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汐月夜空さん

切ない話が好きな空想好きです。 なんでもない日常がなんでもある日常に変わる物語を読んだり書いたりするのが特に好きです。 ブログの方でも小説やエッセイ、ネタなどを書いておりますので、よければどうぞ。 twitterの方は私生活も含めて好き放題呟いてますので、汐月夜空のことが気になる方フォローお願いします。 ブログ:http://ameblo.jp/shiotsuki-yozora/ twitter:https://twitter.com/YozoraShiotsuki

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永族館

12/07/07 コンテスト(テーマ):【 水族館 】 コメント:0件 汐月夜空 閲覧数:1617

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「本日の永族館へのご来館まことにありがとうございます。私、当館の海エリアの管理を担当しております望海(ノゾミ)と申します」
 華奢な身体にぶかぶかの黒のアカデミックドレスを纏い、サイズの合わない同色のタッセル付き角帽からこぼれる腰まで伸びる赤銅色の髪が印象的な少女、望海は久しぶりに訪れたお客様に対して深々とお辞儀をして挨拶をする。
「……おや、これはこれはシルバーヘアのとてもかわいらしいお客様ですね。こんにちは。永族館へようこそ」
 三秒間たっぷりと礼を尽くし顔を上げた望海の言葉に、お客様は無言で首を傾げて辺りを二、三度見回してから、ふい、と望海には興味なさそうに奥へと歩を進めていく。
「……今日のお客様は随分シャイなお方ですね。私も僭越ながらお供させていただきますよ〜」
 通路の真ん中を威風堂々と歩むお客様を追いながら、望海は永族館の説明をする。
「当館は地球暦22世紀に生物の多様性、ひいては遺伝子の保全のために造られた施設でございまして、人類の英知である地熱を利用した永久機関の一つです。山、平地、海の三つのエリアがございまして、広さは旧日本の北海道ほど、高低差は15000メートルございます。完璧な環境制御により、深さ10000メートルまで生息するすべての深海生物を網羅しているのがここ、海エリアの売りでして、……おや?」
 突如前を歩いていたお客様が足を止めて、水槽の中をじいっと覗く。通路は緩やかなくだりとなっているので、ここは既に水深20メートルほど。自然環境を可能な限り再現してあるため、ガラスの向こうは蒼く暗い。上方の水面を見上げると網目状の光が見え、その間をアジの群れが滑るように泳いでいく。そんな穏やかな光景の中を、巨大で異質な存在が不意に横切った。
 ギョロリ。水面へと昇りながら争う20メートル近くある二つの存在のうち、一つがサッカーボールほどもある瞳でこちらを睨みつけてくる。しかし、それもあっという間の出来事ですぐに姿が見えなくなった。一呼吸ほどおいて、大砲のような轟音が鳴り響く。
「あれはマッコウクジラによるダイオウイカの捕食ですね。マッコウクジラは超音波を利用したエコーロケーションによってダイオウイカの姿を捕捉し、あっという間に深海まで潜って水面まで連れて行くのです。水面では深海生物のダイオウイカはなす術なくやられてしまうのです。当施設でも一番珍しい生物たちを最初に見られるなんてお客様はなんて運が良い!」
 熱弁をふるう望海、しかしそんな望海のことを完璧に無視してお客様はガラスに張り付いて、水面付近で繰り広げられている激戦に熱中している。望海はそれを見て、うんうんと頷いてから続ける。
「そんなに興奮していただけるなんて私も嬉しいで……え、違う。食べたい? ダイオウイカをですか? いやそんな、やめた方がいいですよ。アンモニアが多くて美味しくないそうですから。それよりもこの先にはゲンゲやタカアシガニ、チョウチンアンコウなど珍しい生物が盛りだくさんですから、どうぞお進みになってご覧になってください。……はい? 食べれるのか? もちろん一匹くらいなら生態系に影響を及ぼさないので、大丈夫なのですが、そうなりますと一度水上に戻らなくてはなりません。後になさってはいかがでしょうか?」
 しかし、お客様は頑として動かない。カリカリとガラスの向こうの魚たちに向かって腕を繰り出し続ける。望海はそれを見て何かを諦めるようにため息をついた。
「はあ、……仕方ありませんね。どうぞこちらへ」
「なぁん」
 か弱い声が通路に響く。望海は寄ってきた『お客様』を抱き留めて、そのやわらかな銀色の毛を撫でた。外の世界の砂粒がさらさらと落ちる。それらは水気をかけらも含まない死の粒子だ。
「……あらあら、長旅でしたね。ご苦労様でした。今温かいアザラシのミルクとアジの刺身を用意させていただきますので」
「なぁん」
「ありがとう? いえいえ、礼には及びませんよ。私も久しぶりにお話できて嬉しかったです」
「なぁん」
「いつからここに居たの? そうですねえ、かれこれ一万年になりますか。いやはや、改めて考えると長いですね。この十万本の導線で端末に繋がることで海のエリアを恒常的に支えてきましたが、五千年ほど前から人間様の姿を一切拝見しなくなりまして、それからは支持を仰ぐことも出来ずにただ漫然と目の前の仕事を果たすだけになりました。お客様、私は当施設以外の世界を知りませんし、知る方法もないのですが、一体外の世界はどのようになっているのですか?」
 赤銅の髪を撫で、尋ねる望海に向かって、お客様は変わらぬ調子で「なぁん」とだけ答えた。
 望海は抱く腕にそっと力を込め、ため息交じりに呟いた。
「……そうですか。この星はもう乾燥に強いお客様の星になってしまっていたのですね」


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