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坂井Kさん

今年(2014年)は思い付きと勢いだけで書いてきましたが、来年(2015年)は、状況設定をもう少し固めてから書こうかな、と思っています。スティーヴン・キングによると、「状況設定をシッカリとすれば、プロットは無用の長物」らしいですから。

性別 男性
将来の夢 夢というより目標として、来年(2015年)こそ長編小説を書き上げたい。
座右の銘 明日はきっと、いい日になる。

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四つの言葉

14/11/06 コンテスト(テーマ):第六十九回 時空モノガタリ文学賞【 無題 】 コメント:0件 坂井K 閲覧数:714

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 ユキの外見は完璧に人間だった。触った感じもそうだった。ただ、彼女は四つしか言葉を話さない。「はい」「いいえ」「ありがとう」「ごめんなさい」それが、私が彼女に会ってから聞いた言葉の全てだ。――私はフリーのライターで、主にロボットについての記事をwebマガジンに載せて糊口を凌いでいる。

 専門家的観点からではなく、一般市民的観点から、ロボットと人との過去の関係〜現在の状況〜未来の展望まで、幅広く書いている。ロボットライター業だけで食べていけるようになったのはここ数年で、それまでは頼まれれば何でも書いていた。それでも収入は多くなかったから、昨年までは実家住まいだった。

 今年、大手のwebマガジンと長期契約を結ぶことができ、収入が安定したため、三十代後半になって初めて独り暮らしを始めた。住んでいるのは首都近郊、某衛星都市の2DK。駅から遠いので家賃は安いが、都心部まで行くのに時間が掛かってしまうのが難点だ。―八月―私とユキはその部屋で同居生活を始めた。

 ユキは笑う。私が冗談を言ったときや、心地いい風が吹いて来たときや、小動物や赤ちゃんを見たときに。ユキは怒る。私が暴言を吐いたときや、強風で帽子が飛ばされたときや、弱いもの苛めを見たときに。ユキは泣く。私が無茶な頼みごとをしたときや、人や動物が死んだときや、物が壊れてしまったときに。

 ずっと部屋で文章を書いていると、どうしても煮詰まってしまうから、私はよく散歩に出掛ける。近くの川の堤防を歩く。ユキは一緒に付いて来て、気持ちいい風が吹いて来たとき、笑顔を見せる。散歩中、彼女は動く物に興味を示す。犬や飛び回る虫はもちろん、風で揺れる草や、空に浮かんでいる雲にまで。

 ユキがO博士に作られてから一年ほど経つという。その間、博士は彼女を一切外に連れ出さなかった。窓を開けることや、窓の側に寄ることですら禁止した。だから、彼女の知識は見た目年齢(二十代半ば)の女性と同じ程度だけれど、身体的な経験はほとんど積んではいない。身体で感じる感覚全てが新鮮なのだ。

 締め切りが迫っているのに上手く文章を纏められないとき、私はついイライラして、ユキにキツい言葉を吐いてしまう。例えば、「こっちに来るな。向こうに行っといてくれ」などと。彼女はほとんど人間だけど、それでもやっぱりロボットだから、必ず「はい」と返事を返す。少しの怒気を含んだ声で。

 ユキは決して激昂しない。怒る場合は、静かに怒る。それは、初めて会った人なら気付かない程度の小さな変化。けれど、しばらく一緒にいたならハッキリと分かる、声音や目付や体温に表れる変化。彼女の平常時の体温は、人間としては高い三十七度。気持ちが昂ったときは四十度を超える。が、すぐに治まる。

 先日、私が十五〜六年間愛用して来たCDプレーヤーが、ついに壊れた。私はそれに愛着を持ってはいたが、修理してまで使おうとは思わなかった。新しいのを買うことに決め、「ゴミに出して来て」とユキに頼んだ。彼女は壊れたプレーヤーを受け取ると、本当に悲しげな顔をした。そして、二筋の涙を流した。

 ユキと暮らし始めてひと月ばかり経ったころ、私は彼女に聞いてみた。「ユキ、きみは、標準的な人間と同程度の、あるいはそれ以上の豊かな感情を持っている――と私は思う。きみは、自分が人間である、と思ったことはないの?」「はい」「きみは、自分がロボットであると認識しているわけだね?」「はい」

「でも、きみの生みの親であるO博士は、きみを人間として扱っていたんでしょう?」「……はい」少しだけ間があった。本当は何か言いたいことがあるのかも知れない。だけど、彼女の使える言葉は四つだけ。彼女とO博士との関係が実際どのようなものであったのか、私には知る術はない。

 私は質問を続けた。「きみは、人間になりたいと思ったことはあるかな?」「はい」「ロボットより人間の方が優れていると思うの?」「いいえ」「じゃあ、人間よりロボットの方が優れていると思う?」「いいえ」「人間とロボット、どちらにも良いところと悪いところがある、そう思っているわけ?」「はい」

「きみは、自分がロボットで良かった、と思っているかい?」「……はい」ほんの少し間があった。ボスに命じられない限り、ロボットは嘘を吐かない。だからユキの言うことは、彼女の思いを100%表している。――彼女の「間」には、何が詰まっているのだろう?

「はい」……彼女がよく使う言葉。「いいえ」……彼女がめったに使わない言葉。「ありがとう」……こころを込めて言う言葉。「ごめんなさい」……過ちを犯したときに言う言葉。――O博士はユキをヒトだと言った。私も、徐々に彼女をヒトだと思うようになって来た。ヒト、それは人間を意味する言葉。そして、彼女を意味する言葉。


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