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笹峰霧子さん

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つぐない

14/12/28 コンテスト(テーマ):第七十三回 時空モノガタリ文学賞【 隣室 】 コメント:3件 笹峰霧子 閲覧数:1084

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 俺の寝室の隣の部屋をクローゼットにすると先に言ったのは俺だった。
 妻の部屋をクローゼットの向こう側にしたのは、夜なべをするミシンの音が煩くて眠りを妨げるからという理由だけのことだ。
 俺は今妻のことを思うと実に可哀そうなことをしたと悔やむ気持が少しはある。
 
 その夜俺は別の女とスマホで話していた。
 その女というのは俺にとってかけがえのない大事な存在で、その彼女と話をすることでこれまでずっと悩まされていた不眠が解消したのだ。
 
 彼女は夜中に電話で話すのは駄目だと拒否していたが、いつの間にかメールをしたら先方から掛けてくれるようになっていた。
 インターネットにはとんと関心がなかった俺がスマホを買ったのも、彼女と待ち合わせの連絡したり、畑仕事が一段落したときメールができるからだった。

 ☆

 おとどしになるが、俺は総合病院へ入院していた。
 身体だけが自慢の俺がトレーニングに励んでいる最中、激痛が走って動けなくなった。救急車で運ばれ検査を受けた結果、急激な運動のせいで股関節がおかしくなっているとの結果が出た。

 手術は麻酔をかけて知らぬ間に終わったが、その後一か月ほど入院した。
 退院間もない頃、俺は退屈しのぎに院内をぶらついて、売店で飲み物を買い、店を出ようとしたそのときだった。

 そこに彼女がいたのだ。
 俺は夢かと思った。
 
 三十前に出会って、いっときの間のふれ合いだけで俺が捨てた女だった。捨てたというより身を引いたというほうが当たっているかもしれない。俺の力ではどうすることもできない圧力がかかり、俺は無念な気持で彼女の元を去ったのだ。俺も彼女と別れてから何年も恋人らしきものも居ず、もっぱら所長のお供で釣りを楽しんだ数年だった。

 海釣りは女を忘れさせてくれた。
 
 四年後俺は院長の紹介で嫁をもらった。写真を見ただけで親が勧めるままにした結婚だったが、大人しいのが取り柄で俺は自由気ままな生涯を送れたのもあの妻ならばこそと思う。
 身体だけが自慢の俺だったが、妻との生活は淡々としたもので50にもならぬ内に寝室は別にするようになった。以来俺は隣室の向こう側にある妻の部屋に入ったこともなければ、自分のベッドに呼び込んだこともない。

 ☆

 俺は病院の売店で彼女を見つけてからは、年が遡るかのようにいきいきしてきた。
 職場を停年でやめてからというもの、買い物以外で出歩くこともなく、息子や娘が家族を連れてやってくるときだけ賑やかになる家で、借りた畑と家とを往復する毎日を送っていた。

 70を過ぎた頃から畑仕事にも疲れを感じるようになっていた。
 だが彼女と話をするうちに元気が湧いてくるような気がしていた。まだまだ90までは生きれそうだと彼女に報告したのだ。

 
 独り身の彼女は誰も訪れない家でひっそり暮らしていた。
 彼女の暮らしぶりを知るにつれて、昔俺が置き去りにしたことが悔やまれて仕方がなかった。これから先、少しでも力になれるなら、あのときの償いができるような気がしていた。

 俺は彼女のことを思うと涙が毀れそうになった。
 毎晩電話で話をするときには精一杯優しい言葉を掛けてやった。彼女のヒステリックな反発も黙って受け入れた。誰一人彼女のわがままを受け入れ抱きしめてやる者はこれまでいなかったと思うと胸が締め付けられるような気がした。

 俺はこれまで怖い物がなかったといえるほどの人生を送って来た男だ。
 
 彼女は俺のことを幸せな男だといつも言った。
 
 これからだぜ、おまえを幸せにするのは――。

 …俺はその晩も幸せな気持でスマホを握っていたのだ、翌日目が覚めないことも知らぬまま――。

もしも隣室に妻がいたなら、もしかして俺の異変に気づいていたかもしれない。


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このストーリーに関するコメント

14/12/28 笹峰霧子

画像はフリーサイト[https://www.flickr.com/photos]よりダウンロードしています。

15/02/01 芝原駒

拝読しました。
老いてもなお、と評するに迷いないほど力強くもありながら、夜の部屋のなかで独りスマートフォンを握っていたであろう乾いた手の主人公像が魅力的でした。
以下、気になった点です。『間もない頃』という表現の使い方に引っかかりを感じました。所長のお供で釣りをするであるとか、院長の紹介で嫁をもらう、という本筋には関係のないキャラクターの登場に混乱しました。夜中に電話がダメな理由、主人公の不眠、どうすることもできない圧力等、要素としての必要性に疑問のある設定が宙に浮いているように思います。
以上、拙いコメントですが御容赦ください。

15/02/02 笹峰霧子

芝原駒さま

貴重なコメントをありがたく読ませていただきました。
とても参考になりました。
貴ブログも拝見しこのようなブログがあるのだということを知り、
がんばってこのブログに書いてもらえるようになりたいなと思います。

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