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アシタバさん

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隣の引っ越し

15/01/08 コンテスト(テーマ):第七十三回 時空モノガタリ文学賞【 隣室 】 コメント:0件 アシタバ 閲覧数:876

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わたしの住むアパートの前にトラックが止まった。
窓から見なくても部屋に入ってくる音だけで大体わかる。
そのまま耳を澄ませていると、誰かが階段をのぼってくる足音がした。
隣の部屋から聞きなれたチャイムの音が鳴り、ドアの開く音と先輩の話声が聞こえてきた。
どうやら予定通り引っ越しの業者が来たようだ。

今日、先輩がこのアパートを出ていく。
大学を無事に卒業し、就職も決まったので職場に近い新しい住処に移るという。家賃の安さだけが取り柄の貧乏学生達が多く暮らすこのアパートよりは、恐らくいいところなのだろう。
卒業と就職。来年はわが身に起こる出来事だけど実感なんてまったくない。もちろん、内定も未だにない。
追いつめられないと慌てない性格に我ながらあきれる。
でも、これからは困っても先輩に頼ることが出来なくなるのだ。

部屋から玄関まで6歩。
サンダルを履く。
少し錆びついた音をさせながらドアを開ける。
外に出て右に4歩。
あっという間に先輩の部屋の前である。

このアパートにきてからは、何かあれば隣に住む先輩のところにすぐ頼みごとに行っていた。3年前、引っ越しの挨拶に初めて隣を訪れたとき、同じ大学の先輩であるということを知った。同時にこの人は頼みごとを断わらない、お人好しな人物だと本能的に予感した。 
わたしは頼るべき人を見分ける能力には自信がある。家族にも友達にも、すぐ人に頼るなと言われ続けて生きてきた。しかし、人間は簡単に生き方を変えられないし、今も変わらない。
予想通り、先輩は面倒見がいいと大学でも評判な人で、他人の困りごとや頼みごとを何でも引き受けていた。先輩曰く、人に頼られることが嬉しいらしい。 
それでも、わたしのような昔から他力本願で生きてきたプロの甘ったれ人間が隣に引っ越してきて、あまつさえ知り合ってしまったことは先輩の運の尽きだっただと思う。

先輩、大学の課題手伝ってください。
先輩、醤油を貸してください。
先輩、バイト先紹介してください。
先輩、服のボタンがとれたので縫ってください。
先輩、ふられたので慰めてください。
先輩、ギターを弾くので聞いてください。
先輩、一緒にお酒飲んでください。
先輩、暇なので、どこかに遊びにつれていってください。

頼んだことは思い返せばきりがない。遠慮のなさに我ながらあきれる。
今度こそは断られるかなと思いつつ頼んでみると、いつも、いいよ、と言ってくれた。
本当に評判通りのやさしい人だった。
わたしはお世話になりっぱなしだったと心から思う。
最後はきちんとお礼を言って送り出そう。
トラックが走り出す音が聞こえた。
どうやら、引っ越し作業が終わったらしい。
さて、先輩が部屋を出ていく前に最後の挨拶に行こうか。

部屋から玄関まで6歩。
これでいいのだろうか。
サンダルを履く。
本当に頼みたいことが、まだ残っているような気がする。
少し錆びついた音をさせながらドアを開ける。
でも、こればっかりは流石に無理って言われるかもしれない。
外に出て右に4歩。

先輩の部屋の前に立った。
チャイムを押そうとした手が止まる。
先輩のことは、今日から遠い思い出なる。
それでいいのか。
いや、それでもいい。
もう、ふられても、隣に慰めてくれる人はいないのだから。
けど、もしかしたら。
まあ、いいか。
先輩の顔を見てから決めよう。
深く息を吸うと春の匂いが感じられた。
3年前、初めてこの部屋に訪れた日のことを思い出す。
戻れたらいいのに。
そう思いながら、聞きなれたチャイムを押した。


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