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四島トイさん

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軟着陸的問題解決

14/10/06 コンテスト(テーマ):第六十六回 時空モノガタリ文学賞【 舞い降りたものは 】 コメント:2件 四島トイ 閲覧数:778

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 わかったぞ、と成島部長が真剣な表情で呟いた。
 何がですか、と長机の端に座る新橋が顔を上げる。
 僕は黙ったまま部長の右足に湿布を貼る。苛々しながら図太い足首に包帯をぐるぐる巻き付ける。
「人は飛べないという揺るがない事実だ」
「当然でしょう」
「そんなことありません」
 僕と新橋が同時に放った言葉に部長は苦笑する。「どっちなんだ」
 部室の窓の向こうではグラウンドを駆ける野球部の掛け声が長く響いていた。
「体育館の中二階から飛び降りたら捻挫しますよ。悪ければ骨折します」
 演出のチェックと称して、勇ましい掛け声と共に跳躍した部長の姿が思い出される。数秒後には悲痛な呻き声に変わるとも知らずに、僕と新橋はその姿をポカンと眺めていた。止めるべきだった。
「やっぱり脚本を変えましょう」
 僕の言葉に新橋が「お言葉ですが副部長」と立ち上がる。
「今度の劇は私達一年が主体なんですよね」
「ああそうだ。だからこそ怪我をされちゃ困る」
 新橋はぐっと唇を噛む。
「主人公役の子は身体軽いし運動神経もいいです。あのくらい大丈夫です」
「俺が重くて運動神経が悪いみたいだな……」
 部長が悲しげに巨体を小さくするのを無視して椅子に座りなおす。眼鏡をかけ直して、後輩女子を見据える。
「主人公の登場。変更できるな」
「できません。主人公が舞い降りてヒロインは恋に落ちるんですから」
「怪我人が出るぞ」
「そう決まったわけじゃありません」
「じゃあお前は、怪我人が出るかもしれない脚本しか書けないんだな」
 怒鳴りつけこそしなかったものの、強めの口調に新橋が身を硬くするのがわかった。
 部室に静寂が戻った。夕日はさらに傾き、差し込む光が僕らを斜めに切り取っていた。
 スンッと鼻をすする音に、ハッとして顔を上げる。新橋が顔を真っ赤にして今にも泣きそうになっていた。部長も眉を下げて困ったように笑っている。
 証明します、とくぐもった声が耳に届いた。
「証明します。絶対、怪我人なんか出ないって」
 新橋は引き戸を勢いよく開けると一度こちらを振り返った。ぐっと涙を堪えたような表情を見せると、僕らが止める間もなく部室を駆け出していった。
 あーそのなんだ、と部長が後頭部を掻きながら腰を浮かせた。
「木島。お前は言い方が下手だ。追い詰めるな」
「……すみません」
「新橋もかなり悩んだ脚本だろう。まあ評価もしてやれ」
 ひょこひょこと歩く部長に肩を貸しながら、僕らもまた部室を出た。かける言葉も思いつかないまま。


 やめておけ、という言葉に新橋は放っておいてください、と突っぱねた。
 第一体育館の舞台脇。わずかに迫り出した中二階に彼女は立っていた。柵を越え、舞台を見つめる姿はほんの半時ほど前の部長と同じで、頭が痛くなる。
「もういいです。そこまで言うなら、ここから舞い降りてやる」
「新橋、言葉に騙されるな。錯覚だぞ。ふわあ、と落ちないからな。世間じゃそれを飛び降りるって言うんだ」
「新橋。捻挫は痛いぞ」
「私。部長ほど重くありません」
 俺そんなに重いかな、と訊ねる部長を無視して、とにかくやめろと声をかける。
「体重はともかく文学少女のお前には無理だ」
「文学少女の覚悟なめないでください」
「なあ、言い方が悪かったなら謝るから」
「……副部長の仰ることは正しいです。でも納得するかは別です」
「何だそれ。僕にどうしろって言うんだ」
「そこで、私がひらりと舞い降りて、スカートがふわあ、てなるところに欲情してればいいじゃないですか」
「おい。まったくの濡れ衣だよ」
 その瞬間、新橋の身体が宙に浮いた、ように見えた。見えただけだ。実際は違う。
 事実は、新橋が足を滑らせ、部長が僕の背中を力任せに押し、仰向けに滑り込んだ僕の上に彼女が折り重なって落ちてきた、というのが正しい。
 日常ではついぞ体感しない衝撃を腹部に受け、息もできないほどだった。眼鏡までもがどこかへいってしまった。
 しかし、起き上がった後輩女子が「大丈夫ですか」を連呼するので何とか上体を起こす。
「……新橋」
「はい」
「あまり派手なことをやろうとしなくていい」
「……はい」
「創作で悩んだら相談してくれていいんだ」
「はい」
「え、と……お前の作品はよくできてる。それは評価してる。だから『これしかない』なんて決め付けさせないでくれ」
 はい、と応じる彼女の瞳がどこか潤んで見えた。これでよかったのだろうか、と思いながら立ち上がろうとすると、じゃあ、と新橋が顔を真っ赤にしながら呟いた。
「あの……ヒロインが舞い降りて、それを主人公が受け止めて恋に落ちるのは、どうでしょうか」
 しばらく考えてから、平地で恋愛する方向にしてくれないか、と訊ねると、新橋は副部長はわかってないですね、と拗ねたように呟いた。


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このストーリーに関するコメント

14/10/07 光石七

拝読しました。
副部長、わかってないですね(苦笑)
ああ、いいなあ青春。
楽しませていただきました。

14/10/10 四島トイ

>光石七さん
 コメント書いてくださってありがとうございます!
 初めは新橋女史に演劇のアイデアが舞い降りてくる話を書いていたつもりなのですが、いつの間にか新橋女史自身が舞い降りる話になってしまいました……
 もっと練りこんだ物語にできるよう努力します。今回はありがとうございました。

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