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橘瞬華さん

徒然なるままに。

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将来の夢 そしていつまでも幸せに暮らしましたとさ。
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明日のない、嘘つき。

15/01/22 コンテスト(テーマ):第七十四回 時空モノガタリ文学賞 【 空港 】 コメント:4件 橘瞬華 閲覧数:1587

時空モノガタリからの選評

「不倫」中の女性の心理が細やかに描写されていて、リアルだなと感じました。遊びと割り切れずに葛藤する「私」と、身体の関係だと(おそらく)割り切っているように見える、相手の温度差がなんだか切ないですね。不倫は褒められたものではないにせよ、「ただ、あんな風に幸せに笑っていたかったんだ」という彼女の感情には、人間として共感できるものがあると思います。

時空モノガタリK

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 飛行機の音が聞こえる。離陸する音、着陸する音、移動する音。窓から見える飛行機の数は多く、先ほどまで乗っていた飛行機がどれか、見分けがつかなくなってしまった。
「じゃあ、僕は土産を買わなければいけないので、ここで」
「はい。それではまた会社で」
 早朝の空港。他人行儀な挨拶。社交辞令ほどもない愛想。重たいキャリーケースを引きながら、私はつい数時間程前まで閨を共にしていた相手に手を振った。
 出張と偽った不倫旅行。彼は行ってもいない土地の土産を、愛してもいない家族の為に買う。空港の売店は本当に便利だ。嘘を吐くのにぴったり。
 彼が土産を選ぶ後ろ姿を後に、私はエレベーターへと乗り込む。正直、ああいうシーンは見たくない。出来るなら、私はあの土産を受け取る側になりたい。愛がなくとも、奥さんの方になりたい。
 嘘。きっと私は愛されたい。でも一瞬でもそんなことを考える辺り、きっと私はあの人を愛してはいないのだろう。なら、私は一体何を求めているのだろう。キャリーケースを引き、エレベーターを降りてバス停へと向かう道中も、その問いは頭の中をぐるぐると回る。
 別に、彼のことを愛しているわけじゃない。彼に愛されてるわけじゃない。仕事上いつも一緒には居るけど、あの人の本音は見えない。身体を重ねるのだって、ただそこに居たから。そんなような気がする。今回の旅行だって旅行と言いながらも、セックス以外のことは何もしていないのだから。
 外へ出るとやっぱり寒い。帰路につくための切符は買ったけど、バスが出るまでまだ小一時間あった。身体を温めるためのコーヒーでも買いに行こう。そうして私は再びキャリーケースを引く。
 空港の中のカフェに入ると、つい先程別れたばかりの彼の姿があった。お菓子の入った紙袋と、玩具の入ったビニール袋を鞄の脇に置き、新聞を読みながらこちらに手を振る。私はそちらへ足を向け、彼の向かい側に荷物を降ろす。
「まだここに居たんですね」
 彼は笑顔でそう言う。貼り付いた笑顔。本心から出るのではない笑顔。彼がその表情を崩すのはベッドの上だけ。それを知っているのは、かつては奥さん。そして今は私だけ。そう思うと少しだけ優越感があった。
「バスが出るまで時間があるので」
 そんなことはおくびにも出さず、当たり障りのない答えを返す。彼が財布を手渡そうとするのを遮り、自分の鞄の中から財布を取り出す。他人の亭主にお金を出させるほど、私は図太くない。他人の亭主と普通の恋人のように談笑するほど、私は図太くはない。まるで自分に言い聞かせるかのように、幾度も心の中で呟く。
「なるほど。僕は一服してから帰ろうかと思いましてね」
 そう言って彼はブラックコーヒーに手を伸ばす。骨ばった指の関節。ジャケットで隠れたその先を辿ると先ほどまで抱かれていた、たくましい腕がある。それを想像するだけでつい数時間前までの行為が脳裏を過ぎる。これ以上余韻を思い出すまいと、私はその手から目を離しレジへと向かった。
 会計を済ませ温かい紙コップを手に彼の席まで行く。彼は無言で新聞を読む。私は無言でコーヒーを飲む。彼は徹底して話さない。特に家庭の話は。私が知っているのは奥さんとの間に一人息子が居て、現在はセックスレスであること。それだけ。奥さんの話なんて聞きたくないから、彼が話さないのは好都合だった。
 どうして貴方みたいな人がこんなことをしているの。どうして私なの。口を開けば聞いてしまいそうだ。けど聞いてしまったらこの関係は終わってしまうから。ああ、終わって欲しくないんだ、私。じゃあ私は一体何を求めているの。言葉を交わしやしないのに、どうしてここに居るの。
「そろそろ帰ろうかな」
 私のコップが空になって暫くして、彼が言葉を発する。変なところで気が利く人。彼は大きなバッグを担いで紙袋を提げる。私はキャリーケースを引く。
「それでは、また会社で」
「また」
 それだけの言葉を交わして、お互いに別々の方向へ進む。彼の携帯が鳴る。私は少しだけ聞き耳を立てる。
「もしもし。ああ、今から空港を出るところだよ。土産?ちゃんと買ってきたよ、スグルの玩具も……」
 彼の携帯の待受画面は奥さんと子供。笑顔で写る二人。
 ああ、そうか。私、愛されたかったわけじゃない。奥さんという立場になりたかったわけじゃない。ただ、あんな風に幸せに笑っていたかったんだ。
 それに気付いても、私は何処にも飛び立てそうもなかった。心から笑えない。貼り付けられた笑みが顔を離れない。行ってない土地のお土産のように。私達は嘘を吐く。
 少しだけ振り返る。彼はまだ電話を続けていて、でもその声はもう聞こえない。やがて彼の姿は人混みの中に消えた。見分けもつかなくなった飛行機のように。
 私は、ただカラカラと音を立てて引き摺ることしか出来なかった。


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このストーリーに関するコメント

15/01/23 草愛やし美

橘瞬華さん、拝読しました。

うまく言えないのですが、不倫ってそこから二人では進めないし、また、戻ることもできないものでしょうね。いわば、創造性のない関係、そこからは、何かが崩れない限り何も変わらないでしょう。
先にあるものは、混乱、混沌、楽しい笑顔だけでいることは難しいでしょう。そんな飛び立てない関わりを空港という舞台を使って、とてもうまく書かれていて共感できました。
恋人通しだったその時から、他人の仮面をつけ別れていく二人。淡々と流されていく彼女の気持ちが、二千文字の掌編なのに、こまやかに描き出されていて、うまいなと思いました。面白かったです。

15/01/27 光石七

拝読しました。
主人公の心が繊細に丁寧に描写されていて、引き込まれました。
ラストの一文が、虚しい関係を象徴しているように思います。
満たされないとわかっていても、主人公は他へ飛び立つ勇気も力も無いのでしょう。
空港という場所が見事にマッチしており、読後感嘆のため息が止まりませんでした。

15/02/09 橘瞬華

草藍さん
コメントありがとうございます!
愛のない不倫って本当に不毛な関係なんですよね。愛情があればまた別の選択肢もあるのかもしれないけど、何もないからこそ選択肢もどこにもなくて。奥さんや会社にバレたりとか、取り返しのつかないことになるまでどうにもならないのかもしれません。でも彼女はようやくこれで終われる、と少しだけほっとしていそうな気もします。何も得ていないのだから、失うものなど何もない、とばかりに。

光石七さん
コメントありがとうございます!
この二人は何をしたら満たされるんだろう、何を求めているんだろう。と考えながら書いていました。幸せを求めているけど、どうやったらそれが手に入るか分からない。そういう飛び立てない二人を書くことで、自分が空港に持つイメージが掴めたような気がします。どこか遠くへ行ってしまうかもしれない不安だとか、墜落してしまうかもしれない恐怖だったりだとか。うーん、何となく苦手です。笑

志水孝敏さん
コメントありがとうございます!
確かに普通の港は人や物に溢れていて、出航したら無事に戻ってくることを祈ったりするようなイメージがあります。空港だとそうではないのは何故でしょうね。飛行機の金属質な感じが無機質さを際立たせるからでしょうか。
彼には帰るところがある、それも彼女の拠り所のなさを際立たせているのかもしれませんね。幸せは難しいです。

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