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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが最近になって、やっぱり小説家の夢を追い求めたい自分がいることに気づきました。久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説を書いてます。http://www.potetoykk.com

性別 男性
将来の夢 太宰治賞もしくは北日本文学賞で最終選考に残ることです。
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ショパンを愛した二人の男

15/01/14 コンテスト(テーマ):第七十五回 時空モノガタリ文学賞 【クラシック音楽 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:984

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演奏を弾き終えた。羽根岸健一はピアノの鍵盤からゆっくりと両手を離し、余韻に浸るように目を瞑ったまま、聴衆からの鳴り止まぬ拍手に歓喜した。
目を開け、椅子から立ち上がって会場の聴衆に一礼をした後、マイクを手に取った。
「本日は私の、羽根岸健一 2014年 ウインターソロピアノリサイタルにお越し頂きまして、誠にありがとうございます。いま弾いた一曲目の曲は、私の大好きなフレデリック・ショパンのスケルツォ第2番 変ロ短調 作品31です。会場にお越しの皆さまは、ご存知だと思いますが、この作品はショパンが1837年に作曲しました曲で、とても優雅さが漂う気品高い曲です。スケルツォとは、楽曲につけられる名称の一つで、イタリア語で「冗談」を意味します。私はこの曲を何度もピアノで演奏する度に、好きになっていきます。ショパンという名作曲家が残した曲は、現代もそしてこれから後の世代にも永遠に愛されていくことは言うまでもありません。本当に素晴らしい曲ばかりです。本日の私のソロピアノリサイタルでは、ショパンの曲を中心にして、私のお話なども挿みながら2時間30分の素敵なお時間を、皆さまとご一緒させて頂きたいと思います。話が長くなってしまうのもなんですが、よく私はこんな質問を受けることがあります。『なぜピアノ奏者になったのですか?』と。私は1955年に生まれ、とても貧乏な家で育ちました。私がクラシック音楽に出会ったのは、小学3年生頃のことでした」
羽根岸は遠い記憶を呼び起こすように、マイクを持ったまま目を瞑った。

3階建の市営団地が10棟、小さな公園の3面を囲むように建っていた。公園で羽根岸は同じ団地に暮らす同級生達と缶けりをして遊んでいると、喧しく音楽を鳴らして、白いトラックが荷台に食材を満載してやって来た。
同級生の川本良太が両手で耳を塞ぎながら、トラックから降り立った70歳近い禿げ頭の前掛けをした老人に「うるせー」と大声で言った。
老人は気にするようすもなく、荷台に載っている食材を並べていると、音楽を聞きつけた団地に住む主婦達がぞくぞくと財布を片手にやって来て、トラックの前は人で賑やかになった。
この老人がこの団地にトラックでやって来るようになったのは、羽根岸が小学校3年生に進級して間もない半年前のことであった。いつも夕方頃になるとトラックの荷台に積んでいるラジオカセットレコーダーから、カセットテープに録音したクラシック音楽を大音量で鳴らしてやって来ていた。初めの頃は団地に住む住人も音に迷惑していたが、最近では移動販売屋さんが来たという合図で認知されるようになった。
団地に住む買い物客の最後がいなくなり、老人はトラックの荷台の食材が運転中に落ちないように紐で縛り始めた。
「オッちゃん、何ていう曲?」羽根岸は大声で老人に聞いた。
「この曲か?」
「うん」
「ショパンって知ってるか?」
「知らない」
「今から100年前くらいに死んだフランス人の音楽家だ。その人が作曲した24の前奏曲だ。いい曲だろ」
「うん」
「なんだクラシック音楽に興味があるガキなんだな」
「なにクラシック音楽って?」
「西洋の芸術音楽のことだ」
「ふ〜ん。僕、ハナ肇とクレージーキャッツのホンダラ行進曲も好きだけど、いま流れてるこの曲の方がもっと好き」
「オッちゃんはな、戦時中にクラシック音楽の演奏者だったんだ」
「僕もこんな曲を演奏してみたいな」
「そうか。だったらピアノをいっぱい練習して、大人になったらクラシック音楽のピアノ奏者になれ」
「ピアノっていくらするの?」
「べらぼうに高いぞ」
「そんなのお母さんに買ってもらえないよ」
「学校にピアノがあるだろ。それで練習させてもらえ」
老人は羽根岸の頭を撫でた後、ラジオカセットレコーダーから大音量でクラシックを鳴らしたまま、次の売り場に向け遠ざかって行った。

「と言う訳で、あの時、あのクラシック音楽を大音量で鳴らしながらやって来る移動販売屋の老人がいなかったら、私はクラシック音楽を演奏するピアノ奏者にはなっていなかったと思います。私を音楽の道に導いてくれたのはあの時のその老人なんです。話が長くなってしまいました。では二曲目は、いまお話した思い出の曲であるショパンの24の前奏曲を演奏したいと思います。それでは聞いてください」
ピアノ椅子に座り、呼吸を整えて鍵盤に指を乗せ、滑らかに指を動かした。
演奏しながら老人のタバコのヤニで黄色くなった歯が懐かしく思い起こされた。


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