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古本屋

14/11/20 コンテスト(テーマ):第七十回 時空モノガタリ文学賞【 別れ 】 コメント:1件 更地 閲覧数:934

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 自分が世話になっている下宿の程近く、そこに小じんまりとした古本屋がある。店構えは汚い。あまりにも汚いのでついぞ客など訪れていないように見える。
 私は今までそこに行ったことがなかった。そして今日、なんとはなしにそこへ行こうという気になった。理由は分からない。でもなんとなくそこへ行こうと思う。
 思い立ったのだからすぐ行くことにした。
 長年愛用して歯の磨り減った下駄をつっかけ下宿を出て、そのままぶらぶら歩いて店の前に来た。
 変に暑いから汗を掻いた。塩辛いそれが顔を濡らし、ぽたぽたと地面に垂れ、日光に晒されて乾いていく。
 古本屋は相変らず汚い店構えである。私の正面にある、引き戸にはめられた磨りガラスが夏の強い日差し受けてきらきら光り、そこだけが綺麗に見える。他は皆一様に薄汚れている。
 私は店内に入ろうと戸に手を掛けたが、立て付けが悪いせいかどうにも戸が開かない。引いても動かずただゴトゴトと音を立てる。その様子は強情な頑固親父を彷彿とさせた。
 埒があかぬと私が渾身の力を込めると、やっと戸は開いた。瞬間古紙とホコリの匂いが鼻をかすめた。
 えも言えぬ懐かしい感じがした。

 首を伸ばして店内の様子を伺った。
 店内には木製の本棚が林立している。その中には、今の時代には誰も手に取らぬであろう古臭い本がぎっしり詰まっている。収まりきらない本は床に乱れて積んであって、それにはホコリがかぶっていたり蜘蛛の巣がかかっていたりする。店の外観通りの汚さである。
 私は恐る恐る店内に脚を踏み入れた。靴底と塵とが擦れてじゃりじゃりと音を立て、すこぶる不快であったが、それにもめげずに店の奥を目指して歩を進めた。本棚と本棚の間は狭く、さらに本まで積んであるのでひどく歩きにくい。足を大きく踏み出すと本の山を蹴り崩しそうで、自然歩幅は狭くなる。思うように進めずイライラすた。
 それでも歩き、やっと本棚の壁の終わりが目に入った。それと同時に本棚の陰に隠れていた帳場が目に映るようになった。
 帳場には少女が掛けていて、手元の本に静かに視線を落としている。その少女はどこかで見たことがあるような気がする。思い出そうと少し考えてみたが、どうにも思い出せない。しかし何故だか哀しい気持ちになった。
 私は思い出すのを諦めて少女に話しかけ、「何か面白い本はないか」と尋ねた。すると少女の目がこちらを向いた。無垢な目である。澄んでいて、キラキラ光っているように見える。少女はそのままこちらをじっと見ている。
 何やら非難されているよう感じたので、なんと態度の悪い店主だと憤慨しかけたが、いやこの子は店主ではなく店番を頼まれただけの子やもしれぬと寛大に構えた。
 私は笑顔を繕い、「あなたのおすすめの本はあるか」と尋ねた。すると少女は途端に顔を赤らめ、「この本……」と自身の持っている文庫本をおずおずと差し出してきた。それは昔読んだことのある小説である。幼い頃離れ離れになった少年と少女が、年を経て再開する物語。
 私は、「確かにその本は面白い、昔何度も読み返したことがある」と少女に語った。同じ本を好む同好の士として、少女に少なからず親近感が湧いた。少女もまんざらでもなさそうにしている。
 私と少女はそのままポツポツと己の好む本について話し合った。二人とも会話を愉しんだと思う。そして話していて分かったことであるが、この少女と私の読書傾向は非常に似通っている。私の読んだ本は彼女も読んでおり、彼女の読んだ本は私も読んでいる。
 私はこの少女が他人とは思えぬ心持ちがしてきた。

 話し込んでいると、いつの間にやら夕刻となっていた。店内に差す光に少し橙が滲んで、やけにもの哀しく感じる。
 私はこの店を離れがたくなった。このままいつまでも好きな本と嫌いな本について話し続けたくなった。
 だが少女は静かな声で「もう店を閉めますので」と言った。この少女は今日の語らいで何も感じなかったのかと、私はしょげかえりそうになったが、よく見てみると少女が寂しげであったので、思わず「また明日も来るよ」と言った。
 言った途端、少女は嬉しそうにふわりと笑った。しかしその笑みには隠しきれない悲しみが込められていた。私はいたたまれなくなって、そのまま少女に背を向け店内を横切り、出口の戸に手を掛けて外へと出た。
 店内との明暗の落差で目が眩んだ。そのまま戸を閉めようとした時、帳場から乗り出してこちらを覗いている少女の姿が目に映った。何故か泣いているようであった。
 私はよく分からない罪悪感を感じて、戸を外から閉めた。過去から現在へと帰ってきた心持ちがした。
 そしてその時やっと、店の少女が昔死に別れた幼馴染に瓜二つであったことに気が付いた。少女が読んでいた小説は、昔私が幼馴染と一緒に読んでいたものであった。


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このストーリーに関するコメント

14/11/21 クナリ

神保町の古本屋さんとか好きなんですけど、奇妙な異世界感がありますよね…。
前半の不愉快やイライラ、少女が現れてからも一進一退の主人公の気分。御伽噺調にならない描写が、面白いです。
「ア、この小説は何かあるな…」と思わせて、最後の最後でひもとく構成も良かったです。

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