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クナリさん

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剣花のことわり

14/11/20 コンテスト(テーマ):第七十一回 時空モノガタリ文学賞【 不条理 】 コメント:7件 クナリ 閲覧数:1977

時空モノガタリからの選評

前半部の時代ものらしい戦いのシーンなどもカッコいいですが、後半の沖田と山南との関係を中心にした「理に合わぬ」諸々が、味わい深い余韻を残していていいですね。確かに人の心や運命は、剣を扱うようには思うようにならないもの、「理に合わぬ」ものなのかもしれません。また「穏健派」の山南は、強硬な新撰組の中で異彩を放っていますね。「生くべき土を離れた」「枯れかけていた」花とは、新撰組における山南の立場を言い表すとてもうまい比喩だと感じました。

時空モノガタリK

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池田屋事件の後、乱戦の中で昏倒した新撰組の沖田総司は、しばらく体の不調を引きずっていた。
そのせいで慢性的な具合の悪さに慣れていた分、彼の死因となった結核の発見も遅れた。
彼は医者や関係者に何度も江戸に戻って静養するよう勧められているが、
「いやあ、ご免ですよ」
と全く取り合わない。
剣を握れば稽古でも実戦でも人に後れを取らないので、周囲はそれ以上強く沖田に言えずにいた。

この頃の新撰組は局長に近藤勇を頂点として、その下を山南敬助、土方歳三が務める。
近藤と土方は沖田と家族同然の間柄だが、山南は彼らからするとやや外様の風情があった。
土方が、近藤の下に異分子無用の新撰組を構成すべく躍起になる中、穏健派で学のある山南は厄介だった。偏りを危うきと見る利口者は、統制する側にとっては邪魔でしかない。
山南と土方の確執は日々強まったが、山南は沖田のことは弟のように愛した。
共に子供好きで、近所の童子ともよく遊ぶ。殺伐とした新撰組にあって稀有な二人は、互いに特別な存在だった。

元治元年、冬の日。
「沖田君、君は早々に江戸へ帰るべきだ」
沖田の病状を知る山南は、屯所の自室で、差し向かいで彼に懇々と養生の要を説いた。
だが沖田総司の居場所は徹頭徹尾、近藤と土方の傍らしかあり得ない。
「一人江戸で剣も握らずに、痩せさらばえて長生きしたとて何の意味もありません」
これは彼には殆ど唯一の、しかし強烈な自我である。
沖田が山南の部屋を出ると、土方が庭を見ていた。暇な男ではない。偶然ではなかろう。
その土方がやおら、
「己をば、……」
と唱え出した。
土方がよく下手な発句をひねることは、有名である。言いたくはないが言うべきことを句に託そうなどとすると、なお悪くなる。
「手折る花もあれ、……」
「字は余り」
沖田は笑いつつそう言って、土方の後ろを通り過ぎた。

明けて、元治二年二月。
沖田は、長州と密通していた新撰組隊士を斬った。
小松伊与蔵という北辰一刀流の三十男で、沖田は
「巡察に行くよ」
と、夜半過ぎに二人で屯所を出た。
京の狭い路地を抜け、林のように木立が乱立した場所で、沖田が足を止める。鞘に納めた刀を揺らし、
「裏切るくらいなら、新撰組に入らなければ良かったのに。抜きなよ」
と告げた。
まさか一対一で粛清はあるまいと踏んでいた小松も、慌てて刀の束に手を掛ける。
いつの間にか、沖田は既に抜いていた。
「沖田先生と言えば三段突きだが、真剣なら一突きすれば死ぬものを、なぜ三度も突く必要があるのか。道場技は、実戦では通じぬ」
大流派で剣を学んだ小松には、多摩の田舎剣士への侮りがある。
嗤いながら、まだ抜いていない小松は、若造組長に得意の居合抜きを浴びせるべく構えた。
だが同じ居合でも、沖田にとってのそれは単に抜き様相手を斬る技ではない。とにかく速く抜刀する技術である。小松が抜き遅れた時点で、既に実戦の実力差は如実に出ていた。
小松は鞘から刀を半分も出す前に、胸を一突きにされて死んだ。
「一の太刀くらいはかわせる人が、嗤うものだ……」
その時急に咳が出て、沖田は刀の血を拭っていた懐紙を、つい口元に当てた。
返り血とは別の赤が、懐紙を濡らした。
この有様でも、剣は、振れてしまう。

山南が屯所から脱走したのは、その夜だった。
早朝、沖田はたった一人討手を命じられ、山南を追った。
追手を沖田一人とした近藤・土方の思惑は、様々に推測されている。
山南は、「江戸へ行く」と置手紙を残していた。その為、雪降る江戸への街道で、沖田は山南を見つける――見つけてしまう。
山南は、逃げなかったという。
それから屯所へ二人で戻るまでの間、兄弟のごとき二人が何を話したかは、二人だけが知る。

山南は、切腹。
彼は介錯に、沖田を指名した。
利口者が、利口なくせに、逃げようとしない。
理に合わぬ、と沖田は思う。
じきに病死する己が、逃げて生き永らえ得たはずの気の置けない好漢を捉え、あまつさえ、斬る。これも、どうも筋道に合わぬ。
また、剣に生き、剣に死ぬと信じていた己が、遠からず畳の上で動けなくなることもまた、理に合わぬ。
握った剣が虚しさを帯びるなどと、多摩の近藤道場で駆け回っていた頃は想像だにしなかった。
それでも沖田は、これまでと何ら変わぬ技の冴えで、自ら腹に短刀を突き立てた山南の首を、静かに落とした。
技という剣の理は、常に成すが通り成るというのに、人はなぜ、そうは行かない。

屯所の庭に、見慣れぬ花の鉢があった。
加茂川の傍で日影に震えていた節分草を、山南が鉢に植えたのだという。
山南らしい、と沖田は思う。
水も陽も充分のはずなのに、花は、枯れかけていた。
また、理に合わぬことが起きている。
生くべき土を離れたせいだろう――と沖田は思い、またひとつ、嫌な咳をした。


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このストーリーに関するコメント

14/11/20 クナリ

この話は史実を元にしていますが、創作を含み、実在する人物・組織・出来事等には一切関係ありません。
でも沖田美形説は譲りません。
あと源義経美形説も勿論譲りません。

14/11/21 suggino

新撰組の話はあまり詳しくしらないので、おもしろかったです。
LINEのマンガアプリで今、週に1話ずつ『風光る』という渡辺多恵子さんのマンガを読んでいますが、沖田総司は美男子であってほしいですね!

14/11/22 クナリ

sugginoさん>
なるべく平易に書こうとしておりますが、あんまり砕けちゃうと歴史ものぽくなくなっちゃうなあ…と悩みながら書きまして。おもしろかったとはうれしいお言葉です。
沖田さんは、大柄で浅黒いヒラメフェイス…というのは伺っているんですが、まあ夢見るのは自由ということで(^^;)。
でもこのヒラメ顔っていう話、沖田氏縁者の方がテレビのインタビューで談笑のときに言ったのが根拠らしいので、大げさに冗談でリップサービスした可能性だってある…などと往生際悪くッ。
コメント、ありがとうございました!

14/12/01 夏日 純希

「燃えよ剣」を最近読んでみたのですが、僕の中で一番不条理を感じたのが、
剣の世界に、銃が割り込んできたことですね。
銃とか考えた奴ほんと腹立つわぁ・・・って何を言っているんだか。

時代がうごめくとき、条理がが変わるから、不条理に感じることが沢山あったでしょう。
昔の若者は熱かったですねぇ。

14/12/01 クナリ

夏日純希さん>
燃えよ剣、面白いですよね。
自分いまいち読書力ないので、読み返すたびに「あれ、こんなことあったっけ」と新鮮に楽しめてお得ですです(←それは読書力の問題ではない)。
鳥羽伏見は本当、目を覆うばかりですからね…いくら土方先生でもあれでは…。
井上さん死んじゃうし、あああー…。
その直後山崎さんも…。
沖田組長は20〜25歳くらいでしたかね、京都にいたのは。
土方・近藤先生も35歳前後…うーんすごい(^^;)。

14/12/14 光石七

沖田総司と山南敬助、いいですねえ。
“技という剣の理は、常に成すが通り成るというのに、人はなぜ、そうは行かない”、この一文にグッときました。

14/12/15 クナリ

光石さん>
山南さんと、新撰組の中で最も交流が厚かったというのが沖田総司だと聞いているのですが、
山南さん脱走時の討手がその沖田というのは、人選した近藤・土方両氏の思惑と共に
沖田の心情が偲ばれる所ですね。
剣の達人であるからこそ、その剣では為し得ぬ事に思い悩む剣人の想いは察するにあまり
あります。
新撰組の時にコメントをいただけるのは、特にうれしいので幸せです。
ありがとうございました!

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