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四島トイさん

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青い芝生

15/01/12 コンテスト(テーマ):第七十三回 時空モノガタリ文学賞【 隣室 】 コメント:4件 四島トイ 閲覧数:926

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 学級会は通夜のようにしめやかに執り行われた。
 発言はひとつもなく黒板を打つ白墨の音すらしない。教壇に立つ学級委員長の中里君が眼鏡の弦に触れる。
「……じゃあ文化祭はポスター展示ということで」
 他に意見ありますか、と俯き加減に問いかける彼の声に応じる者もいない。
 不意に笑声がドッと響く。
 クラスメイトは誰も顔を上げない。
 快活な太い声がする。乗ずるように甲高い声が上がる。くぐもった笑声が再び響く。
 壁の向こうから。隣の教室から。その音に身が竦む。
 カチカチとシャーペンをノックする音が耳に届いた。隣の席の広見さんが世界史Bの参考書に視線を落としていた。彼女の肩越しに見える窓からは、無人の校庭と絵具の三原色のお手本のようなシアンの空が寒々と広がっていた。
 じゃあ学級会を終わるので後は自習してください、と中里君が言い終えて教壇を降りた。
 隣の教室で喝采が起こった。


 今春を思い出すと今でも膝の力が抜ける錯覚に陥る。
「ゆな、元気だしなって。あんたならすぐ友達できるから」
 ちーのんはそう言った。
「クラス違っても登下校は一緒だから。選択科目だって音楽とれば、ね」
 沢木もそう言った。通学路を歩きながら、後ろで葵ちゃんも肯いた。
 違う。
 彼女らは根本的に間違っている。
 高校二年生のクラス替えの意味を軽んじている。
 ちーのんと沢木と葵ちゃんが同じクラスで、私だけが隣のクラスであるという事実を理解できていない。彼女らのクラスに、明るく、真面目で、磊落不羈と評される男女が集まる一方で、私のクラスにはごく平凡で非常にパッとしない男女しか在籍しない事実も。
 クラス名簿を手にした私の絶望を。
 彼女達は理解していない。
 いや、わかってはいるのかもしれない。
 しかしそれらは既に彼女らにとっては対岸の火事なのだろう。
「学校、行きたくない」
 私の言葉に母は正座を促して学校に行きたくても行けない子供達の話をした。
 母もまた根本的に間違っている。
 私の知らない少年少女が学校に対して抱く感慨が、今の私の絶望よりも浅いとか深いとかいうのは、全く理にかなっていない。
 母の説得を諦めた私は、必死にしがみつくことにした。
 足繁く隣の教室へ足を運び、昼食は必ず彼女らと共にとった。話題が私の知らない学生や私の知らない教員の言動であろうと、時間が早く過ぎまいかと思うことがあっても、笑顔で追従した。溶け込めるはずだと信じていた。


 また来てんのかよ、と隣のクラスの男子に笑われた。
 体育からまだ戻っていない友人達を教室の前で待っていたある日の昼休みのことだ。彼は一年の頃のクラスメイトだった。
「神谷って沢木とかの他にダチいねえの?」
「……あんたに関係ないし」
「だって別のクラスの奴がいるのってすげえ目立つぜ」
 別のクラスの奴、という言葉にガツンと頭を打たれた思いがした。鼓動が速くなり、頬が火照るのがわかった。
 用事思い出したから、とやっとの思いで声を振り絞り私は踵を返した。
 自席に座るとわっと泣き出したい衝動に駆られたが、どうにか唇を噛んで堪えた。
 今日は留守だったの? という問いかけにハッとして顔を上げた。広見さんが菓子パンを頬張りながら参考書を捲っていた。隣のクラス、と言葉が続く。
「うん……」
「いつも行ってるんだね」
「仲の良い子がいるから」
「賑やかそうだしね」
「……いいよね。羨ましい」
 鼻の奥がツンとした。
 わずかな間があって、彼女が参考書を閉じるのがわかった。
「空気を読むのが巧いんだよ。学校生活に特化した成長、ていうのかな。ノリが良くて、ほどほどに優しくて、先生のおぼえもめでたい。血液型と誕生日に鼻がきいて、祝事、祭事には並々ならぬ一致団結をみせる。基本的に人を驚かせることが是であると信じている。そういう人種なんだ。私だったら息が詰まっちゃうだろうけど」
 唐突な話に視線を移すと、広見さんが困ったように微笑んでいた。
「この程度じゃまだ、芝生は青く見えるかな」
「……それって、慰め?」
 さあ、と彼女は首を傾げてみせる。
「嫌味かもしれない。貴方への」
 だったら、と私は向き直った。ここぞとばかりに己の学級の不甲斐なさを挙げ連ねた。事なかれ主義を通り越した怠け者集団だと扱き下ろし、青春の無駄遣いだと糾弾した。
 それにそれに、と続けようとする私を広見さんは手で制した。口元が綻んでいた。
「じゃあ続きは明日の昼休みにでも、ね」
 気づけば予鈴が鳴っていた。
 そんなに喋っていたのかと驚きながら急いで授業の支度をする。横に目をやれば、彼女が得意気に口角を引き上げている。その余裕っぷりが気に入らない。
 教室を見回す。
 隣の彼女に反論できる材料を探す。
 隣の教室の笑い声が少し遠くに感じられた。


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このストーリーに関するコメント

15/01/13 タック

拝読しました。

気づかないうちに自分のクラスへの関心を吐露させられ、明日の約束まで気づかないうちに取り付けられている、その光景とやり取りがすごく自然で、ものすごく巧みだと感じました。
情景と匂いを感じることのできる、静かで端正な作品だったと思います。

15/01/13 四島トイ

>タックさん
 読んでくださってありがとうございます!
 全く成長しない文章でお恥ずかしい限りですがコメントいただけてとても嬉しいです。過分なお褒めの言葉に頬が火照る思いです。少しでも読み応えのある作品が書けるよう、いただいたコメントを励みに頑張ります。ありがとうございました!

15/01/14 光石七

拝読しました。
感想をひと言で言うと、「上手いなあ」です。
友達とクラスが別れた主人公の必死さとか、広見さんに乗せられていく様とか、ラストの一文とか。
うまく言えないのですが、映像が浮かぶのはもちろん、場の空気感や息遣いまで伝わってきて、少女の成長・青春を感じる作品でした。

15/01/17 四島トイ

>光石七さん
 コメントありがとうございます!
 私には勿体無いほどのお言葉をいただき恐縮です。なかなか納得できる作品にまで練り込めない私ですが、こうして読んでいただけるととても嬉しいです。
 光石七さんの今後ますますの御活躍を期待しております。今回はありがとうございました。

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