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四島トイさん

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逃避行

14/11/17 コンテスト(テーマ):第六十九回 時空モノガタリ文学賞【 無題 】 コメント:4件 四島トイ 閲覧数:1354

時空モノガタリからの選評

「高校生的空気」が「逃避行」の旅の過程の中に鮮やかに描き出されていて、まさに青春の「空気感」に満ちた作品だと思います。フロントガラスに打ち付ける「木の歯や蔦や、ゴミ」が「高校生的空気」のモヤモヤした感情をうまく伝えていますね。また水の中にそれらが打ち付ける様子が、視覚的にお題の絵の印象と重なっていると思います。「逃避行」が根本的解決ではないと知りながら、敢えてそれを実行し得られたものは一体何だったのでしょう。それは単なるカタルシス以上のもの、“望めばいつでもそこに行ける”という感触であり、内面的自由、それが「逃避行」から得たものだったのでは、と感じました。

時空モノガタリK

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 水田には緑の藻が浮いていた。
 踝が隠れるほどの高さの稲穂は微かな風に吹かれ、土手の陽だまりでは合鴨が丸くなっている。
「のどかだなあ」
「……そうですね」
 軽トラックの荷台に二人並んで座る。先輩は胡坐で。私は体育座りで。快晴の空の向こうには、名前も知らない山々が悠然とそびえていた。先輩は伸びをする。
「恋の逃避行といったら南の島だと思ってたけど。信州もいいもんだな」
「信州に失礼ですよ」
「そりゃ失敬」
「それに恋じゃないです」
「しかし、逃避行ではある」
 振り返ると先輩はニッと笑った。私が顔をしかめて何も言わないでいると、先輩は腰を浮かせた。
 行くか、と告げる表情は空のように晴れやかだ。
 誘拐犯の笑顔とは思えないほどに。


 十六歳になった私の周りには何かが漂っていた。
 先輩はそれを高校生的空気、と評した。
 それは正体を特定させない生き物のようでもあった。私たちを翻弄し、焦らせ、曖昧な不安のなかに閉じ込める。教室も、部室も、塾ですら、ただただ煙り、霞み、ぼやけていく。不意に自分自身があやふやに思えることもあったが、呼吸の苦しさが嫌というほど現実を思い知らせた。
「じゃあ逃げるか」
 先輩がそう言ったのは五月の終わりだった。私は近所の公園でげえげえ吐いていた。買い食いしたマンゴーカレー饅頭がドロビシャと飛沫を上げ、体から熱が奪われる感覚に視界の隅が青黒く歪んだ。
 水道で口をゆすいでいた私にタオルを手渡しながら、先輩は路上駐車された軽トラックを後ろ手で指した。「俺、免許とったんだ」と。
「何言ってるんですか」
「高校生的空気から逃げる、て話」
「……先輩。大学受験の勉強で頭おかしくなったんですか」
「なってねえよ」
 私は口元を拭いながら「逃げてどうなるんですか」と問いかけた。そうだな、と先輩はわずかに生えた顎の髭を親指でなぞる。ガラス玉のような瞳がくすんで見える。
「吐かずに済む」
「そんなの我慢するしかない」
「不安がなくなる」
「なくなるはずありません」
「だよなあ」
「……何なんですか」
「でも俺は逃げてみたいんだよ」
「お好きにどうぞ」
 じゃあ決まりだ、と先輩は私の手を取った。
「お前を誘拐して、俺は逃げることにする」
 そうして私は誘拐された。


 三日目に猫が轢かれるの見た。
 一週間目に田畑を横切る小さな電車を見送った。
 十日目に流れ星と人工衛星を見上げた。
 二十日目に海と空の境い目を探した。


 一か月目に土砂降りの嵐に飛び込んだ。
 忙しなく動くワイパーの向こうで、木の葉や蔦や、ゴミのようなものがフロントガラスを引っ切り無しに打ち叩いた。分厚い雨の膜が視界を遮る。
 俺達どこにだって行けるんだなあ、と先輩はひとり言のように呟いた。塗装が剥がれたハンドルを握る手はすっかり日に焼けている。ガソリンメーターの横でランプが光った気がした。
「何ですか突然」
 助手席で電源の切れた携帯電話を弄びながら応じる。窓の外に目を移せば、三角形の道路標示が後ろに過ぎていくところだった。
「いや。行ってきます、も言わずにさ。日本の果てにも、世界の果てにも行けるんだろうな、て」
 そっと先輩の横顔に視線を送る。無精髭だらけの先輩の瞳に色彩が反射している。
 不意に視界が明るくなる。
 不意に雲が切れ、雨の向こうに夕日が見えた。
「……そうですね」
 フロントガラスの雨粒が夕日に輝く。木の葉も、蔦も、ゴミすらも、先輩の目にどう映っているのか。
 知りたい。そう思った。
 この逃避行は終わるのだろう、という予感のなかで、その思いがただただ強く私の胸を打った。


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このストーリーに関するコメント

14/11/18 suggino

二人はまじめなんだろうなァとおもいます。
主人公の女の子も、軽トラで彼女を「誘拐」した先輩も。彼らはまだ高校生ですし、このあと警察に補導されるかなにかして、その後両親や先生に怒られるかしてもとの生活に戻ってきても、ちゃんとやり直せる。
この逃避行はきっと、(とくに彼女にとって)意味のあるものになるでしょう。
物語の雰囲気とか、二人の関係性とか、とてもいいなァとおもいました。ありがとうございました。

14/11/20 四島トイ

>sugginoさん
 コメントありがとうございます。とても嬉しいです。
 拙いばかりの私では描くことのできない登場人物の背景を汲み取ってくださってありがたい限りです。
 いただいたコメントで申し上げるのもおかしいですが、sugginoさんの『まるくて透明で、つるんとした』、『貝の不幸、われわれのしあわせ』がとても好きです。今後もぜひ見習いたいと思います。ありがとうございました。

15/01/03 四島トイ

>猿川西瓜さん
 コメントありがとうございます。
 文章としてだけでなく作品世界を理解しようとしてくださって嬉しいです。作り手冥利に尽きます! 掌編として不向きの題材かとも思ったのですが、感想いただけたことで、ひとつの作品として完成できたのかと少しホッとしております。
 ありがとうございました。

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