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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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ハツコイバンビ☆

15/01/30 コンテスト(テーマ):第七十五回 時空モノガタリ文学賞 【クラシック音楽 】 コメント:4件 冬垣ひなた 閲覧数:1307

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溝口先生が亡くなった。
風呂場で脳卒中を起こし、そのままだったそうだ。顧問の突然の訃報に、N高校吹奏楽部の皆は涙を流し、その死を悼んだ。

「広瀬。先生の、追悼演奏会をやらないか?体育館使えるって」
言ったのは、コンサートマスターの杉谷だった。
「部長は僕だぞ」
「実は、もう曲を決めてある」
杉谷は強引だ。クラリネット奏者としての実力は誰もが認めるが、ワンマンぶりを煙たがる部員は少なくない。
「この譜面、先生の荷物を整理して出て来たんだ」
「コッぺリアのワルツじゃないか。コンクールで優勝した」
「ここ、見てくれないか?」
見ると、譜面の空白には美しいとは言えない、ミミズの這ったような字があった。間違いない、溝口先生の字だ。
そこには、何かの覚書のように、大きくはっきりと、こう書かれていた。

『ハツコイバンビ☆』。

「何だい、これ」
「俺が聞きたいんだ。こんな指示、読めるかよっ!」
杉谷は激怒した。自分で持って来た話なのに。
サティの『ジムノペディ』に『ゆっくりと苦しみをもって』と指示があり、練習放棄した杉谷を泣き落して、復帰させた記憶が蘇る。僕はゆっくりと苦しんだが、上手くなったのは杉谷の操縦法だけだ。
「何か不満があったのかな?だから、演奏を聞いた後で、指示を書き込んだ……とか」
これはそもそも指示なのか?僕だって、訳が分からない。
「コッぺリアは恋愛コメディだから、初恋ってのは分かるよ。でも、バンビって?小鹿のように軽やかにってことかな?」
かなり強引な解釈だが、それ以上に納めようがない。
杉谷は文句を言わなかった。さすがに気落ちしているのか、杉谷らしくない。

 
僕は、溝口先生の言葉を思い起こした。
コンクールを控えた部内は険悪だった。僕は、クラリネット奏者として杉谷を尊敬もしていたが、同時に嫉妬もあった。練習量は負けないのに。僕だって、コンマスになりたかった。杉谷が辞めれば……そう思わなくはなかった。
そんな僕に、溝口先生はバレエのコッぺリアを見るよう勧めた。
「広瀬。お前を誰よりも認めているのは、杉谷だろう」
多分そうだ。即興の上手い僕を皆が便利屋扱いする中で、杉谷だけは真剣に僕の技を盗もうとする。
「賭けてもいい。お前たちは二人でなら、まだ上に行ける。感情は一時の迷いだ。杉谷の事、頼んだぞ」
その言葉が今更、遺言のように僕の心にリフレインする。
コンクールの演奏を僕は最高だと思ったが、どこが駄目か、言ってくれればよかったのに。
あんな事を言った後だから、僕に言いづらかったのか?

「この星印は何なんだよっ!」
「テレビでやってるだろ、今日は星三つです……とか」
「じゃ、全然良くないってことか?」
僕は頷いた。杉谷は考え込んでいる。彼のやる気が出るならそうしておこう。

僕は部員に演奏会の話をし、全員にコッぺリアを鑑賞するように言った。やっぱり、吹奏楽はみんなの心が纏まってこそのものだ。
「指揮者は、溝口先生に代わって僕がやる」
「コンマスは俺だぞ」
「杉谷にはソロを頼みたいんだ。それが一番、先生への手向けになる」
僕は付け焼刃で指揮を覚え、杉谷は一心不乱に練習した。上級生が下級生の指導をし、ハツコイバンビは皆の合言葉になった。

演奏会当日。
僕は指揮台に立ち、涙を堪え、ハツコイバンビと心の中で唱えた。あの生真面目な溝口先生はどのような心情でこの譜面と向き合っていたのだろうか?
僕が慣れないタクトを振ると、優雅なハーモニー、リズミカルなワルツが奏でられる。葬送にはそぐわない明るく楽しい曲だが、みんなの息はぴったりだ。僕は、僕のいないメロディに静かな感動を覚えた。

そして曲の間に、譜面にないソロを杉谷に委ねた。
……ああ、この選曲は反則だ。部員の中にはすすり泣きする者もいる。
ショパンの『別れの曲』。
僕は、杉谷のこなれた旋律が、才能だけでないことを知った。こいつ、クラッシックを相当聞きこんでいる。勉強不足は僕の方だ。
曲は再び賑やかなワルツに戻り、場内は明るさを取り戻す。
僕はやっぱりこの曲の方が、溝口先生には似合う気がした。
先生、星いくつくれるかな?

卒業後同じ大学に進んだ僕と杉谷は、今も隣同士でクラリネットを吹いている。居心地は悪くない。

『ハツコイバンビ☆』の謎が解けたのは、大学3年生の冬だった。

思い出話の最中に、先輩が言った。
「ハツコイバンビ?いたな、そんな馬」
馬?
「競馬だよ。確かG1レースに出てた」
じゃあ、この星は?
「☆は穴馬のことだ。競馬の予想してたんじゃないか?たまたま手近にあった紙に書いたとか」
つまり、それは何の指示でもなく、ただ先生の道楽だったのか。
「一攫千金を狙うタイプだろ?その先生」

僕は杉谷と顔を見合わせ、そして一緒に、泣くほど大笑いした


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このストーリーに関するコメント

15/01/31 滝沢朱音

タイトルに目を引かれ、そのままぐいぐいとラストまで謎解きを楽しみました。
2000字のミステリー(?)、面白かったです!!

15/02/03 冬垣ひなた

滝沢朱音さま

コメントありがとうございます。
そう言って頂けて大変光栄に思います。掌編は初めてで、字数制限との戦いでした。
タイトルはコッペリアから連想。サティを知ってから、謎の指示に右往左往する…というのを、いつか書きたいと思っていましたので、いい形で作品に出来て良かったです。

15/02/15 冬垣ひなた

OHIMEさま

コメントありがとうございます。
あの台詞は一番最後まで粘った所なので、目に留めて頂いて幸いです。
クラッシックは眠れない時に聞く程度で詳しくないので、短くても読後感は良かったと言ってもらえるよう頑張りました。そこが伝わったのならとても嬉しいです。

私の創作は持病のリハビリなので、残念ながら作品の幅が限られています。あまり陰にこもったのを書くと、体調崩す恐れが……orz。

なので、基本的に現実からちょっと浮いたような、娯楽の域を超えないものしか書けませんが、飽きられない作品作りを心掛けたいと思います。
こちらこそ、これからもよろしくお願いします。

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