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aloneさん

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アイスマイ、ライキュー

14/12/22 コンテスト(テーマ):第七十二回 時空モノガタリ文学賞【 喪失 】 コメント:2件 alone 閲覧数:857

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「笑って、優(ゆう)。見送りはそうするの」
空港の出発ロビーで、咲(さき)は荷物を片手にそう言った。
「でも彼らは泣いているよ」
僕は泣き喚く男女を指差した。
「あの人たちは良いの。でも私たちは、別」
そう言うと、咲はとても柔和な笑みを浮かべた。
「じゃあもう行くね。ばいばい」
「うん。じゃあね」
軽く手を振り合って、咲の出発を見送った。
咲は笑っていたけれど、彼らは泣いていた。
別れは悲しいものだったろうか。もう忘れてしまった。
悲しむなんて感覚はもう、とうの昔に失ってしまった。

 ◇

僕は六歳のときに交通事故に遭い、目の前で両親を失った。
だけどその日のことをはっきりとは憶えていない。
憶えているのは、燃えさかる炎、止まらない涙、そして限りのない悲しみ。
でも限りがないと思えたのは、その時だけでのことだった。
悲しみには限りがあった。そして僕は一生分の悲しみを流しきってしまった。
感情は不思議なものだ。人間に作り出すことはできないのに、まるで機械仕掛けのように繊細で、たった一つでもパーツが欠けてしまえば、まったく機能しなくなってしまう。
だから僕は悲しみを失うとともに、感情そのものも失ってしまった。

無感情で無表情。それが新しい僕だった。
親戚はそんな僕を気味悪がり、わずかな寄付金とともに孤児院に預けた。
けれどそこでも僕は気持ち悪いと罵られ、無視され避けられ、孤立した。
でも何も感じなかった。悲しさも淋しさも辛さも苦しさも、何一つとして。
感情はずっと、壊れたままだった。

転機が訪れたのは、孤児院に入ってから数年が経った頃のことだった。
一人の少女がやって来た。それが、咲だった。
咲は人一倍明るい少女で、感情も豊かだった。よく笑い、よく怒り、よく泣いて、そしてまた、笑った。
咲はすぐに溶け込んで、孤児院の一員になった。でも唯一みんなと違い、咲は僕と会話しようとした。
毎日、咲は話しかけてきた。もちろん僕も言葉を返した。煩わしさも面倒くささも僕は感じない。声を掛けられれば返答はする。
僕はいつも無表情に淡々と話した。感情のない、扁平な言葉で。
咲はそんな僕との会話でも、よく笑った。怒ることもあり、泣くこともあった。
咲の表情はとても多彩だった。眩しいぐらい、多彩だった。

 ◆

小学校、中学校、高校と、僕らはずっと一緒だった。
けれど高校を卒業し、僕らは離れることになった。
僕は進学せずに地元で就職することにし、咲は学びたいことがあると県外の大学に進学することにしたのだ。

そして今日、咲は笑って、行ってしまった。

青い空の下、僕は展望デッキから咲の乗っている飛行機を見ていた。
飛行機はゆっくりと滑走路に入り、ジェットエンジンを唸らせる。
空気が震え、飛行機は徐々に加速する。
前輪が浮き、後輪が地面から離れる。
そして飛行機は、飛んで行ってしまう。
機影は轟音を率いて、青い空に吸い込まれていった。

――が、次の瞬間。青い空に赤い花が咲いた。

飛行機が爆発した。赤黒い炎を噴き出して、バラバラになって海へと落ちていった。
原因なんてどうでも良い。整備不良だろうと偶発的事故だろうとテロリズムだろうと、関係がない。事実を究明して真実を解明したいわけじゃない。
僕に突きつけられた事実はただひとつ――咲の死、だ。
咲が死んでしまった。咲が、死んでしまった!
なのに僕は、僕は、僕は何も感じないのか?
赤の他人の死のように、何も感じないのか?
悲しみが枯れて、感情が壊れて、心は死んでしまったのか?
嫌だ。嫌だ。そんなのは、嫌だ! 咲の死が、他と同じだなんて!

ポツッ――

何かが頬に当たった。
手を伸ばし、指先で確認する。水滴だ。
雨? けれど空は晴れている。
じゃあ、これは――

涙だ。

途端に、涙が溢れ出てきた。
忘れていた感覚が押し寄せてきた。
悲しみ。限りのない、悲しみ。やはり限りはないんだ。
涙は涸れていなかった。悲しみは枯れていなかった。
感情は壊れていなかった。心は死んでいなかった。
今なら分かる。咲の感情も表情も想いもすべて。
感情を取り戻した今なら解る。僕の想い、咲への気持ち、そのすべてが。
伝えたい、この想いを。好きだと言いたい、咲に向けて。分かち合いたい、この感情を。
けれど、どうして。どうしてこんなにも、世界は残酷なんだ。
この感情を分かち合いたい最愛の人は、もうこの世界から喪われてしまった。
悲しい。悲しい――そうだ、悲しいんだ。別れは、悲しいんだ。
でも、咲は、笑っていた。涙を見せず、笑顔を見せてくれた。

――笑って、優。

僕は笑った。精一杯に笑った。君に見せられなかった、笑顔を精一杯。
僕は笑えているかな。君みたいに、笑えているのかな。
大好きだ、咲。この感情、君と分かち合いたかった。


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このストーリーに関するコメント

15/01/02 光石七

拝読しました。
主人公が感情を取り戻す過程の描写とラストの懸命な表情が切なくて……
ようやく取り戻したのに、分かち合いたい人はもういない。
咲さんも、また会うつもりで笑って見送るよう言ったのでしょうが……
やっぱり再会して一緒に笑ってほしかった、と思ってしまいます。

15/01/05 alone

>光石七さんへ
読んで下さり、ありがとうございます。
レスが遅くなってしまって申し訳ありません。
どうにも思いついた流れをすべて入れたので、急展開であることは否めませんが、
重きを置いたラストの部分が少しでも切ないものになっていたようで良かったです。
感想を残してくださり、ありがとうございました。

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