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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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墜落広場の少女

15/01/05 コンテスト(テーマ):第七十四回 時空モノガタリ文学賞 【 空港 】 コメント:7件 クナリ 閲覧数:1215

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自分に何が起きているのかは、症状から、解っている。
治すつもりもない。
僕は早く、
僕では、
なくなってしまいたい。



僕がそのだだっ広い敷地に立つと、遮る物の無いアスファルトの上を、十一月の冷たい風が渡った。
昨年まで機能していた空港は、たった一つのトラブルを契機にして今は廃墟となり、揶揄を込めて墜落広場と呼ばれている。
厳密に言えば、飛行機は墜落した訳ではない。機体が空中で火を噴き、僕を含めた乗客皆が死をほとんど確信したが、何とか着陸した。
ただ、その後乗客が飛行機を降りる際、パニック状態の人波の中で、一人の少女がエスケイプスライドの手前から落ち、頭を打って死んだ。
その落ちる直前の姿を、空港の客が偶然写真に撮った。
燃える飛行機から我先にと飛び出す人々の中で、僕の手が、少女の背中に伸びていた。

その元空港で今、一人の女子高生がそぼ立って、歩み寄る僕を見ている。
女子高生の間近に着き、僕は懐から封筒を取り出した。差出人の欄には、佐沖フユノ、と目の前の女子高生の名前が書かれている。
昨年死んだ例の少女、佐沖ナナの、双子の姉だった。二人の顔は繰り返し報道され、すっかり全国に知れ渡っていた。
両親を早くに亡くした二人は、励まし合いながら生きて来た。
ナナは真面目で、恋人も作らず、大人達が求める清廉な学生そのものだった。よく恥らう性質で、淑やかな色気も身に付けつつあったが、自分の女らしさが男を刺激することにさえ罪悪感を感じるほどの、極端な潔癖だった。
ナナの好印象の効果もあって、日本中がフユノに同情した。妹の死に錯乱し、発作のように泣き出す少女の激情は、演技ではなかった。
――許さない。殺人者を許せない。
フユノは記者の前で、何度もそう繰り返した。今と同じ、切り裂くような眼光を浮かべて。
「僕を呼び出した、用は何?」
「馬鹿ではないでしょう」
ハーフコートの袖に隠れたフユノの右手から、カチカチと音が聞こえる。
「僕は、無罪だ」
「緊急避難。事故。ええ、法律はあなたを裁けない」
フユノの右袖から跳ねたカッターナイフが、僕の首元へ閃いた。
僕はそれをかわして、フユノに思い切り平手打ちした。体重の乏しい少女は毬のように地面に転がる。
「僕の罪を言ってみろ! 僕はあの子に、何をしたんだ!」
「私達は来年、卒業だった。あなたが、殺さなければ。ナナを返せッ!」
フユノが僕に組み付いてくる。僕はカッターを奪おうと、その右手を捕まえた。
その時、フユノが、醜く笑った。彼女の左袖にも、銀光が覗く。
僕は反射的に、顔と頸をかばった。けれどその刃は、フユノ自身の頸を切り裂いた。
噴水のような血飛沫。
呆然とする僕の顔中、目も、口も、鮮血が染めた。
あの日、ナナの割れた頭から流れ出した血と、まるで同じ色だった。
そしてフユノは、あの日のナナと同じように、アスファルトの上で動かなくなった。
僕がナナを押したと、最期まで信じたまま。



命拾いをしたはずのあの日の着陸直後、脱出途中のナナは小声で、呪詛のように呟き続けていた。
――死ねると思ったのに。
――死にたかったのに。
僕は、異常な様子の彼女の肩に、手をかけようとした。けれどナナは機体から抜け出た瞬間、
――いいえ。まだ死ねる。墜ちられる。ここから――……
そう言って、自ら地面へ、頭から墜ちた。



フユノが死に、また僕を含めた三人の顔が報道を飾ってから数ヶ月経った頃、僕の体に最初の発疹が現れた。
発疹はやがて膿を持ち、全身に広がった。
フユノが仕掛けた、敵討ちだった。自分の毒血を僕に浴びせるために、彼女は僕を墜落広場へ呼び出した。
自分の手で、直接僕を殺さなければ気が済まない。けれど、少女の身でまともに立ち向かっては勝ち目がない。だから、この決着を選んだ。
――せめて良心があるのなら、治療などせずに、腐って死ね――
フユノの放った毒が、僕の体内でそう叫んでいる。
そうする。
そうするとも。
でも。
僕の罪の名を、言ってくれ。
僕は自分の命可愛さに、ナナを突き飛ばしたりしない。
僕は、風邪を引いたフユノを残してナナと旅行に行った。
そして帰る日の前夜、ナナに告白して、無理矢理に接吻した。
ナナは、僕を惑わせたことを悩んだ。他でもない僕を、狂わせたことに絶望した。飛行機の中で、ずっと自失していた。
機体が火を噴いた時、ナナは笑った。全ての罪も悲しみも、消せると信じて。
けれど、飛行機は着陸してしまった。
身を投げるナナを掴もうとした僕の腕は、間に合わなかった。
僕の罪の名を、言ってくれ。出来ないのなら、僕は無罪だ。
妹のナナを愛したことか。
妹のフユノも死なせたことか。
誰か、僕を裁いてくれ。
フユノは、失敗した。
僕を正しく、裁いてくれ。
僕の脳が。
毒でとうとう狂う――その前に。


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このストーリーに関するコメント

15/01/08 石蕗亮

お久しぶりです(。-_-。)
人間模様の描写が凄いですね。良い意味で想像を裏切る終わり方でした!
今年もよろしくお願いしますm(_ _)m

15/01/10 夏日 純希

そう来たか、と思いました。一度読み終わったときは面白かったです。

ただ、読み返してみると、
僕が語り部の割に、妹を、少女や女子高生、と呼んでいる辺りがアンフェアな気がしました。(作者がどこまでフェアであるべきかは、議論の余地があるので、あくまでも個人的にはですが)

細かい点ですが、

>自分の手で、直接僕を殺さなければ気が済まない。少女の身でまともに立ち向かっては勝ち目がない。

家族なら直接手を下せるチャンスは山ほどと思うので、「ん?」となりました。

毒の設定は、物語に独自色をつけていて、いいなぁと思いました。

15/01/11 クナリ

石蕗亮さん>
コメントありがとうございます。
以前、自分の話づくりの方向性を模索していた頃、面白さの質を「ビックリ箱」に
求め、叙述トリックやどんでん返しにこだわっていた時期がありました。
最近は心情面を強調した話を多く書いていた気がしたので、意識して昔の書き方で
書いたのがこの話です。
評価していただけてうれしいです。ありがとうございました。

夏日純希さん>
クナリの書く話に最も欠けているのが「整合性」であり、二番目が「説得力」なので、
冷静な突っ込みの前には矢も楯も無き我が身であります!
いやー、その通りですね(^^;)。
手紙で呼び出している辺り別々に暮らしてはいたのでしょうが、もっとうまいやり方は
別にあるでしょうねー。
毒というか、梅毒なんですけども(なんかホラーともサイコとも銘打たずに始まる
全年齢向けの小説でいきなり性病の名詞を出したくなかったので…ッ。いや、ホラーなら
良いというわけでもありませんけど)、妹がどんな思いでその病を身に宿したか、とかを
描かなければならなかったな―と投稿してから思いました。てへ(てへじゃないわ)。
コメント、ありがとうございました!

15/01/21 滝沢朱音

墜落広場、ドキッとするタイトルですね。
そして、双子の妹さんでしたか!見事にやられたー
僕がナナを愛したことで、ナナは死のうとしたのかな。
潔癖なナナと、毒(↑のコメントより、梅毒なのですね!)を持つフユノの対比とか、
あー、いろいろと深くて面白くて、何度も読み返してしまいました。


15/01/24 クナリ

滝沢朱音さん>
最初、空港で再会する男女の物語にしようと思って主人公を探していたのですが、でんでんいい人が見つからずにさまざまなアプローチを試みていたのですけども、
「きっとあれだっ、空港で再会というロマンチックっぽい感じが自分には向いていないのだっ、もっと暗くてひどい話の主人公を見つけよう」
と転換したのがよかったのか、このような話になりました。
仕上がりの出来については、後から読み返すと改善の余地が見つかりますが(まあこれはいつものこと(^^;))、そう言っていただけて、投稿してよかったなと思います。
コメント、ありがとうございます。

15/01/26 光石七

なんという強烈な作品を……
ラストで明かされる三人の関係性、主人公の叫び、すごいとしか言いようがないです。
救いなんてどこにもない、墜落していくのは主人公自身なのかもしれませんね。
とにかく強烈でした! ←語彙の乏しい奴

15/01/27 クナリ

光石七さん>
もともとホラーに興味を持って話を書き始めた人間なので、もっとブラック面を掘り下げられる書き手になれればなあ…と思っているのです。
強烈とは、うれしいお言葉であります。
…墜落していくのは主人公自身…
…。
(ぽんと手を打ち)そうなんですよ、実はまさにそこに引っ掛けたタイトルだったんですよ!(←絵に描いたような卑怯者)
構成を考えれば、毒というのが梅毒であること、体液で感染するし最終的には精神も侵すので「とうとう狂うその前に」となることなどは作中で説明しなければならなかったなあ…と思うのですが、最少の字数での驚きラストをどうしてもやりたかったのでこれはこれでしょうがないなと思っていますが、それも「強烈」というお言葉をいただけたことで救われております。
ありがとうございました。

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