1. トップページ
  2. 夏の終わり、かそけき羽音は。

滝沢朱音さん

ただいまキノブックスさんのサイトでショートショート連載中です。よろしければご覧ください。 主な作品一覧: https://fc2.to/38hxQW

性別 女性
将来の夢 作家として在りたい
座右の銘 http://akanestory.blog.fc2.com/

投稿済みの作品

3

夏の終わり、かそけき羽音は。

14/10/06 コンテスト(テーマ):第六十六回 時空モノガタリ文学賞【 舞い降りたものは 】 コメント:5件 滝沢朱音 閲覧数:1578

この作品を評価する

「やるね、侑くん」
 店を出たとたんに冷やかすヨッさん。
「わかってんだろ、美羽ちゃんのこと。ありゃどう見ても、侑くんにベタ惚れだぁ」
 ニカッ。黄ばんだガタガタの歯が年齢よりもさらに彼を老けてみせている。
「……んなことないっすよ」
 俺は「木村たたみ店」と書かれた軽トラの運転席に座り、エンジンをかけた。助手席に滑り込んだヨッさんはなおも続ける。
「美人てわけじゃないけど、愛嬌というか、妙な色気があるよな。侑くんの嫁さんにちょうどいい」
「……まだ高1ですよ、あの子」
「ありゃもう十分食べ頃よ。ぎぇひひっ」
 ヨッさんの下品さは今に始まったことじゃない。
(だから、あんな若いコを入れるのは反対したのに)
 お盆までの繁忙期、更年期の母のかわりに事務の短期バイトを募集すると言い出した親父。こんな古くて小っぽけな個人の畳店だ。俺はたいした期待もせず、店先に簡単な貼り紙を出した。
 ところがその日の夕方。
「バイト未経験でも、高校生でもいいってホントですか?」
と息を弾ませ入口に現れたのが、制服姿の美羽だった。

 時代の流れで先細りしていく産業は必ず出てくる。畳屋もその一つだろう。
「絶対に跡は継がない!」
 そう宣言した俺は、大学をなんとか出たものの就活でつまずいた。気落ちして引きこもった俺を、親父は決して責めなかった。
「就職が決まるまでの繋ぎで、うちを手伝え」
 かくして早や三年。なぜか俺は、いまだに畳の仕事を続けている――

「あれ、今日は侑さんだけ?」
 いつものように朝十時に来た美羽は、顔をほころばせた。
「昔馴染みの家の表替えだから、親父とヨッさん二人で行った」
「よかった」
 美羽は小さい声で言うと、裁断をしている俺のそばに寄ってきた。
「危ないよ」
「だってなかなかないもん。二人きりなんて」
 気づかないふりにも限界がある。俺はどうやら、十も年下のこの子に言い寄られているらしい。
「侑さんて彼女いないよね?」
「……ああ」
「いつから?」
 大学の同級生だった恋人は、卒業後きちんと就職した。そして暗黙の了解で自然とお互いに連絡を取らなくなった。
(もう結婚してるかもな……)
「侑さんてば」
 俺ははぐらかかした。
「いつだったかな。それより美羽は? 彼氏いるの?」
「……いない歴イコール年齢でーす」
(『――ありゃ間違いなく男を知らないね』)下卑た顔で舌舐めずりをするヨッさんの顔が浮かぶ。
「私ね、高校に入ってこのお店の前を通るようになってから、ずっと毎日……侑さん見てたんだよ」
「……」
「だからあの張り紙だってすぐに見つけたの」
 美羽はふざけて俺の腕にしがみついた。大胆な行動のわりに腕が震えている。そして、思ったよりも質感のある、その胸の感触――
「美羽」
 上気した顔で俺を見上げる彼女。
「……コーヒー入れて。この畳、今日中に納品なんだ」

 わかっている。彼女は女子高生らしい憧れで俺に一目ぼれしたに過ぎないと。同年代の男子と違い、真剣な顔で作業をしている俺が大人びて見えたのだろう。
 でも、彼女もいまにわかる。やがて見抜く――俺はこの仕事がいまだに「繋ぎ」のつもりであり、何一つ誇りを持てていないことを。
 たとえ俺が親父の跡を継いだとしても、この仕事は沈みゆく船のようなものだ。そこに将来のある彼女を乗せることができるわけがない。

 昼間はそうやって理性的に考えられる俺も、夜になると美羽のことで満ち、あふれてしまう。
(あんなにも、一途に俺を……)
 俺が大人らしい判断で彼女に応えずにいれば、彼女は離れていくだろう。やがて彼女は彼女に相応しい環境で、相応しい男と恋をする。
(その男が、彼女の初めての男になる……?)
 嫌だ……!
 今ならまだ、俺だけのものにしてしまえるのに。
 でも、それは――

――煩悶のうちに、夏は終わった。

「よくやってくれたなぁ、美羽ちゃん。はいお給料」
 昔ながらの給料袋を手渡す親父。
「わーい、初任給だぁ!」
「それで何買うの? 勝負パンツ?」
 ヨッさんのセクハラに、美羽はかわいらしくにらみ返した。
「よかったら、冬休みもバイトしにおいで。美羽ちゃん」
「親父それは……」
 図々しいだろ、と言いかけた俺を彼女がさえぎった。
「はい、考えときまーす! あ、侑さん」
「ん?」
 美羽はひらりと俺に近づき、耳元で囁いた。
「私、冬には十六になる。合法的に結婚できるんだよ」
「えっ」
「畳屋の若女房って悪くない! 今度はしっかり捕まえてね」
 また、ひらり。
「では、お世話になりましたぁ!」
 手を振りながら、旅立つ彼女。
「……まいったなぁ」
 俺は思わず笑い出した。

 美羽がこの夏、気まぐれでここに舞い降りたのだとしても。
(かまわない)

 冬までに、せめて、俺は――


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/10/07 滝沢朱音

★★★★★★★★
この曲を聴きながら書きました。

BGM:「Californication」Red Hot Chili Peppers
http://youtu.be/7sXNOCQqzHs?t=19m41s
★★★★★★★★

14/10/07 草愛やし美

滝沢朱音さん、拝読しました。

畳屋さんの話って目の付け所がとてもいいですね、需要は減るでしょうが、日本建築には決して無くならないもの、また無くしてはいけないものと私は考えます。
和室にあの独特のい草の匂い、あれは歴史の賜物、そして、伝統ですから、いつまでも舞い降りた積極的な美羽ちゃんと結ばれ、仲良く商売を切り盛りしていってほしいなあと思います。

14/10/07 夏日 純希

美羽ちゃん、確かにちょうちょみたいですね。
あと、ヨッさんのげすい感じがいいアクセントになっていると思います(笑)

ってか、男心をよくおわかりで・・・。
多分そういう状況だと付き合えないけど、
誰かほかの人にとられるのは、うぬぅ・・・ですね。
まぁ、そんな状況になったことないので、私も想像ですが、
……いや、昔あったかもしれませんけどね(大嘘

14/10/07 光石七

拝読しました。
それぞれの言動や心の動きがとてもリアルで、息遣いまで聞こえてくるようでした。登場人物たちが“生きている”と感じました。
秀作でした!

14/10/26 滝沢朱音

★★★★★★★★
誤字訂正です。見直しが足りず申し訳ありません。
×俺ははぐらかかした
○俺ははぐらかした

>草藍さん
読んでくださってありがとうございます!
畳、私も好きです〜♪ 最近ではすっかり少なくなってるみたいですが。。。
近くの畳屋さんが知らない間に閉店していたことに気づき、このお話を書いてみました。
特に接点はなかったのですが、なんだか淋しい気持ちになってしまい(;_;)

>夏日さん
読んでくださってありがとうございます☆
ヨッさん、侑がそういう世界に拒否反応を感じている象徴になれば、と出してみたのですが、
げすいと思ってもらえてよかった!!笑
私には男心は全然わかりませんが笑、男性の方に共感してもらえたとしたら光栄です!

>光石七さん
読んでくださってありがとうございます♡
おおっ、おほめの言葉、すごくうれしいです。
登場人物が「生きている」だなんて…。・゚・(ノ∀`)・゚・。カンゲキ
★★★★★★★★

ログイン