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四島トイさん

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空港一夜

15/01/26 コンテスト(テーマ):第七十四回 時空モノガタリ文学賞 【 空港 】 コメント:2件 四島トイ 閲覧数:1128

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 既に深夜特有の眠気と覚醒を数十回繰り返していた。しりとりは佳境に差し掛かり、脳が前時代的な放熱音を発している錯覚に襲われる。バクテリオファージにジルチルエーテルと応じる。顔を上げると逆川サキが船を漕いでいた。
「寝るな逆川」
「……寝てないよ。目を閉じてるだけ」
「寝てる奴の言い訳じゃないか」
「だって小鍋君 ラ行ばかりなんだもの」
「それがしりとりだろう」
「搭乗窓口の灯りが眩しいよお」
「寝るな。目を見開け」
 まあまあ、と隣に座る見高利一がとりなすように手を振る。
「サキも疲れてるんだ」
「利一。お前がさ……婚約者の体調を慮るのは賞賛に値する。じゃあついでに聞け。夜通し研究室でしりとりをやった仲だ。そんなお前達が就職して働き人間的にも成長していることに俺は感動している。それが俺を採用しなかった会社であったとしてもだ。今回の海外転勤も、早朝便のために空港で一夜を過ごす若々しい熱意も認める。給湯器の営業に回って幼稚園児に尻を殴られてる俺とは違う潤いに満ちているとすら思う。だが今最も配慮されるべきは国際線ロビーに呼び出され、夜を徹してしりとりに付き合わされている俺だ。そこの眠り姫もどきではない。断じてない。この点については憐憫の情もしかるべしだ」
「守を憐れんだことはないなあ」
 学生時代と変わることない無欲で穏やかな笑顔だった。
「薄情者め」
「本当だよ。きっと彼女も」
 逆川の頭がかくりと揺らぐ。
 到着階のベンチでは疎らな人影が突っ伏したり仰け反ったりしている。起き上がる前のゾンビを眺めるような奇妙な静けさが空恐ろしかった。Watch your stepと近くのエスカレーターの音声案内が響いた。


 結婚前の二人が一夜を共にすることをどう思う、と逆川は言った。
 一大事すぐに来て、と電話口でそう叫んだのと同じ声が、空港ロビーに駆けつけた俺に面と向かってそう問うた。隣で利一が困ったように微笑んでいた。大学卒業以来、実に五年ぶりの再会だった。
 息を整えようと俺はネクタイを緩めた。
「一大事とは何だ」
「その前に、私と見高君海外転勤なの。あと婚約したわ」
「……手紙で読んだ。返事しなくて悪かった」
「いいわ。で、明日の便の出発が電車始発前なの」
 それで、と逆川が前置く。
「結婚前の二人が一夜を共にすることをどう思う?」
「どうとも思わん」
「……正直じゃないね」
「常識と自制心がある社会人であれば、だ」
 逆川は少し驚いたように目を見開いて、何かを思い出すように目を伏せた。小鍋君らしい、とかすかな声がして、ふっと息を吐く。おどけるように首を傾げてみせる。
「仮になんだけど、会社帰りのサラリーマンを終電で空港に呼び出す五年越しの級友がいたとして、どう思う」
「常軌を逸している」
 じゃあ付き合ってよ、と逆川はベンチを指差した。昔みたいにしりとりでもしようよ、と。


 守は僕らに会いたくなかったかな、と利一が珈琲を手渡しながら問うた。寝ぼけ眼を擦っていた逆川が手を止める。保安検査場が開いたようだ。朝の気配が手の届くところまで近付いていた。
「かもな」
「はっきり言うね」
「先に言ったのはそっちだろう」
 僅かに間があった。ゴロゴロと遠雷にも似た車輪の音が行き交う。決定的だと思ったんだ、と利一が口を開いた。
「この海外転勤が。僕らは別々の人生を送る。老いても再会しない。友情はここで幕を閉じる、て」
「随分、青春くさい単語だな」
「守は親友だ」
 はっきりとした口調だった。真っ直ぐな視線とぶつかった。逆川が膝の上で握る拳の白さが目の端に映る。
「だから嫌なんだ。これで終わるのは」
 何かが喉に詰まるような気分がした。怒りとも哀しさとも判然としないそれを珈琲で流し込む。俺は、と何とか口を開いた。
「会えば妬むのがわかってた。それで惨めな気持ちになるってな。そのとおりだったよ」
 悲しそうに逆川が目を伏せた。ただ、と続ける。息を吐く。
「……会えて嬉しかった。次に会うまでにはもう少しマシになるさ」
 これで伝わるだろうかと顔を向けると、利一が泣いていた。サキがその肩を揺すりながら、何泣いてんのお、とやはり涙をためていた。
 通路の向こうでガラス越しの朝日が輝いていた。腰を上げて声が震えないようになるべく明るい声を出した。
「ほら。搭乗の時間だろう」
 利一が立ち上がる。
「うん。本当に本当に本当にありがとう」
「うるさいな何度も言うなよこそばゆい」
 サキが手を差し出してくる。
「行ってきます」
 その手をとって口の端を引き上げてみせる。
「すぐに戻って来て夫婦仲良しアピールはやめろよ。俺は繊細なんだ」
 大丈夫だよ守なら、という二人の確信をこもった口調に「……ラ行は勘弁してくれ」と応じると、親友達は楽しげに笑った。


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このストーリーに関するコメント

15/01/28 光石七

拝読しました。
主人公のちょっとひねくれているような言い方とか、いきなり呼び出してしりとりしながら空港で一夜を明かそうという学生みたいな提案とか、上手く言えないのですが、すごく好きです。
何より、この三人の関係性がいいですね。
読み終えた後、自然と笑顔になりました。
素敵なお話をありがとうございます。

15/01/31 四島トイ

>光石七さん
 コメントありがとうございます! せっかくいただけたのにお礼が遅くなってしまい申し訳ありません……
 三人の関係性がよいと評していただけたことがとても嬉しいです。テーマに沿った話が思い浮かばず、平々凡々な展開のなかに主人公達を押し込めただけではないのかと心配していたので救われる思いです。
 光石七さんが努めてコメントしてくださっていることにいつも本当に感謝しております。まだまだ拙い文章で申し訳ありません。読んでくださる方にとって自然とコメントいただけるような作品が書けるよう努力します。ありがとうございました。

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