1. トップページ
  2. 銀鱗ものがたり──喪失から復興へ願い届け

草愛やし美さん

時空文学コンテスト開催100回、おめでとうございます。思えば、初めて私が、こちらに投稿したのは2012年5月のこと、もう4年近く経ったのですね。時空モノガタリさまが、創作の場を与えてくださったお陰で楽しい時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 また、拙い私の作品を読んでくださった方々に感謝しております。 やし美というのは本名です、母がつけてくれた名前、生まれた時にラジオから流れていた、島崎藤村作詞の「椰子の実」にちなんで……大好きな名前です。ツイッター:草藍やし美、https://twitter.com/cocosouai 

性別 女性
将来の夢 いっぱい食べて飲んでも痩せているっての、いいだろうなあ〜〜
座右の銘 今を生きる  

投稿済みの作品

8

銀鱗ものがたり──喪失から復興へ願い届け

14/12/20 コンテスト(テーマ):第七十二回 時空モノガタリ文学賞【 喪失 】 コメント:8件 草愛やし美 閲覧数:1156

この作品を評価する

 川原に横たわり鮭は放卵し絶命していた。瓦礫を縫うようにしてやって来た小田は、嬉々とした表情で駆け寄った。
「おお、戻ってきたんだ!」
 だが、すぐに小田は顔を曇らせ、跪くと静かに手を合わせた。
「すまない、産卵に気づけなかった私を許してくれ。きっと故郷を蘇らせてみせると君に誓おう」 
 あの日からこの川に鮭は戻って来ないと誰もが考えた。だが、必ず戻ると信じてきた小田は、半年経ったその年の秋、川を上りながら遡上の鮭を探していた。瓦礫で狭められた川は、以前の様相を呈していない。瓦礫の撤去は遅々として進まず小田を苛つかせていた。自然界に生きる魚は、人間と違い本能が鋭いはずだと小田は考えていたが、この地形の変わりように戸惑い、鮭の帰巣本能を惑わしてしまうかもしれぬと不安にかられていた。その時、初めて遡上したこの鮭を見つけた小田は思わず叫んだのだった。
 ◇
 川面がキラリと輝いたのは剥げ落ちた銀鱗が光ったからでしょうか? 身を捩り鮭は浅瀬から逃れようとしましたが、川原に山積みになった瓦礫に阻まれ動けません。次第に鮭の体から水分が奪われていきます。鮭は最後の力を振り絞りもう一度尾鰭を動かしましたが、虚しく徒労に終わりました。徐々に意識が薄れ、先程までの苦しさが消えていきました。
 鮭は大海を幾つも渡ってきました。母なる川が強く鮭を呼んでいました。自分が生まれた時の記憶はすっかり消えていましたが、鮭の脳裏には確かな故郷の標しが刻まれていました。それは、美しい水を湛えた懐かしい川の匂いです。優しく母に抱かれた感覚が蘇ってくる思いがします。鮭は、全身でその匂いに向かって泳ぎ続けてきたのです。 
「私は、どうしても母なる川に行かなければ、一刻も早く」──焦がれる思いに鮭は突き動かされて泳ぎます。尾鰭を大きく動かすとスピードが増します。背鰭をピンと立て、胸鰭で水をかきますとうまくバランスが取れるのです。鮭は生まれてすぐにこの技術を習得したわけではありませんでした。まだ小さかった鮭は、少しの水流にも流され、自由に泳げなかったのです。懸命に水をかき、何度も砂地や岩に体をぶつけながらも、泳ぎ続けていくうちに、とても楽しくなったのです。でも、時に、大きな魚がやってきました。大きな口に仲間の稚魚が呑まれました。彼らは二度と再び戻ってきませんでした。鮭は、仲間を心配するすべもなく義務もないという教えが備わっていました。母から教えてもらったものでなく、母なる川の匂いと同じように身に備わって生まれて来たのです。きっとそれは、真っ赤な球体の中で、蠢いている間にしっかりと脳裏に刻まれたに違いありません。
「私の懐かしい故郷はどこなの、誰か教えて」
 遥か七千キロの大海を回遊し、ようやくやって来た鮭でした。だけど、故郷の匂いのする川をなかなか見つけられず彷徨い続けていました。鮭に備わった方向感覚は確かにこの位置を示していましたが、瓦礫で塞がれたそこは川とは思えない流れになっていました。
「三年前、川から旅立った日、延々と続く水が脈々と大海へと向かっていたはず、なのに」
 鮭は今日、どんなことがあっても、その川の流れを遡っていく覚悟を決めていました。お腹に赤ちゃんをいっぱい抱いた鮭は、今日中に子供を産まねばならないことがわかっていたのです。
「故郷の川が何という名前かなんて私は知らない。でも、この川に違いないと感じ、遡上してきたのだけれど、川幅が狭くなりこれ以上は上れない。父となるべき主にも出会えそうもない、どうすればいいの」
 鮭は川に揺らめく一本の水草に問うてみましたが、反対に泣きつかれてしまいました。彼の仲間は押し寄せてきた大きな波の壁に根こそぎ連れ去られてしまったのです。瓦礫しか残っていない川で自ら動くこと叶わない水草は、この冬には枯れてしまうのでしょうか。鮭ももうすぐ自らの命が尽きることを本能で感じ取っていました。死ぬことは少しも恐れていませんでしたが……切なさで胸がいっぱいになりました。
「ああ、私のこの三年間は何だったの? 大海へ進み苦労して旅を続けて来れたのは、この日を夢見ていたからこそできたこと。子供を残し未来へ繋ぐという努めができないのは死ぬより辛い」
 銀鱗がすっかり剥げ落ちボロボロになった体を横たえた鮭は、子らの父になるべき主に巡り合うことも叶わず冷たい躯と化しました。母なる川の匂いを運ぶ一陣の風が岩手山から渡ってきましたが、彼女に届いたのかどうかわかりません。


 ◇

 震災直後、水産研究所に駆け付けた小田は、かろうじて助かった鮭の稚魚たちを祈りながら放流した。あの時、小田が放流した鮭が三年後の今、続々と戻って来ている。震災から半年経った秋のあの日、小田が鮭に誓ったことがようやく実をつけようとしている。


──喪失から復興へ願い届け。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/12/20 草愛やし美

お断り: この作品は草藍の作りましたフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。

14/12/20 泡沫恋歌

草藍 様、拝読しました。

あの震災で川の地形も変り、おまけに瓦礫で塞がれて川幅も狭まっていたら、遡上してきた
鮭はさぞ驚いて、産卵もできず困ったことと思います。

一日も早い復興を人間だけではなく、自然界の生き物たちが待ち望んでいることでしょう。

少し記憶から薄れゆく、震災のことをまた深く考えさせられました。

14/12/22 夏日 純希

人間には情報網がありますけど、鮭にはないから進むしかないですよね。
自然界のこととはいえ、なかなか難しいです。
きっとそういう変化に対応できない種はどこかで滅びるしかないのですが、
人間がやるべきことと、できることとは何なのか、私にはよくわかりません。
考えさせられました。

14/12/23 そらの珊瑚

草藍さん、拝読しました。

いくらが大好物の私は、読みながらごめんねと言ってしまいました。
やっとふるさとに帰ってきたのに、命をつなぐことができなくて
鮭はどんなにか無念だったでしょう。
自然災害は人間の力ではどうしようもないので、
仕方のないことと諦めるしかないこともたくさんあるのでしょうけど
あきらめずに復興へと努力されている人の力は尊いと思います。

14/12/23 霜月秋介

拝読しました。
震災後、被災地にたきたし炊き出しに伺ったのですが、あまりの現状に言葉が見つかりませんでした。
帰ってきた故郷がメチャメチャになっている現状に戸惑うのは、人間も鮭も大差ないですね。
震災の深刻さを象徴した内容でした。

14/12/27 鮎風 遊

鮭の生命の強さを感じました。

稚魚たちは大海で成長し、必ず故郷の川へと戻ってくることでしょう。
震災直後、小田に神が命じたのでしょう、解き放てと。
そんな神秘さも感じました。

15/01/05 草愛やし美

>泡沫恋歌さん、お読みくださって嬉しいです。コメントをありがとうございます。
この作品は実際にあったことから書かせていただいています。震災の翌日、生き残っていた鮭の稚魚たちを放流された方の想いはどれほど深いものだったかと察します。あの時、私はただTVを見ていただけの人間。何もしなかった、出来なかったのが現実でした。あれから3年、私にできることは微々たるものにしかなりませんがずっと忘れることないようにと思っています。

>夏日純希さん、誰もがあの震災で持った思いは同じだと思います。何ができるか私にも未だにわかりませんが、東北の地の物を購入したりしています。僅かなことですが、そういう些細なことも支援に繋がると考えています。できることを少しでも……、言い訳みたいなのですが、心にとどめていたいと思っています。コメント感謝しています、ありがとうございました。

>そらの珊瑚さん、あの日、見た映像は忘れることができません。おりしも、阪神淡路の大震災から今年の1月17日で20年になります。大阪に住んでいます私は、復興していく姿を見ることができました。でも帰らない人々がいるのも事実です。東北の震災も3年、いつまでも心に留め復興を願いたいと思います。お読みいただき大変嬉しいです、コメントありがとうございました。

>霜月秋介さん、炊き出しに行かれたのですか、目の当たりに震災の地を見られているだけに思いも深いことと察します。私は何もできないままです。東北物産を購入したりするくらいです。できれば、旅行に行ってみたいです。そういう支援もあるとある方から教えていただいたからです。お読みいただきコメントをありがとうございました。

>朱音さん、お立ち寄りいただきありがとうございます。稚魚の放流は、復興に繋がっていくと確信しています。鮭が戻ってくれば、産業も栄えると思います。今、あの年に放流された鮭が遡上してきているという嬉しいニュースが聞かれます。きっと、東北の人々に元気を与えていることと信じています。コメントありがとうございました。

>鮎風游さん、鮭は教えられてもいないのに戻ってきます。今でも解明されない謎だそうです。現代では、匂い以外に、天文学的な方向感覚なども備わっているだろうと考えられているようです。でも産卵場所や回遊の詳細なことははっきりとわかっていないようです。自然界には人間には及ばないような不思議がいっぱいあるのでしょうね。神秘な力を持っている鮭、震災復興の力強い足がかりになると信じています。コメントありがとうございました。

ログイン
アドセンス