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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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水底で、両手いっぱいの野ばら

14/10/26 コンテスト(テーマ):第六十九回 時空モノガタリ文学賞【 無題 】 コメント:12件 クナリ 閲覧数:2220

時空モノガタリからの選評

「魔女」「死」「野バラ」という「狂気」的要素が、負の要素として描かれるのではなく、マルエルの生命力と底流で繋っていく構図が、毒を含んだ有機性を感じさせるこの絵の線とよく合っているなと思います。「君が慈しんだ死は、どれも確かに生命」という一文が印象的です。「死」がなければ「生命」も存在せず、そうした矛盾を丸ごと抱きかかえて生きるのがマルエルなのでしょうか。世間の価値基準がどうあれ、独自の世界にあくまで生きようとする彼女と、それを手助けする「僕」という構図が、いかにもクナリさんの作品らしい鮮やかさを見せているな、と感じました。

時空モノガタリK

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死体そっくりに育つ野ばらの話を、聞いたことがあるだろうか。
使用人の息子だった僕を、領主の娘のマルエルがこっそり庭園の片隅へ連れて行き、その野ばらを見せてくれた時、僕らは十三歳だった。
マルエルは、知り合いの魔女から教えてもらったのだと言って、壊れた石垣の付け根から伸びる、その野ばらを指差した。
なお、僕はその魔女とやらを見知っていたが、ただの変わり者の老女である。
野ばらは、ひび割れた土の上でよく繁茂していた。
細く黒々としたつるを、今も覚えている。

当時マルエルが住んでいたのは本邸ではなく、ある岬の別荘だった。
元々おてんばな彼女は、泳ぐことなどできないのに、
「海の果てへ行ってしまいたいわ。いっそ沈んじゃってもいいから」
などとよくうそぶいていた。
周囲に人目の無い領地の隅で、僕らは虫や何かの死体を見つけては、例の野ばらの所へ持ち込んだ。根元の地面を少し掘り、死体を置いて、上から土を掛ける。
蜘蛛。バッタ。トカゲ。岬の傍の海岸から、貝や魚。
野ばらは確かに、根元に埋めた生物を模したように見えた。
当然、そう見える、という程度のものなのだが。ぐるぐるとつるが異様な形にねじれ、その一部が死体の形を一筆書きのようにフレイミングした、ように見えるのだ。
マルエルは、やれこの部分が小蟹、こっちはトカゲよ、と楽しそうに騒いでいた。

一年も経つと、マルエルは段々、より大きな死体を求めるようになっていった。
彼女は僕には知りえない、死の傍らでだけ得られる独特の感慨に捉われていた。
さすがに領主の娘が小動物の死体を拾って回るわけにはいかず、僕が死体の調達係になった。
僕は野ばらの不思議な能力など本気では信じていなかったが、マルエルが楽しそうな顔を見せてくれるのなら、やぶさかではなかった。
ある日カラスにやられたリスを見つけ、僕は可哀そうだと感じるより先に、幸運だと思った。
そんな自分を恥じた矢先、今度は馬車に当てられたらしいカラスの死体を見つけて、喜んだ。
後日、野ばらは、見事にリスの姿を造形した。カラスなどは、今にも羽ばたくのではないかと思えるくらい、生々しい出来栄えだった。

ある夜、マルエルが寝室で何者かに襲われた。
僕と父が駆け付けた時には、既に犯人は彼女の部屋の窓から逃亡していた。
父は別荘を飛び出して後を追い、僕はベッドで震えるマルエルを抱きしめ、背中をさすった。
ふと彼女が唇の間から、棒状のものをぬるりと出した。
マルエルは、犯人の指を噛みちぎっていた。
早速その指を父に渡そうとする僕をマルエルは制し、小声で告げて来た。
「顔は見えなかった。私達で、犯人を探すの。卑怯者のけだもの。殺してやる――」

指を野ばらの根元に埋めて数日後、つるが形作ったのは、同じ領内に住むマルエルの伯父の顔だった。
僕と彼女は、いかにして証拠を残さずに伯父を殺害するか計画を練り、雀蜂を使って毒殺することに決めた。
しかし計画を実行する前に、そもそも業病のためにこの離れで療養していた、マルエルの生命が尽きた。
生死の狭間に遊んだ日々は、少しは彼女の苦痛と孤独を癒したのだろうか。
野ばらがまるで魔法のように、死体が生きていた頃の形をつるで蘇らせた時、マルエルは心底嬉しそうにはしゃいでいた。
なお、時を同じくして例の魔女も、いよいよ狂人として施設へ押し込められたと聞いた。

葬儀の日、離れを囲む庭と同じ緑色のドレスを着て、マルエルは庭園の中の墓地に埋められた。
その後で、僕は彼女の伯父を、不思議な野ばらを見ないかと誘った。
半信半疑の伯父に、僕は動かなくなった雀蜂を渡して、埋めてみるよう促した。
彼が片手で野ばらの根元を掘っていた時、煙で麻酔されていた蜂がもう一方の手の中で目覚め、伯父を刺した。
アナフィラキシ・ショックを起こした叔父を、僕は野ばらから離れた植え込みに埋めた。

その夜、僕はマルエルの墓を掘り起こし、空っぽの棺だけを埋め直した。
彼女の体を海へ運ぶと、もう夜明け前だった。
僕は石垣の下から引っこ抜いた野ばらを、接ぎ木をするように、亡骸の両腕に結い付けた。
野ばらはこれまでに得た生命の形をいくつもそのつるにたたえ、真っ白な花がそこかしこを飾っている。
僕は彼女の体をイカダに横たえ、そっと沖の方へ押し出した。
やがてイカダに水が浸食して、マルエルが沈んで行く。
この時間は潮流によって、波に飲まれたものははるか沖の海底へ運ばれるはずだった。
朝日の中、野ばらのつるの黒いシルエットと緑のドレスが、海の青に包まれて行って、やがて水の向こうへ消えた。

君が慈しんだ死は、どれも確かに生命だった。君と、同じように。
彼らと共に、君の望んだ先へと、君の死を送る。
海の果ては、寂しいけれど。
きっといつまでも、君の両手にはいっぱいに、あの野ばら。


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このストーリーに関するコメント

14/10/26 クナリ

ユニークなテーマでしたね。
イラストの背景でにじむ青と中央の緑、印象的な描線からラストシーンをイメージして執筆しました。

14/10/28 草愛やし美

クナリさんの想像力の凄さを見た思いです。

あのイラストから、このお作になるとは……。何と言っていいのか、まさにご自分でもおっしゃっているように、ユニークなお話で、驚いています。

狂った魔女が植えた野ばらなのでしょうか、恐ろしい魔法がかかっているのか、死体のように育つ。いや、突出した設定の話に、何てコメントしてよいのか、書く言葉が見つかりません。ただただ、凄い奇抜さ……。うまく言えなくてすみません。

14/10/30 クナリ

草藍さん>
発想力でははっきり申しまして、草藍さんの作品(特にSF系)に及ばぬーッという認識ですので、お言葉非常に嬉しいです。
自分でもカラーイラストを描いてたりして、色に対する興味が強いものですから、この絵を拝見した時にまず、描線よりも背景の色合いが気になったんですよね。
この青、何の青だろうなあ…混沌としてるけど、海かなあ…じゃあこの描線は、混沌の中の生命として表現できるかな…じゃあ、一見死体を形作るけど実は生命の記憶を映し出しているんであってそれは死を間近に控えた少女の生命への憧れとこの描線を野ばらのつるとして結びつけたらストーリーになるかな…、と、いろいろ好きにこじつけたので、おそらく描き手様の意図とは違う解釈をしているのですが、まあビジュアルからのイメージをお話にしたらこうしたストーリーになりました(^^;)。
野ばらが果たして本当に超常的なものだったのかどうか、魔女は本当に魔女なのかどうか、その辺はどの程度まで描写しようかは迷いましたが。
まあ、どっちつかずな感じということで…(おい)。
コメント、ありがとうございました!

14/11/03 泡沫恋歌

クナリ 様、拝読しました。

どう感想を述べれば良いのか?
私は批評とか、どうにも苦手でいつも茶化したことしか書けないので申し訳ありません。

とにかくユニークな発想ですね。
あの絵のイメージでこの作品を書かれたのですか?
私は、あの絵が醸し出すイメージだけで考えましたが、まさか色まで考えてもみなかった。

やっぱり、クナリさんは詩人だと感心させられた。

14/11/04 クナリ

泡沫恋歌さん>
自分めも、人様の作品にコメントするのはいつもうんうんうなって考えてますから、とてもありがたいですよ!
申し訳ないなどとはとんでもなく!
いや、ぱっと見、絵から受け取って膨らむイメージってあまりなかったんですよね…自分でもイラストを描くのは好きなのに、ふがいない(^^;)。
昔から名画とか見ても「おーすごいなー」とは思いますし、抽象画も好きなんですけど、それによるイメージの膨らみってあまり体感したことがない…かも…。
基本的に感性が痩せてるのかな!(涙)
なので、「じゃーあくまで目に見えている部分を自分なりに解析して、そこからストーリーを作ったろやないの!」と父譲りの大阪弁で奮起しつつ書いたお話なのです。
背景の寒色からは水のイメージがあったので(まんまや)、描線を野ばらに見立てられたとき、ようやく「あ、いけるかも」と思いました。
やってみるもんです(^^;)。

14/11/06 タック

拝読しました。

この難しいテーマでこの発想をされたという部分にも驚きがあるのですが、なにより作品のあまりの濃縮に心底感嘆させられた思いでいます。凄いな、と純粋に感じました。素晴らしいお作、ありがとうございました。

14/11/06 クナリ

タックさん>
いえいえ、これ、難産でしたよ(^^;)。
ずっとうんうんうなって考えた挙句、「よし、もー自分の好きなように読み解いて書こう!」と開き直って書きましたので…。
自分の考えるままに書くと、掌編は普通に書くとあっという間に字数を消費してしまうので、いかに詰め込んで書くかについては毎回苦労しておりますが、無理なく字数内に話が収納できていればいいのですけども。
タックさんからそのようなお言葉をいただけるのはうれしいですね。
こちらこそ、ありがとうございます!

14/11/17 光石七

不思議で、どこか残虐で怖くて、でも純粋で……
独特の世界に引き込まれました。
なんというか、色がすごいと思いました。鮮やかに色づいた絵が浮かぶというか。
今回、抽象的なイラストから具体的な話をイメージするのが難しかったのですが、クナリさんのこのお話はため息物です。

14/11/20 クナリ

志水孝敏さん>
ありがとうございます。
自分の中に、絵を通してその内面まで潜って行く…という才能が乏しいので、
ビジュアルイメージを生かす形で作成したのですが、上手く行っていれば嬉しいです。
映像を文章で表現する技術が身に着けば、非常にありがたいですしね…!

光石七さん>
今作の場合、テーマとして提示された絵から膨らませて文章作品内で現出させたイメージが、
それはそれで映像として浮かばせることができていれば、これに勝る喜びはありません。
自分も難しかったですよ、ストーリーを構築するのは…今回はいつもよりも特に。
映像とイメージが一致する印象的なシーンを頭の中から探して、それにまつわる話を
たどっていった、という感じでした。
自分でイラストを描いていても、人の絵から何かを感じるセンスというのは育っていない
ようです(^^;)。
まあ、自分のはぽんち絵ですがッ…。

14/12/25 クナリ

猿川西瓜さん>
コメントありがとうございます。
自分なりに入れられるものをなるべくたくさん詰め込んでみた話なので、
そう言っていただけてうれしいです。
映画のようというのは、ストーリーラインがきちんと構築できていたと
いうことでもありましょうか。光栄です。

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