猿を指さすと、
「猿のふりしてれば、大丈夫じゃないかな」サチエは鼻の下を猿のように伸ばした。そのひょうきんな顔立ちは、見ているとつい、バナナでインタビューしたくなるのだった。

 次のゾーンに移動するためバスの移動速度が上がり、窓に顔をくっ付けてエサを求めていたクマたちが後ろへ流されていくと、道幅が狭くなったためか道路の脇から伸びる木々の葉っぱに車体が隠されこととなった。そのため太陽の明かりは遮られ、車内が涼しげな日陰に包まれたことにより、血が引けていく感覚がこめかみのあたりを走ったのと同じく、私の視界はどんより重たいものとなった。外を流れていく葉っぱから涼しい風を感じつつ、サチエが直前に言っていた『もしも』について考えてみる。

 もしも、サファリパークに置き去りにされたらどうなるか。しかも、真夜中だったりしたらどうなる。所詮ウロウロ彷徨うことしかできぬ私は野生動物たちのノッシリとした動きと、恐ろしく深い夜暗に囲まれ、いつ突進してくるかも分からない肉食獣を前にして泣きだしてしまうだろう。しかし、何故か動物たちは私に向かってこようとしない。挙句、ちらっと一瞥するだけで、ぷいっと星空を眺めてしまう。優しい目をしたシマウマに馴れ馴れしく近寄ってみるも、どこかへ行ってしまうし、ライオンは臭いあくびをかましてくるだけ。
 私はここにきて、喰われるでもなく、無視をされてしまうのだ。
 学校でされているように、無視をされてしまうのだ。
 教室の中心で誰からも声をかけられず、かといって笑顔で声をかけても拒まれ、おおよそ生きていることを無言という圧力で否定されているとき、私は決まって裏庭の植物のように下を向いているのだが、その時いちばん見てはいけないのが自分の上履きだということを知っている。母が書いてくれた、父の名字、それが両の爪先に描かれ、私の顔を見あげているのだ。それをサインペンで書いてくれた母の柔かい表情や気持ちを勝手に想像すると、あっさり涙が込み上げ、そして、一度涙を流すと、もう止まらない。私がいじめを受けている間も何も知らずに家で家事をこなしている母の姿や、私を養おうと精力的に会社で働く父の姿を想い、生まれてきたことを申しわけなくなりながら、机に突っ伏して涙を隠すのである。しかしそれで終わりでは無い。クラスメイトはさらに、視線という無言の牙を弱り切った私の背中へと突き立て、猛獣のように心を貪り喰い、私の何もかもを淘汰する。
 でも、そんな私に、サチエだけが、エサをくれた。エサを与えさせてくれた。

 ツアーが終了し、バスを降りる。地面に置きかけた足先は履いていた夏っぽいサンダルではなく、驚くことに何故か上履きで、地面には教室の床板が広がっていた。ここにきて、サファリパークにいるのか、学校にいるのか、どちらか分からなくなってしまったのだ。
「がおー」
 ライオンのつもりなのだろうか、サチエが無邪気に私の腕に絡みついてきた。すると上履きはサンダルになり、地面は音を立てて園内の荒廃したものへと変化し、見えている景色もまた、観覧車が太陽を元気に反射する園内のそれに戻っていった。
 そのまま二人で歩いた。夕焼けが園内を包んだとき、くっついて離れない私たちの影はサイのように盛り上がり、なんだか猛獣のように見えた。
 影を指さして笑いあっていると、ふと夏風が止んで、閉園のアナウンスが流れはじめた。私たちはスピーカーを見上げながら、流れてくるしゃがれた声を寡黙に聞いた。夕陽が沈み、背後から夜に追い越されると、私たちの影は夜を追うようにして園内に伸びていき、絡みあった腕は檻の中で永遠になった。


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このストーリーに関するコメント

12/07/13 isoco

リビドさんへ
どうも、ありがとうございます。
本当に、ありがとうございます。

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