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泥舟さん

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変異音楽・A面

15/01/27 コンテスト(テーマ):第七十五回 時空モノガタリ文学賞 【クラシック音楽 】 コメント:0件 泥舟 閲覧数:911

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○○市の地域振興イベントの一環で開催されるクラシック音楽コンサートで昔馴染みの演奏に聴き入っていた。
学生時代に通った名曲喫茶に、背伸びして通った学生時代を思い出す。
授業をさぼって友人と語り合った。初めての恋人と愛を育んだ。でも、一人で店内に流れるクラシック音楽に耳を傾けながら、一人読書にいそしむ時間が一番長かったかもしれない。
楽しかった思い出ばかりが走馬灯のように甦る、と言ったら言い過ぎかもしれないが、それなりにノスタルジーを感じていた。

コンサートも終盤にほど近くなった時、私の体を一筋の何かが貫くのを感じた。実際に針やナイフなどで刺される感覚ではない。一筋の何かが私の中のスイッチを押すような、チェックシートにレ点を書くような、素早い感覚だ。
と同時に、音楽が音楽でなくなった。
いや、それはやはり音楽だ、私の知っている音楽には違いない。だが、私が慣れ親しんだ音楽ではない。
その音楽が、私に対する脅迫、悪意、敵愾心に変わった。
リズム、メロディ、旋律、それらが細分化され、流れずそこに留まっているような。そこで、融合離散を繰り返し、まがまがしいものに変化した。
それらが私のノスタルジーを破壊しようと攻めてくる。
壇上の指揮者の派手なアクション、大小の弦楽器、上下に振れるたて笛、実際に目に見えるものは変わりない。ただ、目に見えないが敵愾心を持った何かを感じる。そして流れるように私に襲いかかってくる。

その時、唐突に太古の地球のイメージが飛び込んでくる。
荒れ狂う海の波、大地を席巻する風、森の中を駆け回る動物たち、そして、それらが作りだすリズム、リズム、リズム。
それはまだ音楽とはいえない、単なる音、音の集合体に過ぎなかった。
そうなのだ!
もともと、この世界には、音楽は存在しなかった!
一方で、音楽とは、人類にのみ与えられた共通言語と言われる。
もしそれが正しいならば、国・地域・人種・宗教にかかわらず、音楽により、等しく感動し、安らぎを覚え、共感し、恐れおののく。
であるならば、人類の中に、その音楽を受容する遺伝子が組み込まれていることになる。
もし、人類が地球上の進化の最後に位置するものであれば、どの段階でその遺伝子が組み込まれることになったのか?
サルとの分岐時か?原人や旧人との分岐時か?それとも、ホモ・サピエンス以降なのか?
いずれにしろ、もともと地球上に存在しなかった音楽を人類がどのように獲得しえたのか?

とにかく、今まさに、音楽が形を変えて私に襲い掛かる。形と書いたが、音楽には変わりがない。形もなければ、色もない。物理的には空気の振動にすぎないかもしれないが、音楽としては気体でもない。
従って、物理的な攻撃ではない。私の内部に、心に対する攻撃だ。
私の意識下に、良心に、思い出に、攻撃を仕掛けてくる。心の平穏をかき乱し、モチベーションを削ぎ落そうとする。まるで、病原菌が細胞を破壊して、病に陥らせるように。
私には、耐えることしかできない。これまで色々な場面で遭遇したピンチで鍛えられた忍耐力、精神力、そして、常態では人間の奥底に眠っている、意識のバカ力が私を支えた。
そのせめぎあいが目の前で展開しているかのように感じる。
思い出が攻撃される。忍耐力がガードする。良心が傷付き、精神力が傷をふさぐ。
そのあくなきバトルが繰り返される。
しかし、音楽は所詮流れ去るものであり、細分化された音楽も湧き出ては消えを繰り返す。

どれぐらい耐えただろう。非常に長い時間でもあり、あっという間の出来事だったような気がする。
突如として、目の前で展開されていた私の精神力と音楽とのバトルが消滅した。ただ、大きな疲労感が吐き気に代わり私に苦しみを残した。私は、吐き気を感じてうずくまる。
そして、まばらな拍手が聞こえる。
私と同じように拍手をできず、うずくまるしかない観客がいたるところにいるようだ。まばらな拍手がこの体験が私だけでなく、他の多くの人間に作用したことの証拠と言える。
これほどの規模のクラシック音楽のコンサートとしては、非常に小さな喝采だ。しかし、その小さな喝采に私の体が、いや、意識が温かく包みこまれるのを感じた。つぶされそうになった私の良心、満身創痍の私の思い出がその温かな喝采に包まれて、癒されていくのを感じた。
それとともに、精神と音楽の壮絶なバトルについての一切の記憶が私の中で消滅した。
ひどい吐き気、それだけを残して。


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