1. トップページ
  2. My name is

泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

投稿済みの作品

7

My name is

14/12/29 コンテスト(テーマ):第七十二回 時空モノガタリ文学賞【 喪失 】 コメント:9件 泡沫恋歌 閲覧数:2927

この作品を評価する

 朝起きたら、自分の名前が思い出せなくなっていた。
 毎朝、スマホでメールを確認するが、返信しようとして戸惑った。なんと自分の名前が出てこないのだ。名字は分かるがファーストネームが分からない。まさか若年性アルツハイマーか? だが妻や子供の名前はちゃんと覚えているし、自分の生年月日や血液型、星座、勤務先の電話番号もちゃんと言える。
 なのに……自分の名前だけが思い出せない。
「パパ、今朝はトーストにします? それともご飯がいい?」
 いつものようにハムエッグとサラダとみそ汁が並んでいる。俺の返事を聴く前に妻はトーストを置いた。これもいつものことだ。
「昨夜は帰りが遅かったのね」
「ああ、取引先の接待で午前様になった」
 トーストをかじりながら新聞に目を通す。そうだ、妻に訊いてみよう。
「なあ、たまには俺の名前を呼んでくれないか」
「はぁ〜?」
 きょとんとした妻の顔、そして照れ笑いしながら、
「イヤーね。新婚じゃあるまいし」
 そこへ高校生の息子が起きてきて、結局、名前は呼んで貰えなかった。

 
 家を出る時、表札を見たが『SAKAMOTO』と名字しか書いてない。
 名前くらい思い出せなくても不自由はないだろうと出社したら、部下が出張の申請書を持ってきた。
「課長、明後日から出張なので書類に署名と判子ください。大至急、経理に回します」
 書類に目を通し署名しようとして……困った。やっぱり自分の名前が思い出せない。ペンを持ったまま動きが止まった俺を、部下が怪訝な顔で見ている。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっと……」
 仕方なく名字だけ書いて判子を押して渡したら、
「これじゃダメですよ。他の部署にも同じ名字の課長がいるし、フルネームでお願いします」
 言われなくても分かっている。
「俺の名前しってるか?」
「課長、冗談いってないで早く!」
 焦っても思い出せず、「腹が痛い」とその場から逃げた。

 トイレに行く振りして、屋上に上がって考える。
 運転免許証には名前が載っているはず、財布から取り出し絶句した。名前の部分だけが空欄になっている。他のカード類もすべて空欄だった。
 そういえば俺を名前で呼んでくれるのはお袋だけだ。実家に電話しよう。
『もしもし、母さん』
『どなた様ですか?』
『何いってんだよ。俺だよ、俺!』
『俺? そんな人知りません。きちんと名前を言いなさい』
『母さん、俺だ! 俺だってぇ〜』
『オレオレ詐欺に騙されるほど猛録してません!』
 無情にも電話は切られた。
 名前に関する記憶を辿ってみよう。
 俺の名前は祖父が付けたと聞いた。両親は反対したが祖父が勝手に役所に届けたらしい。小学校の頃はヘンな名前だとからかわれた記憶がある。大人になってからはカッコイイ名前ですね、と言われたこともあった。俺の名前はヘンなのか、カッコイイのか、どっちなんだ?
 ――いくら考えても名前が出てこない。

 今朝から名前を喪失したということは、昨夜の俺に何かあったようだ。
 取引先の接待で飲みに行ったが、名刺交換の時「名前負けしてる」と嫌みを言われて、不愉快だった。終わった後、一人で飲み直そうと繁華街をぶらぶらしていたら、路地の奥に小さな酒場があった。カウンターに五人座れば満席の店で、初老のマスターがやっていた。
「マスター、何か変わったお酒ある?」
「お客さんの悩みに効くお酒があります」
「俺の悩み? そうだなあ、自分の名前が嫌いだ。できれば消したい!」
「分かりました」
 マスターはシェイカーを振り、俺の前に青いカクテルが置かれた。
「これが悩みに効くお酒か」
 ひと口飲んだらミントの爽やかな味がした。
「やっぱり俺の名前を消すんじゃなくて、同じ名前の奴がいなくなった方がいいや」
「そうですか、では、これを……」
 真っ赤なチェリーを青いカクテルの中に入れたら、
「紫に変わった!」
「カクテルの名前はMy name is」
 紫色のカクテルは不思議な味がした。アルコール度が高いのか、意識が朦朧として、その後の記憶がない。――あれは夢だったのか?

「課長! こんな所に居たんですか」
 さっきの書類を持って部下が屋上にやってきた。
「早くサインしてください。明日は祝日なので明後日の出張に間に合わない」
 ふいに名前が出てきた。俺は書類にサインをして渡す。
「祝日って?」
「明日は『将軍誕生日』ですよ」
「将軍?」
「十九代徳川将軍が生まれた日」
 徳川幕府がまだ続いているってことか。大政奉還はなく、明治維新もなく、日本は開国したのか。 
「坂本龍馬って知ってるか?」
「は? それ課長の名前じゃないですか」
 日本の歴史が大きく変わっている。あのカクテルを飲んだせいで、俺の「龍馬」が残って、歴史上の偉人が喪失してしまった――。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/12/29 たま

恋歌さま、拝読しました。
いやー、すごい結末ですね。びっくりしました。SAKAMOTOの表札は伏線ですね。
・・・って、ことは、徳川幕府がまだ続いているってこと・・・これもびっくりです^^ まるで日本が喪失したみたいです。
お話しは地味に描かれていますが、いつもの恋歌さんらしくて、粘りとユーモラスがあります。
いや、おもしろかったです。星新一もびっくりですよ♪

14/12/29 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、拝読しました。

最後まで読んでなるほどって思いました♪
もしも龍馬がいなかったら…歴史は変わっていたかもしれませんね。
奇想天外なアイディアが面白かったです。

14/12/30 黒糖ロール

カクテル飲んだ時、そのとき歴史が動いちゃってます。
面白かったです。

14/12/30 草愛やし美

泡沫恋歌さん、拝読しました。

めちゃくちゃ面白い設定ですね、ああ、SAKAMOTOだったわってオチまできて伏線だって気づいた間抜けな私です。まんまと恋歌さんの罠に落ちた一人です。苦笑

歴史が変わっていなかったら、どうなっているのかしら。鎖国続いているって想像を絶していますわ。ぶっ飛ぶ内容で面白かったです。

14/12/31 鮎風 遊

そうだったのですか。
名前が戻ってきて、良かったです。
しかし、本人は深刻だったでしょうね。

それにしても、こういう面白い物語があったのですね。
日常の中のふとしたことを喪失する。
私の場合、脳を喪失しているのか、思い付きませんでした。

15/01/03 泡沫恋歌

たま 様、コメントありがとうございます。

SAKAMOTOの表札は一応伏線のつもりでしたが、たぶん読む方はさほど気にしないと
思ってました。
「名前」の喪失だけに拘って考えたら、この話が出来上がったのです。
星新一は敬愛するショートショートの達人なので、すごい作家の名前が出て
ビックリしました(〃´・ω・`)ゞエヘヘ


そらの珊瑚 様、コメントありがとうございます。

きっと、龍馬がいなかったら徳川幕府は続いていたかもしれない。
そんな仮説で考えたのが、このお話ですが案外、そういうことも有りうると思いました。
――ということは、まだ武家社会だったかも?


黒糖ロール 様、コメントありがとうございます。

そうなんです!
あの不思議なカクテルを飲んだ時、日本の歴史が動いた!(`・ω・´)ハイ!

15/01/03 泡沫恋歌

草藍 様、コメントありがとうございます。

歴史上の偉人と同姓同名なために、いろいろ嫌な思いをしてきた主人公がこんな名前は
要らない! と、言ったことで事件が始まったのです。
実際、世の中には「坂本龍馬」という名前の人間がいるかもしれないけれど、
この名前は一般人には重すぎると感じますね。


志水孝敏 様、コメントありがとうございます。

たしかに名前を無くす話はよくあります。
それ自体はステレオタイプのストーリーかもしれませんが、ちょっとヒネリを入れたので
楽しんで貰えたのではないかと思っています。


鮎風 遊 様、コメントありがとうございます。

何んと言っても名前がないと、どんな書類にもサインができません。
苗字だけでOKなのは宅配の受け取りサインだけだから。
自分の名前を思い出したのは良いけれど、歴史上の重要人物が喪失してしまって・・・
日本の歴史が大きく変ってしまいました(VェV;)

15/01/15 泡沫恋歌

誤字がありました。

『オレオレ詐欺に騙されるほど猛録してません!』

【 誤 】猛録 ⇒ 【 正 】耄碌

見直しが足りませんでした。
誠に申し訳ありませんo( _ _ )o

ログイン