1. トップページ
  2. トコロテンブーム

四島トイさん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

3

トコロテンブーム

14/11/03 コンテスト(テーマ):第六十八回 時空モノガタリ文学賞【猛スピードで】 コメント:6件 四島トイ 閲覧数:1341

時空モノガタリからの選評

淡々とした作業小屋の空気と、ブームに振り回される町の慌ただしさの対比が面白いですね。それが嵐のように人々を翻弄していく様がテーマに合っていると思います。本来継続した流れが望ましいのでしょうが、例え一過性だとしても、そこに何らかのポジティブな変化を見ることも可能なのだろうと感じました。季節が変わっても一見不変にみえる作業小屋の空気にも微かな変化の兆しが感じられ、温かな印象となっていると思います。

時空モノガタリK

この作品を評価する

 書けない、と作業小屋の岬が卓袱台を拳で打つ。
「苛々するな。暑くなる」
 夏はまだ先だというのに陽光は強い。唸り声が続く。
「妹がこんなに苦しんでいるのに。冷たい」
「……お前の兄は炎天下でテングサ干してるんだが」
 手を止めて顔を上げる。視界いっぱいに敷かれた簾。水洗いした天草がじわじわとコンクリートを湿らせる。青空と海を背景に防波堤に広がった赤紫色が映える。
 畳敷きの作業小屋を見やる。開け放たれた硝子戸の向こうには、ノートパソコンと取材資料で散らかった卓袱台。その足元で従妹の岬がうつ伏せに唸っている。
「だってお兄ちゃんは家継いだし。わたしは編集者だし」
「じゃあその仕事をやれよ」
「やってるよ」
「寝ながらうだうだ言ってるだけじゃないか」
「だってネタないんだもん。だから気晴らしに帰省したんだよ。連休終わったらプロット上げなきゃいけないのに」
 岬は頬を膨らませる。短い髪も赤縁の眼鏡も言い訳じみた口調も子どもの頃と変わらない。そんな妹が東京で女性誌の編集者をやっているという。寝転がる様からは目まぐるしく駆け回る姿は想像できるはずもない。
 作業小屋の軒先から手を伸ばして備え付けの冷蔵庫を開ける。磯の香りがむっと鼻をつく。父が考えなしに魚や海草を入れるの止めさせねばと思いながら、麦茶のボトルと心太の入ったパックを取り出す。
 呪詛を唱えるように呻き続ける妹の前に、心太を切り分けて差し出す。
「ほれ。いっそ心太のこと記事にしろよ」
 あのねえ、と岬は体を起こす。棚から黒蜜の瓶を引き抜いて大量に注ぐ。荒々しく箸を突き立て口へ運ぶ。眉間に皺が寄る。
「トコロテンじゃ話題にならないでしょ」
 ため息をついて岬は視線を遠くする。海原の向こうで水平線がぼやけて見えた。
「心太はブームにならないか」
「何それ」
「流行ったら面白いかなって思ってな」
 立ち上がって腰を叩く。己の仕事が世間の話題にならないという事実。喜ぶべきか哀しむべきか。
 まあ頑張れよ、と難しい顔をしたままの妹に声をかけて再び陽の光の中に踏み出した。

 つまり心太ブームだ、と漁協の組合長が断言したのは数か月後のことだ。
 漁協会館の部屋には組合員が揃っている。座布団に座る誰もが数日来の異変を察し始めていた頃だった。
 ごま塩頭の組合長が続ける。
「最近、町に他所の人らが来とる。港にもな。観光客が増えとるんだと。観光協会長から話があった。雑誌に載って心太が流行っとるらしい。流行るもんかなあ」
 力強い口調もこのときばかりは疑問が混じる。
「しかもただ食うだけじゃないぞ。天草の種類。天日干し体験。心太突きの自作。などなどなど。とにかく客が流れ込んで来る。困ったことに」
 最後の言葉に何人かが首肯し、発言が相次ぐ。
 曰く、港への無断立入りがある。密漁がある。飲食店への苦情がある。トイレがない。観光施設もない。宿泊場所もない。
 要約すれば、この町の観光客の受け入れ体制が実情に追いついていない。
 組合長が手を挙げてさらなる発言を制する。
「そこで連絡会を作ることになった。協力頼むってことで今日は解散」
 そして心太を巡る日々は速度を増した。
 グルメマップが作成され、飲食店のメニューは一新され、引退した老人達は体験教室の講師役に引っ張り出された。ガラクたん、という塩基配列そのままの六角形のキャラクターも作られた。
 テレビ局が連日取材班を送り込んできて、生活道路は県外ナンバーの車両で埋まった。
 そして町役場がトコロテンの町という幕を掲げ季節が冬に突入すると、客足はパタリと止んだ。唐突に日常が戻ってきた。
 流行は猛スピードで去るものなのだと、誰もがようやく気付いた。

 書けない、と岬がどんよりとした声を漏らす。
「湿った声出すな。寒い」
「こんなに悩んでるのに」
「こっちは指先の感覚が無くなりそうなんだよ」
 悴んだ指先を擦りながら作業小屋で仕掛け網の金具を外す。
「だってお兄ちゃんは家継いだし。わたしは編集者だし」
 締め切った硝子戸の向こうで冬の海風が音を立てる。達磨ストーブの上で薬缶が白い息を吐き、畳の上に出した炬燵では帰省したばかりの妹が突っ伏している。
「じゃあその仕事をやれよ」
「やってるよ」
 むくれる妹の姿に小言のひとつも言いたくなる。口を開いたところで棚に置かれた雑誌が目に入る。今の半纏姿からは、目まぐるしく駆け回る姿は想像できるはずもない。だが確かにそこを歩んでいるのだと思うと、その姿すら堂々としてみえる。
 ふう、と息をついて頭を掻く。冷蔵庫から心太を取り出して差し出す。
「ま、岬が言うならそうなのかもな」
 炬燵の中の妹は驚いて目を丸くする。そして蕩けるような微笑みを浮かべて、そうなのですよ、と自慢げに心太を受け取った。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/11/04 クナリ

二三年前でしたか、ところてんが大ブームになりましたね。
テレビで、「ところてんを食べればやせる」という特集が組まれたためでした。
どこのお店でも店頭からところてんが失せ、メーカーの方々は普段ところてんなどちょっとした品揃え程度にしか扱っていなかった大手量販店のバイヤー様方から、すさまじい剣幕で
「いいからところてんをありったけ出しなさい」
とすごまれ、来年用に乾燥させていたストックまで吐き出しててんてこ舞いだったそうです。
ブームが落ち着いた(というかところてんを食べさえすればやせるわけではないことに消費者様たちが気づいた)頃には、急場に無理をした生産の現場にそのツケは押し寄せ、量販店様は新たなブーム品に奔走して知らん振り、という惨状だったとか。
…などとはさておき(^^;)。
前・後段と中段でのスピード感の差が印象的な作品でした。
自分なりの速度を守って歩み続ける妹への理解が伝わるラストシーンが、鮮やかですね。
部屋の間取りや小物など、中の様子まで、目に浮かぶようです。

14/11/04 四島トイ

>クナリさん
 コメントありがとうございます。
 個人的な感覚ですがトコロテンは頻繁に持ち上げられる食品の一つではないかしらと感じています。とはいえ、レタスやバナナや納豆ほど店頭の主力ではない。一方で、黒酢や豆乳やナタデココほど根強い人気を維持しようとしない。そんなメジャーさマイナーさが程よく混ざったこの求心力こそトコロテンの魅力なのかもしれません。

各段落の配分が上手くいかずお恥ずかしい限りです。推敲も足りておらず、誤字のまま掲載するという情けなさに茹で上がる気持ちです。もっと絞り込まれて引き締まった文章にできるよう頑張ります。
ありがとうございました。

14/11/05 草愛やし美

四島トイさん、拝読しました。

なるほど、心太ですか、流行ほど、去る時に猛スピードで行ってしまうものはないですね。炬燵で食べる心太、普通じゃないけど、案外美味しいかも、よく冬場の、それも炬燵で食べるアイスは格別と聞きますから。
兄と妹の対比、どちらもそれぞれの役割があって、懸命に生きているのでしょうが、心太で繋がるラストにほっとしました。寂れていく山村や漁村の現状は酷いものだと思いを馳せました。

14/11/05 四島トイ

>草藍さん
 読んでくださってありがとうございます!
 私は昨年までところてんの産地に住んでいたので、ところてんであることの意義をもっと込めた話作りができればよかったのですが、力が足らず……ところてんに申し訳ないやら、読んでくださって嬉しいやら、複雑な気持ちです。

 せめて文章だけでも読みやすいものにできれば良かったのですが誤字脱字だらけでお恥ずかしい限りです。それでも内容を汲み取ってくださり、コメントまでいただけたことありがたいです。お読みいただくのに耐えうる文章力を身につけられるよう精進します。
ありがとうございました。

14/12/24 四島トイ

>猿川西瓜さん
 コメントありがとうございます!
 私には勿体無いほどのお言葉に頬が火照る思いです。文章も絞りきれておらず、誤字脱字ばかりで読み辛かったかとは思いますが読んでいただけたことがとても嬉しいです。自信を持ってお見せできるような作品が書けるよう今後とも頑張ります。ありがとうございました!

ログイン
アドセンス