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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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永遠の海よ

12/07/11 コンテスト(テーマ):第十回 時空モノガタリ文学賞【 自転車 】 コメント:16件 そらの珊瑚 閲覧数:2503

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 僕たちを乗せたあの自転車は、どこへ消えてしまったのだろうか。
       
        ◇
 
 僕たちは海辺の町で育ったおさななじみだった。小さい頃は磯に出て、カニを採ったり潮だまりに取り残された小魚を採ったりして共に遊んだものだった。
 小学校へ進級してからはどちらともなく距離を置くようになった。『男女七才にして席を同じゆうせず』という言葉があったように、そういう時代だったのだ。今では考えられないことだが。
 けれど教室で君の後ろ姿をそっと盗み見るのが僕の楽しみだった。斜め前に座る君のおかっぱの黒髪はいつも耳のすぐ下で切りそろえられていたね。

 君の家は坂道を登った先の高台に建っていた。尋常小学校を卒業し、その坂道を毎朝同じ時間に、女学校に通う君が自転車でさっそうと下ってくる。僕はバス停でバスを待っている。しかし本当に心待ちにしていたのはバスではなくて自転車に乗った君だった。
 おかっぱは既に卒業し、ふたつのお下げ髪がまるで今産まれた生き物のように跳ねる。 一陣の風が吹く。君がそばを通り過ぎる時一段と潮香りが強く香った。
 
 ある日君を乗せた自転車が、ブレーキのアクシデントだったのか、ハンドル操作の誤りか、角を曲がりきれずにすずかけの木にぶつかってしまった。
「あっ」
 僕は無意識に駆け出し、倒れていた君を抱き起こす。君は頬を赤く染め、
「すみません」
 と恥ずかしそうにつぶやき、立ち上がって制服のスカートの砂埃を払う。怪我はないようだとほっと僕は胸をなでおろした。散乱した教科書等を拾っていると一冊のハイネの詩集が目に入る。
「僕もハイネを持っています。海よ、海よ、ごきげんよう、永遠の海……あの詩は特に好きです」

 このことをきっかけに、僕たちは時折丘のてっぺんで逢うようになった。白い蜜柑の花が咲くあの抜け道のような狭い坂道。僕たちはそこを『秘密の小径』と呼んだ。
 君を後ろに乗せて自転車を走らせた。ペダルなど踏まずともぐんぐん加速していく。僕はどこまでも自由に行ける気がした。
 
 旧制中学を卒業して僕は新聞社に就職し、君と結婚した。
 しかし自由どころか見えない鎖でがんじがらめにされていくように、時代の波は戦争へと流れてゆき、君の自転車は供出させられることになった。

「ハイネだったら、自転車よ、自転車よ、永遠の自転車よ、と記すかしら」
 君はそう言ったね。君が丁寧に自転車を拭きあげると、沢から蛍がやってきて止まった。
「さようならを言っているのね」
 僕たちにとって大切な自転車と別れなければならないあの夜は、どこまでも悲しく、幻燈の絵のように美しかった。

 君はあの夜も、そして僕が出征していく前夜も泣かなかったね。だから僕が覚えている最期の君の顔は永遠に笑顔だ。

 ──君よ、君よ、永遠の君よ。

 死を覚悟して僕は出征した。船で南方へ送られた。銃撃戦で無中で三八式歩兵銃の引き金を引いた。ジャングルで逃げ惑った。蛇やねずみを捕って、飢えをしのいだ。一日生き延びるたびに、君に会いたいという気持ちは強くなった。生きて君に会いたい。それだけで明日も生き延びていけそうな気持ちがした。
 
 終戦になり僕は再び祖国の地に帰ってくることができた。
 けれど君はもういなかった。長崎に落とされた原子爆弾が僕の大切な人を奪った。僕のもとには君の骨さえ、ない。帰ってこなければ良かったと何度泣いたことか。
 君の自転車は溶かされて弾になったのだろうか。それを撃って人殺しになった僕は、君に会える資格などなかったのだ。

      ◇

 今でも僕は同じ町で暮らす。こうして過去からの手紙を読み返しながら。
 机の上にはハイネの詩集。風が頁をめくっていく。チリりンと風鈴が鳴る。まるで自転車に取り付けられたベルのように。
 
 ──ああ、君なんだね。潮風が強く強く香った。
 


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このストーリーに関するコメント

12/07/11 草愛やし美

またあの日がやってきますね。8月6日と9日、そして15日……世界中の人々にとって永遠に時間が止まってしまったようなあの日々。
昭和の忘れてはいけないことを、文字にして残すことは私たちにできることだと思います。
何もできないけれど、できることをやりたいと思いました。いい作品をありがとうございました。

12/07/11 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

なんて切ない物語なんだろう。

戦争というものは人々から何もかも奪って、何ひとつ与えない
愚かな行為だと、この作品を読んで強く感じました。

心に響く良作だと思いました。

12/07/11 汐月夜空

珊瑚さん、拝読しました。
なんて綺麗なお話なんだろう、と思わず涙が流れてきました。
決して話の内容は綺麗なんて言ってはいけないものだってことは分かっているのですが、いまだかつて戦争の痛みがこれほどまでにストレートに伝わってきた物語は私の中になかったです。
海辺の潮騒と風鈴のチリりンという音が胸の奥まで伝わってくるようでした。切ないです。
戦争というものをリアルで知らない私には決して書けないお話だと感じました。

12/07/12 そらの珊瑚

やし美さん
ありがとうございます。

原爆は海外の人にとって戦争を終わらせるためYESだと思っている人の割合が多いそうです。
私は戦争も原爆も実体験として知りませんが、どちらもNoとしてこれからも出来る範囲で記していきたいと思っています。

12/07/12 そらの珊瑚

恋歌さん
ありがとうございます。

人間は愚かな生き物ですね。
愚かだけれど、主人公のように一生をひとつの愛のために生きることもできるのではないかと思って描きました。
それとも現代においては絵空事なんでしょうかねえ。

12/07/12 そらの珊瑚

夜空さん
ありがとうございます。

このお話は綺麗事と言われても、最後まで綺麗に描きたかったので
そのあたり受け入れていただいて嬉しかったです。
私も戦争を知りません。(知らないのに書くなというおしかりはあると思いますが)リアルに体験しなければ書けない。必ずしもそうではないと私は思います。
死後の世界についても書いてみたいと思ってます。もちろん未体験のうちに(笑い)

12/07/12 ドーナツ

まもなく暑い夏が来ますね。
人の世がある限り、語るついでいかなければならないこと、たくさんありますが,特に、戦争は、参戦した人には忘れてしまいたい記憶でも,これは忘れてはいけない、ずっと語り継いでいかねばならないことだと思います。

「僕」は人殺しになってしまったんですね。そういう時代だったから という理由では本人は納得できないと思いますが、むずかしいですね。
デモ時と共に、恐ろしい記憶よりも、ハイネの詩や風がやさしいものを運んできてくれると思います。

12/07/13 そらの珊瑚

究理さん
ありがとうございます。

海辺の街で育ちましたので、そういっていただけて嬉しいです。
縁あって現在広島に暮らしておりますので、夏がくるたび、平和への思いを強く思います。といっても戦争のことは、どこまでいっても未体験の者にはどこかひとごとのような気がするのも事実。
けれど悲惨な歴史の上に、今の私たちの暮らしがあることを忘れてはいけないと思っています。
私たちに与えられた幸福な時間を大切に使っていきたいですね。

12/07/13 そらの珊瑚

ドーナツさん
ありがとうございます。

明日人に殺されるかもしれないという事
明日人を殺してしまうかもしれないという事
戦争に行かれた方の苦悩は計り知れないものがあると思います。
殺される人も殺した人も、大切な家族がいて、平和だったら笑って暮らしていただろうに。
どこか救いのようなものが欲しくて、ハイネの詩集を登場させたのかもしれません。

12/07/13 ゆうか♪

珊瑚さん お久しぶりです。
拝読させて頂き、あまりにも素晴らしい内容でしたので、コメントせずにはいられませんでした。

2000字という限られた枠の中で、これほどまで昇華されられる作品を書かれる腕前は流石です! とても感銘を受けました。
今後も珊瑚さんの作品に期待しています。m(_ _)m

12/07/14 そらの珊瑚

ゆうか♪さん
ありがとうございます。

読んでいただいた方に何かひとつでも
心に残るものがあったとしたら
嬉しい限りです。
これからも精進していきたいと思います。

12/07/14 かめかめ

うわああああん。かわいそうだった〜。
自転車が弾になって、僕はそれを撃って帰ってきて…ってところが…。

余談ですが「『男女七才にして席を同じゆうせず』」は
「おなじ う せず」 だと思います。ゆはなし。ミスタイプでしょうけども

12/07/15 郷田三郎

こんにちは。読ませて頂きました。
 切ないお話しでしたね。国家とか大儀とかいろんな名目で多くの犠牲が強いられますが、結局後に残るのはごくごく個人的な悲哀なのかなぁと思いました。
 主人公が若干、乙女チックだなぁとも思いましたが、男って結構そういう引き摺り傾向なところがあるし、新聞社に勤める人間っていうところも、よりそうなのかも知れないと納得させられるものがありました。
 という事で、こちらにもちょっとお邪魔してみました。

12/07/15 そらの珊瑚

かめかめさん
ありがとうございます。

わわわ。
「おなじ う せず」なのですね。
読んだままを私書いてしまいました。
ミスタイプでもなんでもなくて、ただの無知です。
お恥ずかしいです。
これからも平気で何かをやらかしてしまいそうですが
お気づきいただいたら、お知らせくださると嬉しいです。
ご親切に感謝申し上げます。

12/07/15 そらの珊瑚

郷田三郎さん
お久しぶりでよいのでしょうか。
(たぶん)
ありがとうございます。

主人公はあの時代に、軍国主義に染まらずハイネを愛読していたので
若干乙女チックであると思います。
補足すると、自分でも詩を書いたりしていたのですが、
それでは食べていけないので(結婚したかったので)
新聞社で文芸欄の記者になった。
割愛しましたが、そんな男です。
細かいところまで読み取っていただき
嬉しいです。

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