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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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ストーカーのまち

14/10/14 コンテスト(テーマ):第四十二回【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:931

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 だれかにつけられている。
 清水広江はじぶんにむけられる視線を感じた。
 だがしばらくは、そしらぬふりをよそおって、なおもあるきつづけた。
 女二十七歳、容姿だってまんざらじゃないし、水商売の経験もあって、昔から殿方の視線をあつめてきた。しかしいま、じぶんにむけられている目は、そんな艶っぽいものではなかった。
 肌に、きりきりさしこんでくるような、鋭さがそれにはあった。
 彼女は足をはやめた。相変わらずじぶんをとらえてはなさない視線を、なんとかふりきろうとした。
 できるだけ、ひとどおりの多いところをと、商店がならぶアーケッドのなかを、買い物客のあいだに割り込むようにはいっていった。
 途中、背中が軽くなるような感覚をおぼえた広江は、ちょうどきあわせた本屋のまえでたちどまった。雑誌をめくるふりをしながら、さりげなくあたりに視線をはしらせた。
 午後の買い物にせわしげにゆききする女たち。こどもづれの主婦、白髪頭の老人、学生服の生徒の姿もまじっている。もうそこには、じぶんをつけまわすまなざしの主は、どうやらみあたらないようだった。
 ほっとした広江が、手にしていた雑誌を棚にもどそうとしたとき、ふいに棚のむこうにいた男性が、ぎょろりとこちらをみつめた。
 ハッとなって広江は顔をそらした。
 だが依然として、その五十がらみの男の視線が、じぶんのうえに粘っこくまつわりつくのを彼女は、ある種の不快感とともに意識した。
 胸がひらき気味のブラウスと、その日の気分ではいた丈の短いスカートがいけなかったのだろうか。水商売時代も、年配の男たちからもてもてだったことをおもいだした彼女は、そういえばいまの男も五十がらみだったことに気がついた。
 書店という場所がいけなかったのか。広江はすぐに店からでると、また人々のなかをすりぬけるようにあるきはじめた。
 それから一分もたたないうちに、まただれかの視線を彼女は意識した。ふりかえっても、さっきの男の姿はどこにもない。それではまたあらたな人物が、わたしを注視したのだ。
 異性たちから浴びせられる視線には、なれっこになっていた広江だった。注目は、きれいな女の宿命だとおもったこともある。まだ二十歳にもならないころ、仕事仲間の女性とまちをあるいて、どちらがよりおおく殿方の視線を集められるかをきそったことがあり、ダントツで自分が勝利したものだった。そのときはさすがに、得意満面のじぶんだった。
 いまもそのころの能天気な気持ちがもてればいいのだが、もう殿方相手の商売から足をあらって久しいこともあってか、さすがにあからさまにむけられる視線には抵抗感をおぼえずにはいられなかった。
 視線はまだ、執拗に自分を追いかけてくる。
 広江のなかにだんだんと、緊張感がつのりはじめた。
 すこしはこわい顔をみせつけてやろうか。こちらはそこらのおねんねじゃないんだよ。なめるんじゃないと、凄みをみせたらあわてて逃げ出すのじゃないかしら。
 いちどは本気で考えた宏子だったが、女ひとり、なかなかそんな芸当はできるもんじゃない。ストーカーにつけまわされた多くの女性をみても、相手にそんな啖呵をきった強者の話はあまりきかない。
 一軒の、ちいさな食堂の前にさしかかった。夕食まえのこともあり、これさいわいと広江は、『さの屋』とかかれたのれんをかきわけて、店のなかにはいっていった。
 いちばん奥のテーブルにすわると彼女は、あとからだれか入ってこないかと、入り口をうかがった。が、その心配がないことがわかると、注文をききにきた店員に、うどんとミニかやくごはんを頼んだ。
 二列にならぶ六つのテーブルには、親子連れや、サラリーマン風の男性、若い女性、老夫妻といった顔ぶれが座っていた。
 ここにきて広江は、ようやくくつろいだ気持ちになって、ゆげをたてるお茶に口をつけた。
 雰囲気的にみても、ここにいる客たちが、よもやストーカーに変身するとはおもえなかった。親子づれはいっしょにうどんをすすっているし、男性はひろげたスポーツ新聞に目をとおしている。若い女性はスマホの画面とくびったけだし、老夫婦は食後の談笑にふけっていた。
 広子は、椅子の背にもたれかかって、おおきく胸で息をついだ。
 ふと、こめかみのあたりの皮膚が、むずむずしだすのに気づいた。だれかがわたしをみている。表情をこわばらせて彼女は、店内をみまわした。が、テーブルの客たちの様子はさきほどとかわりはない。気のせいかと、視線をもどした彼女だったが、その目が、厨房のなかからこちらをじっとみつめている店主らしい初老の姿をとらえた。
 客の様子をみているのだ。さいしょはそうおもった広江だったが、その視線にこもる異常なまでの執拗さは、とてもそんななまやさしいものではなかった。食堂の主人までが、わたしに興味をいだいたのかしら。いつもの彼女なら、笑ってすましたところだろうが、ここにくるまですでに、何人もの凝視にさらされている関係上、なんだか気持ちわるさばかりがきわだった。
 広江はしかし、我慢した。
 さっき注文をききにあらわれた所帯やつれもはなはだしい女が店主の妻だとしたら、たまには若くていろっぽい女に、気をとられたとしても無理はない。さあ、どうぞ、みたけりゃいくらでもみてくださいと、ちょっとばかしあだっぽい姿勢を広江がとってみせたとき、厨房にちかいテーブルにすわっていた例のサラリーマン風の男が、まともにこちらをみすえた。店主にとおもってしたことが、彼へのアピールととられてしまったらしかった。広江はばつがわるそうに顔をふせた。
 顔をふせたまま彼女は、数分間をすごした。もういいだろうと、みきりをつけて、顔をあげた彼女の目に、こちらを凝視する店内の全員の目という目がとびこんできた。
 これにはさすがに広江はぎょっとなった。男たちならわからなくもないが、女や子供までもが、ほんとうにじっと、穴があくほどこちらをみつめているのは、どういうことだ。
 彼女はそのうち、いたたまれなくなってきて、椅子からたちあがると、なにもいわずに店からとびだした。
 ふたたびアーケードの下にでた広江は、さっきより数のました商店街のなかを、駅にむかってあしばやにあるきだした。さっきの店でのできごとが影響しているのか、すれちがうだれもが、じぶんひとりをみているようにおもえてならなかった。男も、女も、老人も、子供までもが、わたしひとりに視線をこらしている。
 だけど、そんなことが………と何度も広江は、おもいすごしだとじぶんにいいきかせた。
 が、そのうちみるだけでなく、じぶんのあとを背後から、つけてくるものがではじめた。その中にはスマホをもっているものもいて、ストーカーばかりでなく、盗撮までもくろんでいるのかと彼女を慄然とさせた。
 彼女はほとんどかけださんばかりの速度で、アーケードから駅につづく道路の手前にでた。
 まだうしろから、じぶんをつける何人もの気配を感じたが、彼女はもうふりかえるのがこわかった。このまちでは、老若男女ことごとく、ストーカーだというのだろうか。それとも、美の神ミロのヴィーナス像に魅了され、崇拝するひとびと同様、美しい女とみるとあとをつけずにはいられない美意識の持ち主ばかりがすむまちなのか。
 信号は赤だった。道路の向こう側すぐに、交番の明かりがみえた。青になるのをまちわびて道路を横断した彼女は、交番につづく道をひたすらつきすすみはじめた。
 広江は、じぶんをつけまわす無数の視線を背中にうけながら、歩度をゆるめることなく交番のまえを素通りしていった。
 その交番内に、最近貼られた指名手配犯の写真いりビラがあり、外からでもはっきり、資産家老女殺人犯、清水広江の名と、彼女の顔写真がみてとれた。
 



 







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