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たまさん

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成和堂主人

14/12/24 コンテスト(テーマ):第七十二回 時空モノガタリ文学賞【 喪失 】 コメント:7件 たま 閲覧数:1197

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 朝から雪が降った。
 夕刻になっても雪は降りやまず、駅前のいつものバス停に長い行列ができた。バスはやって来ない。それでわたしは歩くことにしたのだ。今日はいつもの革靴ではなく、ブーツを履いていたし、小一時間も歩けば、我が家にたどり着けるはずだった。
 駅前にはアーケードのある商店街があった。雪道を避けてその一角を抜ける。何年ぶりだろうか。ここに来るのは。まだ、五時過ぎだというのに商店街の店は、ほとんどシャッターが下りて、アーケードの下を歩く人もまばらだった。それは決して珍しくもない光景だ。昭和のころの賑やかな歳末風景が懐かしいけれど、失くした風景は二度と帰らなかった。

 立ち並ぶ店のシャッターが下りていなかったら、たぶん、見過ごしただろう。間口の狭い小さな古本屋だった。でも、古本好きのわたしが今日まで気づかなかったなんておかしな話しだ。たぶん、開店したのは最近のことだろう。
 戸口には〔成和堂〕という看板が上がっていた。

 こんな寒い日だというのに店の引き戸は開け放してある。まるで、真夏の夜店みたいな気分がした。
 店内の浅い書棚には背表紙の薄い書物ばかりが並んでいて、何冊か抜いてみたが、どうやらこの店には古い日記ばかりが並んでいるみたいだった。
 もちろん、販売目的の日記だから、明治や大正のころの、名の知れた政治家や、文人といった人たちの日記が目につくが、でも、これだけの数の日記となると、まったく無名の人々の日記もあるはず。つまり、歴史上にはけっして登場しない、庶民の日記ということだ。書棚は時代別に分けられていた。江戸末期のものから昭和まで、様々な人々の手で綴られた日記が並んでいた。
 三十分余り立ち読みして、わたしは昭和の隣に、平成の書棚があることに気づいた。しかし、平成といえば古書とは言えないはず。あまりにも不自然な気がした。その平成を過ぎて、隣の書棚に目を移すと、その書棚には、成和、と書かれたラベルが貼ってあった。
 成和? なんだろう?
 成和の書棚から薄いノートを一冊、引き抜いてみる。表紙には2042年と記されていた。
「え……2042年?」
 日記には名前がない。それはかまわないけれど、2042年といえば、このわたしが九十歳になる年だ。

 八月八日(晴れ)
 朝方、蝉の鳴き声に看取られて父が亡くなった。九十歳だった。
三歳だった私が、父の養子になったのは二十年前のこと。七十歳になって子どものいなかった父が養子をとったのは、年末のジャンボ宝くじを当てたからだという。
 父の部屋の本棚にある詩集を開いてみた。父の詩集を読むのは初めてだったけれど、どれも豪華な装丁の私家版だった。数えたら十二冊もある……。

 詩集の一部らしきものが日記に記されていた。

 雨は詩歌。
 雨はメタファー。
 雨はわたし。

「えっ、わたしの詩? まさか……」
 でも、まさかではなかった。今年、わたしが書いて「時空モノガタリ」に投稿した詩だったから、忘れるはずもない。しかし、そんなことがある訳がない。このわたしはまだ平成の時代に生きて、妻とふたり、世間並みの貧乏な暮らしをしている。それに、成和なんて、まったく根拠のない未来ではないか。
 汗をかいたのだろうか、わたしの眼鏡が曇っていた。

 店のいちばん奥に狭い板間があって、主人が団扇を手にして座っていた。首にはタオルを巻いている。白髪の小柄な老人だった。

「あの、これなんですが……」
「はい、いらっしゃい……あ、これね、五百円です。消費税がつきますから、六百円になりますけど」
「え? 六百円……」
「はい、そうです。古本はね、軽減税率が適用されませんから、二十パーセント……」
 消費税が二十%だということだろうか。でも、そんなことはどうでもよかった。
「あ、いえ、そうじゃなくて、こ、この日記のことなんですが……」
「お客さん、それでしたら申し訳ないんですけど、わたしからは何も話せないことになってまして、お買い上げでしたら、何も聴かず、そのままお待ち帰りください」
 主人はそう言うと団扇を口にあてて黙り込んでしまった。
 え? うちわ……? この真冬に?
「あ、でも……今日は雪が降って、それで、その、家まで歩こうとして、あ、それはね、バ、バスが……」
 わたしはひどく混乱していた。
「雪? お客さん、まだ八月ですよ。それはいつの話しですか?」
「……」
 わたしはもう何も話せなかった。

 2042年の日記をショルダーバックに仕舞って、商店街のアーケードを抜けると、目の前をバスが走り抜けた。公園の明るい街灯の下では蝉が鳴いていた。
「九十歳か……」
 それは、ひょっとして、明日の朝のことかもしれない。でも、悪くはない話しだ。わたしはなぜか、そんな気がした。







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このストーリーに関するコメント

14/12/25 草愛やし美

たまさん、拝読しました。

面白い設定ですね、全て日記で埋もれている古本屋。日記は過去のものなのに未来ゾーンにある本屋さん。作者は、有名人から、無名の人まである本屋も楽しすぎます。どこを取り出しても興味いっぱいのうえ、そこに自分のものと対面する不思議な体験まで描かれていて驚きの連続。
お金の価値も未来ゾーンだけど、ちゃんと使える。でも、何も答えない店主はこのことを知っていそうでわかってなくて、ああややこしや〜〜ややこしや。ますます、興味がわいてきます。凄い設定の連続でノックアウト状態の私です。冬なのに夏の暑さ感じてきました。苦笑 
二千文字で書ききれそうもない内容なのに、ちゃんと構成されていて感心しました。非常に面白かったです。

14/12/26 たま

草藍さま、ありがとうございます。
100文字ほどオーバーしたので、修正したら、逆に増えてしまって・・・なんでや(汗)
それで、久しぶりに苦労して書きました。1995文字です^^
制約があるから文字数を減らしたのですが、だからというか、全体に絞まった文章になりました。いかに無駄な言葉が多いかということです。でも、言葉の引き算はむずかしいですね。「詩は引き算」と言いますが、小説の場合はどうなんでしょうか? 悩みます^^


14/12/29 泡沫恋歌

たま 様、拝読しました。

平成の次にくる年号は「成和」ですか?
昭和とちょっと似ていて、馴染める年号ですね。

日記が売られてる古本屋って興味があります。
私は日記の代りにブログに記事を書いてますが、未来の人が「平成」の人間の暮らしを知る上で、
なんらかの参考になるかもしれないなあ、と考えています。

自分の未来の日記、読んでみたいような、怖いような・・・。
興味深い内容で面白かったです。

14/12/29 たま

恋歌さま、ありがとうございます。

昭和〜平成ですから、成和というのは自然かなと^^
古書店で自分の過去の日記を見つける・・・というのが、そもそもの発想でしたが、その後、お話を未来に移そうと思いました。
10年先のわたしが養子に迎えた息子の日記ということです。
ぼくは1952年生まれなので、2042年には九十歳です。もちろん、九十歳まで生きるつもりで書いてます・・^0^

14/12/29 そらの珊瑚

たまさん、拝読しました。

自分の寿命がわかってしまったのは、自分だったらどう思うか、
悩むところではありますが、残された時間を今以上に大切に思うかもしれません。
90歳なら、たっぷりあるなあ。
なんて思っていたらきっとすぐなんでしょうね。
ついさっき、正月かと思ったら、今年ももうすぐ終わります。

15/01/02 光石七

拝読しました。
主人公は未来の古本屋に迷い込んで、古本屋を出ると……あれ? 夏?
不思議な時間の感覚にちょっと翻弄されました。でも心地良い。
どんな形でも、自分の作品が誰かの手元に残ってくれたらうれしいでしょうね。

15/01/04 たま

珊瑚さま、ありがとうございます。

九十歳まであと28年^^ たっぷりあっても、六十代からの30年はどうなんでしょうか・・と、考えてしまいます。
たぶん、実質的には15年あまりかもしれませんね。ちょっと焦ります^^
今年もどうかよろしくお付き合いください♪

光石七さま、ありがとうございます。

詩集は三冊ほど出してますが、すべて安価な私家版です。
お金が無いので、名のある出版社からは出せないのです^^
でも、そんなことはどうでもよくて、詩集は過去作の整理整頓にすぎません。
大事なのは未来です。

その未来がまたやってきましたね。
今年もよろしくお付き合いください♪



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