そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

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将来の夢 星座になること
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竹子

14/11/02 コンテスト(テーマ):第六十八回 時空モノガタリ文学賞【猛スピードで】 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1059

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 私の父母はある日車で出かけて、大きな箱に入れられて帰ってきた。ふたりとも交通事故で死んだという。

――車はクラクションを鳴り響かせてガードレールを突き破り崖から真っ逆さま。助手席の絹子さんは死んでなおハンドルにかぶさっておったらしい。
――無理心中じゃなかろうかって村の噂になっとろう。
――絹子さん、子ォ産んでますます頭おかしくなっとったって。あの日も峠の精神病院に入院するために車で出かけたって話じゃ
――死にたいばっかり言いよったらしいよ、絹子さん。なんでかね。あげな可愛い子ォ残して。ほんまにかわいそうやなぁ
 死という意味もまだよく知らなかった。通夜に集まった大人たちの会話の端々を聞き拾いつなぎ合わせて、どうやら私はかわいそうな子になったらしいと合点したが涙は出なかった。

 祖父母の家の台所は裸電球で照らされた寒い離れ島のように、母屋から孤立していた。来年小学校へ上がる年齢だった私は、台所のことを「だいどこ」と呼びしじゅう入り浸っていた。窓からは川へ下る坂道と隣家(といっても音なんか聞こえないくらいには離れていて、おもちゃのピアノをじゃんじゃか鳴らしても誰も咎めなかった)の煙突と、冬でも青々と繁る竹林が見えた。それらは台風の時は狂ったようにしなりうごめく生き物のように見えた。
「竹は地下でつながっていて筍は赤ちゃんなんよ。あれらはみな家族さ」
 と祖母に教えられ、竹はいいなあとうらやましかった。
 とにかく竹だけは使いたい放題で、それらはかまどの火を熾すための空気を送る筒になり、野の花を生ける花瓶になり、竹馬になり、畑仕事を終えた祖父が酒を飲むためのコップになった。その中でも私の一番のお気に入りは竹子だった。
 竹子は人見知りだった。私以外の人はまさか竹子がしゃべるなんて思わなかっただろうし、ただの出来損ないの人形にしか実際見えないしろものだった。
 けれど彼女は二人きりになるととてもおしゃべりになった。
 本質というものはいつだって隠されているものなのだ。
 祖母に貰ったレエスのカーテンのはぎれでスカートを作ってあげたら
「わぁステキったらステキ! マリーアントワネットみたい! 一生大事にするね」
 バレリーナみたいに彼女はくるくる回って見せて、それはもうおおげさなくらいに喜んだ。それから私たちは境遇を確かめるみたいにぎゅっと抱きしめ合った。
 かまどでぐつぐつと湯気を立てているのは祖母の手作りの煮込みうどん。それは離乳食のようにいつだってくたくたに煮え、もはや美味しいのかどうかもわからないほど私の口に馴染んでいたが、どうやら竹子の口には合わなかったらしい(竹子は盗み食いの名人だった)
「いったいぜんたいどうなってるの? この軟らかさって度を越してるわ。そろそろ私は赤ちゃんじゃないって宣言したらどうなの。ものごとには、しおどきってものがあるじゃない」
 竹子のいうことは冷静に考えれば正論だった。
――そうだ、私は赤ちゃんじゃない。それならば私はなんなのだろう。まさかお姫様にはなれないし、せいぜいがマッチを売り歩く少女だろう。霜焼けの手がひどく痒くて掻きむしって血だらけにするあわれな少女。かわいそうなうえにあわれだなんて。ああ、いやだ、いやだ。
 祖母の編んだ腹巻はちくちくして好きじゃなかったけど、ずれた愛情といえども唯一の宝物だと私は知ってしまっていた。
「ひどいわ、竹子。そんなこと言ったらおばあちゃんは悲しんで泣くわ」
 私はかんしゃくを起こして竹子を火に投げ入れた。

 とうもろこしの髪は
 猛スピードでちりちり焦げ
 それから爆弾のようにボンッとはぜて
 燃えて灰になった

 ずっと友達だと約束したのに
 約束にも、しおどきがあるのだろうか

 それから二十数年後、祖父が亡くなりその後を追うようにして祖母も逝った。
 竹林はそれを待っていたかのように一斉に花を咲かせた。竹の花は百年に一度だけ咲くという。
 そのあと見事に一本残らず全ての竹は枯れて、あっという間に竹林ごと消滅した。

 今、私の「だいどこ」は夫と子供のいる本土とつながっている。天井の蛍光灯が隅々までまぶしく照らし、それは影でさえあっけない明るさを持つようだ。スイッチひとつで料理できて、しかも時短で快適。マッチもなければ火もない。かまどはIHクッキングヒーターに生まれ変わった。煙にいぶられて涙が出ることもない。
「いったいぜんたい、どうやってうどんを煮込むの?」 
 と竹子は驚くに違いない。
 
 一日の終わりにひとりシンクを磨き上げる時、あの島に吹いていた、とうに失ってしまったと思っていた風がよぎることがある。愛おしさに似たさみしい風が。

 みすぼらしい私の竹子
 私でもあった竹子
 猛スピードで消えた竹子という存在が蘇ってくるのだ。



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このストーリーに関するコメント

14/11/02 たま

珊瑚さま、拝読しました。

ぼくの母の田舎は岐阜県なんですが、その昔は竹林ばかりが眼につくところでした。昭和30年代の懐かしい田園風景を今も忘れることができません。
珊瑚さんにもそんな記憶があるのでしょうね。この作品には竹林がとても似合います。幼い頃の記憶にはなぜか冷たい影も潜みます。
あどけなく笑ったその瞳で何を見ていたのでしょうか。ふり返ってみれば恐ろしいほどのスピードでぼくたちは生きているのですね。
竹子は今もどこかで生きているのだと思います。
珊瑚さんとつながったままに。

14/11/02 夏日 純希

そらの珊瑚さんの作品は“音”がすごく綺麗だと思います。
文章のリズムから、単語の綴り方まで細かいところまで
やわらかい空気感を大切に表現されていると思いました。

竹はけっこう見る環境なのですが、竹の花は見たことがありません。
一度は見てみたいものです。
竹子なりのお別れとはなむけの気持ちが、竹の花を咲かさせたのでしょうか。
でも、竹子をどうして燃やしちゃったんだろう・・・と少しの間色々と考えさせられました。

14/11/03 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

竹林といえば、京都の嵐山から嵯峨野にかけてきれいですよ。
竹子はこの主人公自身だったのでしょうか?
孤独な彼女が独り遊びする過程で生まれた。もう一人の人格だったのではと思いました。

きっと、竹子を火にくべた時から、自立した自分が生まれたのでしょうね。
何だか、不思議な味わいで印象深い作品でした。

14/11/03 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

こういう風景がありましたね、いつのことだったか思い出せないくらい遠いむかしです。私には竹子さんはいなかったですが、布子ちゃんがいました。彼女は私のよだれや、噛み傷でかぶっていたお帽子もどこかへ行ってしまいました。でも、心の片隅に生きています。写真で見て思い出すことがりますが、あの子の名前は何だったのでしょう? もう父も母も死んでしまいましたので、聞く人もいません。あの子がどうなったのかもわかりません。
そんな郷愁にみちたお話ですが、心に留めた竹子のお蔭で彼女は頑張れたのかと思います。「猛スピードで」というテーマは難しかったですね。その巧妙でしょか、珊瑚さんのこのお作も、ひとあじどころか、ふたあじくらい、いつもと違う面白い作品になっていますね。

14/11/04 そらの珊瑚

>たまさん、ありがとうございます。

竹取物語(日本最古のSFともいえる)にもあるように、昔から続く日本の原風景なのでしょうね。
祖父母の家も同じように田と竹ばかりの田舎でした。
驚くべきことに人は亡くなったりしているのに、風景は今でもそんなに変わっていなくて、たまに行くと時間が止まったように懐かしいです。
そうですね、きっとこの物語も竹子が書かせてくれたものかもしれません。

>夏日 純希さん、ありがとうございます。

わっ褒められてる?(笑い)自分のことはよくわからなかったりするので
素直に嬉しいです。
画像は一応竹の花ですが、地味ですね。竹はイネ科の植物なので稲穂に似た花だそうですが、私も実際見たことはないです。
一生懸命竹は家族を増やしてきたのに、突然全てを消滅させてしまうなんて不思議だなあと思います。
ほんと、なんで燃やしちゃったのでしょうか?(笑い)
成長するために幼い自分と決別しなければと思ったのかもしれません。

>泡沫恋歌さん、ありがとうございます。

京都も竹がよく似合いそうなところですね。
あるいはもうひとりの自分だったのかもしれません。
遊び相手であり、相談相手でもあり、架空の存在だったかもしれないけれど
女の子にとっては実在していたのだと思います。

>草藍さん、ありがとうございます。

この話の舞台は実際の家を基にしていて、
そこは私の郷愁そのものといってもいいところです。
布子ちゃんですか。幼い子にとってきっと安心する何かだったのでしょうね。
「猛スピードで」難しかったです。でも面白かったといっていただいて安堵しました。



14/11/06 タック

拝読しました。

ふわりとした空気がとても心地よかったです。
淡い世界に酔わせていただきました。
ありがとうございました。

14/11/07 鮎風 遊

竹の子としゃべれるなんて、すごいですね。
きっとそうなんでしょう。

哀愁ある物語、猛スピードで読んでしまいましたが、
今度竹藪に行ったら竹も子に話してみます。
楽しみです。

14/11/10 そらの珊瑚

>タックさん、ありがとうございます。

ふわりというか、どこかつかみどころのないような
世界にお付き合いくださって感謝申し上げます。

>鮎風 遊さん、ありがとうございます。

大人になった今、竹子が、もしいても私はもう会話できないと思います。
鮎風さんなら、もしかして…。是非トライを!

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