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sugginoさん

本がすきです。とくに恋愛ものやへんなもの(ナンセンス文学に興味があります)がすきです。   ★ひさしぶりに長編書いてます。高校生らが濃いとか音楽とかにかまける話です『スメルズ・ライク・シックスティーン・スピリット』http://ncode.syosetu.com/n9487dn/   ツイッター:@suggino

性別 女性
将来の夢 ペンギンを飼う
座右の銘 ゆっくり歩け、たくさん水を飲め

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貝の不幸、われわれのしあわせ

14/09/21 コンテスト(テーマ):第六十五回 時空モノガタリ文学賞【 守る 】  コメント:13件 suggino 閲覧数:1372

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 あの人が「貝がいい」などと言いだした。天変地異。貝類を苦手なものランキングベスト3に入れているほどの男が。
 夕飯の、みそ汁の具の話である。どうしてそうなったかと訊ねてみれば、こういう訳であった。
 先ほど「テレビを観ているとみそ汁を食べる人が映って」おり「その具があさりだった」のらしい。「それがあまりにうまそう」で、「今なら僕にも食べられそうな気がする」と。私は反論した。いやいやいや。「それは錯覚」である。「テレビに映っているものは演出によりおしなべてうまそうにみえるもの」だと。「あとで後悔するよ」。しかし聞き分けない。困った大人である。しかたがないので眼を覚まさせるべく、買出しに同行させることにした。
「絶対食べられないと思う」
 私はいじわるっぽく言った。今日はあの人の休日。万歳私も大学休むし出かけようとはならず(明日からテストが始まるゆえ。無念)、めいめいに一日を過ごした訳であったが、帰宅するとあの人がいる。嬉しい。嬉しいから俄然、いじわるになる。
 しかしあの人はとりあわない。西日に眼を細め、秋の深まり始めたつめたい風に長い前髪をふよふよ揺らしながら、気持ちよさそうに口笛など吹いている。大人なのだ。私の余計ないじわるなんかで機嫌を損ねたりなどしない。我々はちょうど十も歳が離れている。

 つめたい海水のなかで、新鮮な貝たち――あさりやしじみ、さざえ、ムール貝、たいらぎなど――は、それぞれ管をのばしたり沈黙を守ったり、幸福そうに見えた。体を曲げて水槽を覗きこみ、幸せそうだね君たちと話しかける。が、返事を訊くのがおそろしく、すぐに水槽から離れた。貝類はおいしいが、それをじぶんで調理しろとなると困る。こわいのだ。直視できない。
 不憫がる私(彼らの幸福時代の終焉)をしりめに、あの人はきっぱりとした口調で注文してしまった。
「あさりを百グラム」
 その声は誠実さに満ち、いつにも増して透きとおっていた。

 つりあいとはなんぞや、私は思う。私の身長は百五十センチ未満、あの人は百八十センチちょうど。
 濃い塩水を作り、ざるにあけたあさりを流水で洗ってそれを浸す。ざるを使うと砂が落ちて調理しやすくなるというおばあちゃんの教えにならって。しばらくすると危険はないと判断したのか、彼らはそろそろと管を伸ばし始めた。ちいさな泡がぷつぷつのぼる。気をゆるしてくれたのが嬉しく、同時に申しわけなかった。生きてる。私は思った。でももうすぐみんなしんでしまう。
 価値とはなんぞや。犠牲とは、常識とは。安定不安定、正当不当、とは。
 何もしらないくせに。
 あの人はいつの間にか台所に立つ私の足元に座り――流し台の開き戸に背中を預ける格好で――、雑誌を読んでいる。あの人はきっと罵られても否定されても反論などせず、投げつけられた言葉すべてをひとつひとつ丁寧に拾いあげ、受けとめるだろう。違うかもしれない。応戦するかもしれない。しかし私はすでに裏切られた気分でいる。
「ねえ」銀色のちいさな海から眼も離さず私は言った。あの人が顔をあげたのが気配でわかる。
 二人でいると時折、酸素が足りなくなる。眠れない夜もある。信じていない訳ではないし、不幸なのでもない。互いを信じすぎて、幸福すぎて、私たちは互いを見失う。接近しすぎたゆえにすれ違う。
「この部屋くらいのおおきなさ、貝殻があったらいいのにね」
「どういう意味かな?」雑誌を閉じ、あの人はやさしい声で訊ねた。
 とたんにかなしくなった。
 電話口で、私は泣かなかった。存外泣き虫である私が。唇が切れるほどつよく噛みしめ、堪えた。抗ったのは初めてのことであった。
「形のないものには、価値もないの?」
 あの人は答えなかった。代りに立ちあがり、その上質な毛布のような包容力で私を抱きすくめた。泣かないでと言っているのだとわかる。それでやっと、かわいそうなあさりたちから眼を離すことができた。
 何を言われても。なるたけ声の震えをおさえて言った。
「私はここから出ていったりなんかしない」
 頷いてくれたのが嬉しかった。

 本当は、出会ったのと同じ瞬間にわかっていた。初めて眼を見、手を繋いだ瞬間に、このアパートを見つけた瞬間に、それを理解した。完成された幸福など存在しないし、封などできない。形など便宜上のもので、そんなものに権威もたしかな保証もない。畢竟、二人がどうするかなのだ。1LDKほどもある巨大な貝殻に頼ったところで、守りきれるものではない。
 価値など、各自それぞれが勝手に決めればよい。私たちは幸福だ。

 わかめ、小口切りにした青葱とともに、貝たちはとてもおいしいみそ汁になった。彼らに感謝をし、私はおかわりをした。映像どおりであったか後悔しなかったか。心中のほどは察しかねるが、あの人も残さず食べていた。《了》


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このストーリーに関するコメント

14/09/22 夏日 純希

貝殻に自分を重ねてしまったんですね。
彼らを見てると閉じこもっていたところで、何にも守れない気がしますね。

でも・・・うん、おいしいから食べちゃいますよね。どうしても。

14/09/22 泡沫恋歌

suggino 様、拝読しました。

あさりの味噌汁で、こんなに中身の濃い散文を書ける人は貴女しか知らない。

なんか、凄い話だと感動しています。

あさりの味噌汁、私は大好きです(`・ω・´)ハイ!

14/09/22 そらの珊瑚

sugginoさん、拝読しました。

貝の味噌汁を作る時、その中で起きている阿鼻叫喚を思わずにはいられないくせに、それでも食べるころには
そんなことはさっぱり忘れて美味しい! と飲み干す私です。
貝は自分を守ってくれている殻のことを、「そのとき」まで全信頼をおいていると思うと…。
不幸と幸せってものすごく遠くに存在しているわけではなくて
案外背中合わせみたいに存在しているのかもしれないって思います。

14/09/22 W・アーム・スープレックス

貝を食べると、たまに中毒をおこすので、毛嫌いする人がいますが、その毒を貝が吸い込んでくれたおかげで、海が美しく浄化されているのだとおもうと、世の中に意味のない存在などないことがわかります。この作品も同様に、読むとなにかが美しく洗い清められるような気持ちになりました。

14/09/23 草愛やし美

sugginoさん、今夜、読後、焦って味噌汁を久しぶりに作りました。でも、貝が手元になかった。残念でしが、この話からの浅利汁を想像しながら食べました。思えば貝類を食べるってめちゃ残酷なことでしたね。そんな風に考えないで、生きた貝を無造作に煮え立つ鍋に放りこんでいますが……。ああ、シジミの赤出汁も美味しいのよねえ、ってコメントはどうなってるの。

大きな貝殻に隠れてしまえばある意味守られるでしょう、でも、そうそうたやすく出てこれない、……貝汁を食べて幸せになってください。

14/09/27 suggino

>れたすたれすさま

はじめまして!コメントありがとうございます。
貝、おいしいですよね( ^ω^ )貝の気持ち。こどものころのじぶんが何考えてたかと考えていたら、なぜか、祖母の家の近所の人が通常の100倍は大きいぞというシジミを見せにきてくれたことを今思いだしました(何ででしょうか)感受性豊かなお子さんだったのですね!それでも平然とそんな彼らを食べちゃうなんて笑 こどもって残酷です笑

14/09/27 suggino

>夏日 純希

コメントありがとうございます!
そのとおりだと思います。そうなんですよ。でも全力で、全身全霊で恋ができるというのも、若いうちの特権なのかなという気がします。失恋すればこの世の終わりがきた気分になったり。貝の調理に心を痛めたり。でもしだいにそんな痛みにも鈍くなって、そうしてみんな大人になってゆくのかな。

14/09/27 suggino

>夏日 純希さま!

すいませんー(;_;)敬称抜けちゃいました!失礼いたしました!

14/09/27 suggino

>泡沫恋歌さま

ウワアアア!大変嬉しいお言葉ありがとうございます!恐縮です!
この賞の発表が終わったら、今度は肉付けしてリライトしようかと考えていましたが、どうせならもっと貝についての描写増やしてもいいなと思いました。
あさりのお味噌汁だいすきです!おいしそうな小説を書けるようになるのが目標なので、泡沫恋歌さまのお言葉はひじょうに嬉しかったです。ありがとうございました!

14/09/27 suggino

>そらの珊瑚さま

コメントありがとうございます!
阿鼻叫喚…(´;ω;`)わたしも同じくです笑
このお話のテーマがまさに、そらの珊瑚さまのいうところの「不幸と幸せってものすごく遠くに存在しているわけではなくて案外背中合わせみたいに存在しているのかもしれない」なので、コメントを読んだとき、そうなのそれそれ‼︎と声に出して言っちゃってました。ひとりで。嬉しかったです。
幸せなのにちょっと不幸、という状況はわたしの永遠のテーマのような気がしています。

14/09/27 suggino

>W・アーム・スープレックスさま

コメントありがとうございます!ここで言うのもなんですが、W・アーム・スープレックスさまの作品、好きです。ショートショートの利点をうまく生かし、巧妙でしかも面白い話ばかりで勉強になります。
あさりの浄化作用については知らなかったので、今調べてみてびっくりしました。そうなのですか!夏休みの自由研究課題にいいですねこれ。すてきなコメントありがとうございました( ^ω^ )

14/09/27 suggino

>草藍さま

ひじょうに嬉しいコメントありがとうございます!
シジミ!赤だし!さいこうですね!一般家庭――釣りが趣味のご主人などもいないという意味も含めて――で、じっさい命を奪って食べる、ということが実感できるものは貝だけのような気がします。ただその度々沈鬱な気分になるわけにもいかないから考えないようにしていますが、ほんとうはちゃんと考えないといけませんね。有川浩さんの小説に「命を奪うから、〈いただきます〉なのだ」というような文章があったなと今思いだしました。

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