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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

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赤と緑

14/12/26 コンテスト(テーマ):第七十二回 時空モノガタリ文学賞【 喪失 】 コメント:2件 浅月庵 閲覧数:1547

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 荒々しく持ち帰った弁当のように思想が偏っているのが僕の両親で、自分たちの信じるもの以外は拒絶する。彼らが江戸時代の人間ならば“絵”なんか喜んで踏みつけて唾を吐きかけていただろう。そんな二人に僕は教育を受けた。
 そうなると自然に、僕の中からあるイベントが欠落する。その二日間はテレビを見ることも新聞を読むことも(元々読まないけど)家から出ることも許されない。普通の日と変わらず、焼き魚や肉じゃがなんかが食卓に並び、それを囲う。

 小さい頃に一度だけ二人に疑問を投げかけたことがある。「●●●●●ってなに?」
 そう言うと女の方は激昂して僕を何度も何度も何度も叩いた。その痛みの中で僕は子どもながらに悟った。両親の嫌いなものは僕も嫌いでなくてはならないのだ。僕は●●●●●という概念を意図的に自分から排除した。

 追い打ちをかけるように僕は先天性の色盲なのだと判明する。すると両親は喜んだ。「そんな憎悪の対象を象徴する色、見えなくて良いのよ。きっとあなたが立派な大人になれるように私たちの信じるものがプレゼントしてくれたのね」憎悪の対象? 立派な大人? プレゼント? わけも分からず僕は、両親が喜んでいるのならそれでいいか。そう思った。

 だけど年齢を重ね、無事志望する大学に入学し、産まれて初めてできた彼女に「ねぇ、●●●●●どうする? どこか遊びに行く?」と問われる。
「ん、なにが?」意識的に頭の中から“その言葉”を取り除いていた僕には、穴埋め問題のようにしか聞こえなかった。
「......ちょっと恍けてんの? それとも、もうお爺ちゃんになっちゃった? ク・リ・ス・マ・スのご予定は、って聞いてるんだよ」
「あ! あー、クリスーマースね。はは」
「なんかイントネーションおかしくない?」そう言って笑う彼女の反応を見て、僕は自分の唇に手をやる。何年ぶりだろう、僕の口からこの発音が出たのは。
「僕はその日は予定があるんだ」反射的に嘘をついてしまう。
「もしかして毎年、家族で過ごす感じ?」
「いや、えーと」大学に入って一人暮らしを始めた僕はその日、一体どうするんだろう。考えたこともなかった。「その日は家から一歩も出ちゃ行けないんだ」
「一歩も、えっ? なんで」当然、彼女の反応はそうなるだろう。僕の知らないところで毎年クリスマスというものは滞りなく行われているようなのだから。 そして彼女もずっとそのイベントの一員だったのだから。
 
 ーー僕は彼女に全てを話した。両親は少し自分たちの考えに傾倒し過ぎなのではないかと疑問を持ちながら洗脳されるギリギリで生きてきた僕には、彼女と築き上げてきた関係の“重み”というものを理解している。僕の都合で、彼女を苦しめるようなことをさせてはいけない。この告白でもしかしたら、僕は彼女と終わりになるかもしれない。
「そっか。それなら無理強いはしないけど......」
「しないけど?」けど、なんだろう。
「......クリスマスって、楽しいよ!」彼女は笑った。今の話を聞いてたのかと疑問に思うほど純粋に、無邪気に笑ったのだ。
「はは、そっか。楽しいんだね、クリスマスってやつは。やっぱりそうなのか」なんだか僕は泣きそうになった。十数年間味わうことのできなかった楽しさを一発の笑顔で表現するなんて、彼女はアーティストだな、とも思った。
「でも、やっぱり駄目なものは駄目だよね」
「......」
「それじゃあ、クリスマスは各自ゆっくりと過ごすってことで」
「いや、遊びに行こう」
「え?」
「どっか遊びに行こうよ、クリスマス。楽しいんでしょ?」押し出されるように僕の心から想いが溢れ出る。
 今まで自分に無かったものを取り入れる勇気。そして、それをまたこの先奪われてしまうかもしれないことへの恐怖。それをひしひしと感じながらも、阿呆みたいな鎖に縛られているせいで目の前の彼女を失ってしまうなんて馬鹿げてると鼻で笑うことができたのだ。

 ーー細かな雪がちらつくクリスマスイブ。待ち合わせ場所に現れた彼女が「赤いコートに緑のチェックスカートって、クリスマスカラー過ぎだよね」と言うのを聞いて、僕はショックを受けた。あぁ、だから両親は喜んでいたのか。両親の憎悪の対象カラーを身に纏う僕の大好きな彼女。残念ながら僕は、先天性の赤緑色盲でその赤と緑を感じられない。「ほら、早く行くよ!」だけど、オレンジというか茶色みたいな、そんな古びたレトロな色に彼女が包まれているからこそ、その白い肌や白い歯、眩しい笑顔が僕からはより際立って見え、彼女自身の存在や大切さを浮き上がらせる。
 僕は彼女の手を握った。すると、その瞬間に何かを失ってしまった感触と、何かを手に入れた感触の両方が伝わり、一歩踏み出すとそこには、到底“嫌いになれそうもない”光景が広がった。


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このストーリーに関するコメント

15/01/02 光石七

拝読しました。
クリスマスをそこまで敵視する両親、いったい何があったのか……
彼女のおかげで呪縛が解けて、よかったです。

15/01/14 滝沢朱音

こんにちは。読ませていただきました。
●●●●●のインパクト、ドキッとしました!
ご両親は僕から何を奪ったのだろう。そう思いながら読み進めて、最後でまたドキリ。なるほど、赤と緑……!
息子が傷つき失うことを異常に恐れたご両親。
その環境で育った僕を否定はせず、笑顔で素直に表現してみせる彼女。
失った●●●●●をようやく手に入れた後の、ラストシーンの鮮やかな$F彩が素敵でした。

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