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四島トイさん

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タイムカプセル

14/12/29 コンテスト(テーマ):第七十二回 時空モノガタリ文学賞【 喪失 】 コメント:6件 四島トイ 閲覧数:1054

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『タイムカプセルを掘り出したいんだ』
 かつての同級生である木戸悟が電話を寄越したのは、大学四年の冬だった。家族を背に気にしながら、リビングの固定電話の前で声を潜める。
「なにそれ」
『小学校の卒業文集に書いてあったんだよ。夢を書いて、十年後の三月に掘り出しますって。俺覚えてないんだけどさ』
 不意に記憶がバラバラと零れる。楕円形でステンレス製のカプセル。教壇に立つ担任。板張りの床。真っ白な原稿用紙。隣の空席。声が蘇る。十年後に開けるからな、と。隣の席の奴の夢が叶ったかお互いに確認するからな、と。
 壁にかかったカレンダーを目で追う。
「まだ十二月だよ」
『三月じゃ間に合わないんだ』
「何に」
『就活、とか』
「……そっちで就職するんじゃないの」
 いや、と電話の向こうで口籠るのがわかった。
『地元戻るかもしれない。とにかく今度の冬休みに行くから手伝ってくれ』
 切羽詰まった口調だった。
『白瀬くらいなんだよ。こんなこと頼めるの』
 そう言って通話は途切れた。


 実家暮しの私とは違い、木戸悟は首都圏の大学へ進学して一人暮しをしていた。ただ実家が近所のせいか長期休暇には顔を合わせた。
 やっぱり地元は田舎だよなあ、とか、白瀬も実家じゃなくて一人暮ししてみろよ、などと語る彼を、私は何度か殴り倒したい衝動に駆られた。
 根拠と背景を全く感じさせないその自信と、上から目線をへし折ってやりたかったのだ。
 今度こそ私の拳が活躍するかもしれない。私は入念に拳を握っては開き、腕を屈伸させた。仮想、木戸悟を拵えて、綿百パーセントのお腹に拳を振りかぶった。
「……姉ちゃん。何でにやにやしながらぬいぐるみ叩いてんの」
 廊下を通った弟がぎょっとしたように足を止めた。


 桜の下を掘ってるとさ、と木戸悟がシャベルを突き立てる。暮れ始めた太陽。校庭に人影はなく、校舎は冬休み独特の静寂を纏っていた。
「屍体云々の話ならやめてよ」
 シャベルを置いて肩を回す。彼が顔を上げる。
「よくわかったな」
「高校の現国でやった梶井基次郎でしょ」
 そうそう、と彼は頷いた。結局、私達は小学校から高校まで同じ学校に通った。
「白瀬と話してるとあれから何年も経ったなんて思えないんだよな」
「木戸は……老けたよ」
「同級生に言うことかよそれ。だったらお前も」
「セクハラで訴える」
 理不尽だよなあ、と彼はぼやいた。
 あのさ、と土を掘りながら声をかける。なんだよ、と彼が応える。
「戻って来るの。地元」
 わずかな空白があった。
 シャベルの先端が何かに触れた。黒い土の隅に金属片が顔を出す。


 タイムカプセルは、記憶の中のそれよりも幾らか玩具染みていた。
「凱旋したかったんだよ」
 不意に彼が口を開いた。ハンドルを回す。金属の擦れる音がする。
「なにそれ」
「地元出て都会の大学行って一人暮し。何だか大物になれるんじゃないか、て思ったわけだ」
 カプセルの中には原稿用紙が綺麗に折り畳まれていた。文字からも察せられる幼さが漂っている。夢というか願い事のようなものもあった。一枚一枚とめくりながら彼は笑った。
「でも場所が変わっても中身は俺のままなんだよ。当たり前だよな。色々やって、やっぱダメで、全部が中途半端。それで就職活動して。大企業受けまくって落ちまくった。面接なんて役者になった気分だよ。夢とか目標なんてないんだもんな」
 でも、と彼は吐き捨てるように続けた。
「夢はあったはずなんだ。俺にだって」
 それを確かめたくってさ、と努めて明るく付け足した。
 彼の原稿用紙はなかなか見つからなかった。
 ふと、一枚の用紙が目にとまった。小さくて尖った私の字だった。夕焼けの中で字面を目で追う。
 十年前の光景が、気持ちが、用紙を伝って体に染み込んでくる。
 ため息が漏れた。
 あのさ、と声をかける。なんだよ、と彼は顔を上げた。
「木戸、タイムカプセルのこと覚えてないんだよね」
「まあ十年前だしな」
「欠席してたんだよ。風邪か何かで」
 は、と彼の頭に疑問符が浮いた。
「いま思い出した。木戸はこれ、書いてない」
 あの日、私の隣の席は空いていた。それは木戸悟の席だ。
 木戸悟が用紙をめくる手を止める。町内放送のスピーカーが遠く響いていた。
 ないのかよ、と掠れた声がした。用紙を持つ手から力が抜け、空気が漏れるような笑いが聞こえた。
「俺、夢なくしちまったよ」
 泣きそうな横顔だった。
 そんな大したことじゃないよ、と慰めたくはない。
 でも何と言っていいかわからない。
 ああ。私も何も変わっていない。
 本人に伝えたい思いはいつだって声にならない。
 手にした己の夢を握る。木戸君が元気になりますように、と書かれたそれを。手を開く。そして強く握りしめた。
 私は拳を振りかぶった。


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このストーリーに関するコメント

14/12/31 坂井K

木戸くんのキャラが「愛すべきバカ野郎」って感じで良いですね。――「いきなり腹を殴られるのは、少し可哀想な気も……(白瀬さんの気持ちも分かりますが)。

15/01/02 光石七

拝読しました。
就活に疲れて、子供の頃の夢を確かめたくなる気持ち、わかりますね。
憎まれ口や拳でしか思いを伝えられない主人公の不器用さもすごくいいです。
素敵なお話でした。

15/01/03 四島トイ

>志水孝敏さん
 読んでくださってありがとうございます!
 読み辛い部分ばかりでしたでしょうに、過分のお褒めの言葉に恐縮しきりです。面白いと言っていただけたこととても嬉しいです。ありがとうございました。

>坂井Kさん
 コメントありがとうございます!
 キャラクターの造形は常に課題です……木戸青年はもっと夢多き男であって欲しかったのですが、書いているうちに手の平サイズの中途半端野郎になってしまいました。ただ、注目していただけたことで少しは報われたのかなあ、とも思います。ありがたい限りです。

>光石七さん
 読んでいただけて嬉しい限りです。
 登場人物の気持ちを汲み取ってくださってありがとうございます。私自身も理解できていない部分を言葉にしてコメントしていただけるのは大変ありがたいです。
 ありがとうございました。

15/01/04 クナリ

穏やかな流れから、欠席のくだりが出てから転調する展開が、ドキドキさせられてとても良かったです。
主人公の夢が、木戸君のお嫁さんとか、木戸君が好きだとかいった直接的なものではなく控えめで、しかもタイムカプセルに手紙を入れていない理由と結びついているという巧みさに感銘を受けました。
心(ハート)と頭(ロジック)を同時に刺激され、印象的な作品です。

15/01/13 四島トイ

>クナリさん
 コメントありがとうございます! 気づかずお礼が遅れてしまい申し訳ありません……
 白瀬女史に注目してくださって嬉しいです。生真面目な彼女も木戸青年の喪失に立ち会った時きっと単なる衝動ではなく、心と頭が連動したのではないかなどと、クナリさんお言葉を拝見して感じました。
 私には勿体無いほどのコメントをありがとうございました。今後の励みにいたします。

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