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四島トイさん

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諏訪水見と再会の観測

14/12/01 コンテスト(テーマ):第七十回 時空モノガタリ文学賞【 別れ 】 コメント:2件 四島トイ 閲覧数:1031

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 引越先はまだ塗料の香りがする新居だった。少女は携帯電話を耳に当てたまま僅かにざらついたフローリングにぺたりと座る。
 荷物だらけで寝れないよ、と通話口に笑いかける。
 引越会社名が印刷された段ボール箱。膨れた布団袋。見上げる天井には見慣れぬ電灯。
 可愛いのが欲しかったのにお父さんが勝手に、と口を尖らせる。これから毎朝UFOみたいな灯具を見上げながら起きるんだから、と言い募ると電話の向こうで笑い声が起こる。
 初の一人部屋だった。弟との陣取り合戦に明け暮れていた集合住宅の六畳間とは違う。念願の一国一城。
 引越の特権だな、と励ますような声が耳に残る。そして沈黙。
 階下から夕食を告げる母の声がする。窓の外が藍色を帯びた夜に沈んでいく。
 また電話するね、と少女は言った。
 遊びに行くよ、と電話の向こうで少年は言った。
 電車ですぐだものね、と。
 たった二時間だ、と。
 口元が歪み、鼻の奥がつんとして、視界がぼやけた。誤魔化すように明るい声を出し、別の話題を考えてしまう。ピンと強張った体で携帯電話にしがみ付く。
 電話を切るのと切られるのは、どちらの方が辛いのだろうと、思いながら。


「そんな辛い別れをした二人が再会するんです。これが恋でなければ何ですか」
 鼻声の諏訪水見が駅前駐車場の看板を叩いた。身を隠している軽バンの陰で瞳を潤ませる後輩女子を、漆山与一は手で制す。
「ちょっと待て。彼女がそう言ったのか」
「久保さんは自分語りなんかしません。見てください」
 視線の先に平屋の木造駅舎が見えた。開け放された硝子戸の向こうには改札口。奥にはホームに続く階段。軒先に置かれた郵便ポストの脇に、ワンピース姿の久保詩織が立っていた。
「あの淑やかな佇まい。湯ノ島駅のオンボロ駅舎がまるで美術品みたいじゃないですか」
「で、何ださっきの話は」
「遠藤君から聞いた情報を私なりに分析した結果です。生徒会長も同じご意見です」
 与一の頭に昨晩の受話器越しの生徒会長の声が再生される。全校生徒の恋の成就を、と。湯ノ島高校恋愛代執行部出動せよ、と。有無を言わせぬ快活な口調だった。
 振り返って駐車場の隅を見る。縁石に腰掛けて焼きそばを食べていた遠藤新太が、視線に気付いて笑顔で手を振る。つかつかと近付いて拳骨を落とした。
 頭を撫でながら後輩男子は口を尖らせる。
「痛いっす。ヨッチ先輩」
「諏訪にいらんことを吹き込むな。厄介だ」
「だってトーコ先輩が、諏訪ちゃんとお近付きになる好機だよ、て」
「そんな理由で五月連休初日から一年女子を追いかけてるのか」
 こめかみの裏から響くような頭痛を感じながら与一は唸った。新太は、それに、と続ける。
「俺が言ったのは、久保ちゃんが三月に引越してきたこと。連休つかって、中学の頃同じ部活で仲良かった子達が遊びに来ること。その中の癖毛の安倍君がずっと気になってたけど、ただの良い友達止まりだったらしいってことくらいしか」
「しか、じゃないだろう」
 目の前でパックに輪ゴムをかけている新太の首根っこを掴んで軽バンまで引き摺った。
 部活動という理由で休校日ながらに制服姿の水見が、変わらずちょこんと身を屈めていた。その旋毛に向かって声をかける。
「調査の結果、諏訪の話には誇張があった。帰ろう」
 そんな、と水見が身を起こす。
「少しじゃないですか」
「いや。ほとんど妄想だ。俺は帰る」
「考え直してください」
「帰る」
「ぶっきら棒過ぎます」
「諏訪さん。ごきげんよう」
 待ってくださいよお、と水見は与一にしがみ付く。あ、いいなあ、と呟く新太の声を無視して与一は歩を進めた。
「学生集団が旧交を温めるだけだ。俺達の出る幕じゃない」
「再会だけ。再会だけ見届けましょうよ。もう電車来るし」
 新太が加勢し結局一年生の包囲網に根負けするかたちとなった。
 しばらくして、プラットフォームに空色の電車が滑り込んでくるのが見えた。
「でも、再会してもまた離れ離れ。切ないね」
「軟派な遠藤君にもわかりますか」
「え、軟派……」
「楽しいほど別離の悲しさを自分の中で何度も反復してしまう。でも」
 ほとんどひとり言のように水見は呟く。だから会いたくなるんでしょうか、と。
 アナウンスが聞こえる。
 笛が鳴り、軽快な音とともに電車の扉が閉まる。
 階段を降り、改札口を抜ける疎らな人影のなかに遠目にも癖毛とわかる男子の姿があった。
「……一人じゃないか」
「安倍君やるなあ」
 目を丸くして一瞬硬直した後、顔を真っ赤にして周囲を見回す久保優香の姿が見える。
 新太が口笛を吹いた。
「これはもう妄想じゃない、ですよね」
 そう言って水見が嬉々とした表情を向けるのを見て、与一はわかったよ、と返した。頬の緩みを誤魔化すようにため息をひとつついて。


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このストーリーに関するコメント

14/12/04 クナリ

詩的な導入から、キャラクタが立ち回りだす二段落目へつながる構成のメリハリがとてもいいですね。
毎回、変化をつけながらも踏襲しなければならない部分も求められるシリーズもの、大変ではないかと思いますが、この字数内で収めて仕上げられていることに脱帽です。
騒いでいる周りをよそに、再会する二人の遠景の一瞬を切り取るだけでドラマを演出されているのも、お見事です。
面白かったです。

14/12/06 四島トイ

>クナリさん
 読んでくださった上にコメントありがとうございます。とても嬉しいです! 登場人物の名前を間違え、誤字・脱字ばかりでお恥ずかしい限りです。もっと時間に余裕を持って推敲しないといけませんね……
 私は1場面に3人以上を登場させる書き方がまだまだ未熟で読み辛かったと思いますが、御自身の読解力で補っていただけたようでホッとしております。
 今回はありがとうございました!

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