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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

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ダン・ド・リオン空港

15/01/17 コンテスト(テーマ):第七十四回 時空モノガタリ文学賞 【 空港 】 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:2310

時空モノガタリからの選評

野原を空港に例える比喩によって、物語に奥行きが生まれていると思います。DVなどの事情で戸籍が取得できない人にとってはパスポートが必要な空港は、やはり縁遠いものなのでしょう。自由に見えるタンポポの行く先のように「どこへ着陸するのか、わからない」のが未来ですが、それでも前に一歩進むことで向こうに希望が見えるのでしょう。

時空モノガタリK

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 一面たんぽぽが咲いている野原、住人たちは、ここを『ダン・ド・リオン空港』と呼ぶ。春の陽を受けて、のどかであった。
 蜘蛛がたらした糸は、見事に地球に対して垂直を保っている。
「たんぽぽの皆様、本日は無風であります。全フライトは延期いたします」
 ピ、ピ、ピ。管制官の雀のアナウンスが響く。
 今日あたり、たんぽぽの離陸が見られると思い、見物に出かけてきた蛙のカップルが
「なんや、しょーもない」
 と言いながら、仲良くあぜ道を帰っていった。
 つい一ヶ月ほど前、黄色い花びらを咲かせたたんぽぽ達は、今や白い綿毛に覆われている。
 綿毛は、種という飛行機に取り付けられた羽根である。春という季節によって既に整備は整えられていた。
 あとは風さえ吹いてくれさえすれば、良いのだ。
 ◇
「これからアタシ、どうしたらいいンだろ」
 通りかかった人間の女が、独り言をつぶやきながら、野原の小さな空港の横を通り過ぎていった。
 彼女はこの国に生まれて育ってきたというのに、戸籍を持たない人間であった。
 ここにいるのに、社会的にはいない幽霊みたいな存在。
 彼女をそんな存在にした母親のことを、憎もうとしても憎みきれなかった。

 母親が彼女を身ごもった時、ますますエスカレートして、ひどくなる夫のDVから逃げ出した。自分ひとりの命どころか腹の中の命の危機さえ感じたからだ。
「夫の暴力で妊娠中の妻死亡」もはや珍しくもないそんな新聞記事で、自分の命を終わらせてたまるか! まして生まれてもない小さな命を誰が何の権利があって奪えるというのか! それは母性であったのかもしれない。母親であることに初めて目覚めた暴力へ怒りだった。
 母親のそんな思いで、彼女は危ういところで命をつないだ。
 あの悪魔に居場所を知られてはならない。母娘は世間に隠れるようにして、社会の最底辺で何とか食いつないできた。義務教育はかろうじて受けることが出来た。市の教育委員会に頼み込んで、戸籍がなくとも通わせてもらえるよう頼み込んだのだ。
 そして彼女は成長し、恋をした。けれども恋人が差し出した婚姻届にサインが出来なかった。ただ、首を横に振った。
「どうして?」
 恋人はとても悲しそうな顔をしたので、彼女はひどく心が痛んだ。
 あたし、戸籍ないの、と、喉まで出かかった秘密を飲み込んだ。
 二十一年という人生の中で、自分の境遇を打ち明けて、何かが変わっただろうか。誰かが救ってくれたというのか。いいえ、みな、去っていったではないか。
 そんな失望感を、もう二度と味わいたくはなかった。
「ああああ、どいつもこいつも、そんなに戸籍って大事なのかよォ」
 思えばアルバイト先で、真面目な働きぶりを認められて、正社員になれそうだった時。住民票を提出してくださいと言われて、翌日辞めたこと。友達から格安航空券でホノルルマラソンに出ようと誘われた時(彼女の唯一の趣味が走ることだった。走ることにお金がかからないというのがその理由だったが)パスポートが作れないことで断念した。
 思えば、思えば……。戸籍がないことで、全ての幸せを遠ざけねばならない。なんと理不尽なことだろう。
「戸籍なんかなくとも許される世界があったら行ってみたいよ。あ、パスポートないからやっぱ無理か」
 ◇
 ――人間ってやっかいな生き物ね。
 たんぽぽたちが、ひそひそ話をしている。 
 ――それに比べたら、僕らは幸せなのかもしれないね。

 一度ここから旅立ってしまえば、どこへ着陸するのか、わかない。土の上であったのなら運がいい。土なんかないコンクリートであっても芽を出すチャンスはあるだろう。悲惨なのは川や海。どこかに流れていき、やがて藻屑になるか、魚に食われるか、の、どちらかだろう。
 それでも僕らは明日、風の吹くのを、ここで待っている。
 ◇
 たんぽぽの群れは今、夕陽に染まり、オレンジ色に輝いていた。彼女が幾度も見てきた懐かしい風景だった。母の帰りを待つ小さな少女だった自分。家で待っていればいいのにと、そう言って自分を抱きしめてくれた母との思い出が蘇る。不安だったのだ、一人で待つのは。もしかして母親は帰ってこないのではないか。そうしたら自分を知る人間は誰ひとりもいなくなってしまう。そんな思いに駆り立てられる夕暮れが、彼女は嫌いだった。

 彼女はしゃがんで足許の一輪のたんぽぽを詰んだ。ふうっと息を吹きかけると、綿毛が一斉に飛び立っていった。

 ――もう一度だけ、信じてみようか。
 自分という透明な存在を、彼は受け入れてくれるだろうか。

 たんぽぽの行方が見えなくなるまで、彼女は追い続けていた。
 ――バイバーイ。
 飛び立っていくその先は未来。ボン・ボヤージ! 旅の始まり。
 


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このストーリーに関するコメント

15/01/17 そらの珊瑚

イラストは「freepik」様よりお借りしました。

15/01/17 夏日 純希

たんぽぽの空港と、戸籍のない女性の織りなす雰囲気がきれいな作品ですね。
独特の優しい雰囲気を感じました。

親が戸籍作ってなくても、自分で作れればいいんですけどね。
だってそんなもんさ、子供関係ないのにかわいそうやん、と思うわけです。
柔軟に色々と、皆が幸せになれるように対応できればいいんですけどね。
今度は悪用する人がいるから難しいのかな。

15/01/19 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

のどかなたんぽぽたちの情景と、戸籍を持たない女性の悲しみが、
不思議な対比と描かれていますね。

こういう事情で戸籍を持てなかった子どもはたぶん、自分で作れるのではないかと
思いますが、戸籍がないと健康保険証も作れないから、病気になったら大変です。

15/01/21 鮎風 遊

そうですね、最後の言葉、旅の始まりです。
たんぽぽの離陸、確かにそこは空港かも。

どこへ着陸するかわかりませんが、
また違った未来があるでしょう。
彼女も飛び立って行く、たんぽぽと同じように。
暖かいものを感じました。

15/01/23 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

たんぽぽのように生きてと、応援したくなります。戸籍がないと、本当に何もできません、初めの一歩、まずは、戸籍復帰を願い出てみることはできるかもしれませんよ。
この地で息をして、同じように生きているのに戸籍に記載がないというだけで、幽霊のように生きないといけないなんて不公平だと思います。決して諦めないで、必ず、道は開けると私は信じます。

15/01/26 そらの珊瑚

夏日 純希(冬眠中)さん、ありがとうございます。
現代の日本において、戸籍のない人がいる、
それもひとりやふたりとかいう数ではなく、って聞いた時、ちょっと信じられない気持ちでした。
ほんとにね、生まれてきた子どもにとって、なんの罪もないのに、なんとかしてって思います。

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
実父が亡くなったと知ってやっと戸籍を持つことができた
例もあるそうですが、それまでほんとに病気の時とかどうしていたんだろうって思います。

鮎風 游さん、ありがとうございます。
たんぽぽの綿毛が飛んでいくのを見ると
つい、応援してしまいたくなります。
子どもの頃、吹きまくって遊びました(笑い)

草藍さん、ありがとうございます。
DV被害は根深くて、見つかりたくないという理由で、戸籍を作るのを怖がってしまう人は多いそうです。
離婚が成立していなければ、父の戸籍に入ってしまうわけだし、そのあたり、行政なり法律なりが見方になってくれればいいのですが。

OHIMEさん、ありがとうございます。
もったいないお言葉、胸に沁みます。
OHIMEさんの名前を見かけますと、なんだかとても嬉しいです。
こちらこそです。これからもどうぞよろしくお願いします。m(_ _)m

15/01/26 光石七

拝読しました。
たんぽぽの空港とは可愛くて素敵だなー、と思っていたら、無戸籍の女性の登場に意表を突かれました。
たんぽぽと一緒に彼女の離陸も始まったのでしょう。
素敵なお話でした。

15/01/27 そらの珊瑚

光石七さん、ありがとうございます。
たんぽぽ、春の花だと思っていましたが、今頃は季節問わず見たりして(?)
かわいいけれど、なかなかしたたかな花なのかもと思ったりします。
同じたんぽぽでも、いろいろ種類はあるようですが。

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