1. トップページ
  2. 此処ではない何処かへと、駆け抜けて。

滝沢朱音さん

ただいまキノブックスさんのサイトでショートショート連載中です。よろしければご覧ください。 主な作品一覧: https://fc2.to/38hxQW

性別 女性
将来の夢 作家として在りたい
座右の銘 http://akanestory.blog.fc2.com/

投稿済みの作品

5

此処ではない何処かへと、駆け抜けて。

14/09/08 コンテスト(テーマ):第六十四回 時空モノガタリ文学賞【 詩人 】 コメント:8件 滝沢朱音 閲覧数:1628

この作品を評価する

――闇の中、廊下の唸り声で目が覚めた。

「……もう去(い)ぬる。もう去ぬるんよ」
(まただ)
チィィッ。かなり下品な音で舌打ちしてしまってから、美琴はそんな自分を恥じた。時刻は2時すぎ。朝が早い父は二階で熟睡しているだろうし、看護師の母は夜勤。自分しかいない。
「ばあちゃん」
ドアを開けてそっと声を掛けると、小さな影は玄関を向いたままで言った。
「わし、もう去ぬる」
「去ぬるって、どこに去ぬるんよ?」
東京育ちの美琴だが、この半年で祖母の訛りを自然と習得しつつある。脳梗塞で倒れ右半身と言葉とが不自由になった祖母は、故郷の叔父の家でしばらく介護を受けていたが、半年前から実の娘――私の母――がいる我が家に引き取られた。
「……今はここがばあちゃんのおうちよ」
祖母は首を横に振った。今まで何度も繰り返されてきたその意思表示。
「杉浦のおうち取り壊したの、一緒に見たよね?」
祖母の家、すなわち母の実家は、それなりの賠償金と引き換えに今は大きな道路の下だ。三年前の家屋の取り壊しの際にはみんなで集まり立ち合った。その時、母が目を赤くしてこう呟いたことを美琴はよく覚えている。
「帰る家が無くなるって、こんなにもさみしくて心もとないものなのね」
孫の美琴でさえ、帰省して遊んだあの裏庭や離れを恋しく思うのだから、この家で亡き祖父と共に母たち3人姉弟を育て上げた祖母にとっては、どんなにやるせない思いだっか。
「わしは去ぬる。去ぬるんよー!」
唸り声が一段と大きくなった。父を起こすと厄介だ。美琴は慌てて祖母を介助しながら和室に連れ戻すと、静かに襖を閉めた。
「シィッ。みんな寝とるけんね」
祖母はただでさえ皺だらけの顔を一層クシャクシャにして、おおう、と泣いた。
「きっと、待っとるのに……」
(……夢か、うつつか)
亡き祖父のことだろうか。祖母の記憶は時折まだらになり始めているのかもしれない。認知症の人の主張を否定するのはよくない、と学校で先生が言っていたのを美琴は思い出した。
「……まだ夜中やけん、去ぬるんなら明日にしんさい」
そう宥めると、祖母は美琴に視線を移してまじまじと見つめてきた。少し白濁したその目は、突然、歓喜で見開かれた。
「ジョー、あなた、ここにいたの!」
「……え?」
呂律の回らない祖母の口が急に滑らかになった。それだけではない。あれだけの訛りが消えたのだ。
「私よ、ベスよ。何年ぶりなの。懐かしいわ!」
美琴は驚愕した。
「何言うとるん。ばあちゃんの名前は育子じゃろ?」
「もう、ジョーったら。それは言わない約束でしょ」
祖母は口元を皺以上にもっとすぼめ、「うふふっ」と笑った。美琴は恐怖のあまり泣き出しそうになりつつも、話に付き合ってあげたほうがいいと思い、何とか堪えた。
「えっと……ベス、あなたと私はどういう……?」
「本当は幼なじみだけど、二人きりの時は姉妹。そうだったわよね」
たぶん何かの設定なのだろうか。美琴は必死に頭を巡らせた。ジョーとベス。姉妹。戦前生まれの祖母。
「『とおい日の思い出の甘さよ……』」
祖母は目をつぶり、口ずさんだ。
「ジョーお姉さま。あなたはいつも屋根裏部屋で詩を書き、病弱な私はそれを楽しみにしていた。あなたのことが大好きだった」
「ええ……」
「あなたに憧れて、詩を書く真似事をしたりして。いつも追いかけていたわ」
その時、祖母は急に目をしばしばさせ、涙を堪えるように口元を一文字に締めた後、静かに呟いた。
「なぜ、先に逝ってしまったの。ジョーであるあなたが……」

「付き添ってくれてたのね、美琴。ありがとう」
今度は夜勤明けの母の優しい声で目が覚めた。あたりは早朝の明るさ。
(あっ……!)
美琴は慌てて身を起こし、祖母を見た。介護用ベッドの傍らに突っ伏したまま、いつのまにか寝入ってしまったらしい。祖母はいつもどおりの皺だらけの顔で、口を少し開けて眠っている。
(……夢?)
「ばあちゃん、また夜中に起きたのね」
「うん。いつものように『去ぬる』って言って、玄関に向かおうとして」
「……そう」
母は哀しげに笑った。そして、思い出したように鞄を開けて本を取り出し、祖母の枕元に置いた。
「これ、ばあちゃんが昔から好きだった本なの。ばあちゃん、あの時代の人にしてはかなりの文学少女だったのよ」
さすがに疲れた口調で、だけど楽しげに母は続けた。
「懐かしくて、患者さんが読み終わったのを思わず借りてきちゃった。ジョーという女の子が出てくる場面は、何度も読んで聞かせてくれたものよ」
美琴は思わず声をあげ、目を閉じた。

――嵐の前、束の間の平穏な時代。
日本の片田舎で外国の本の人物になりきって会話をする、少女二人の姿がはっきりと見えた。

「私も読んでもらうわ。ばあちゃんが起きたら」
本の表紙には、『若草物語』の文字――


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/09/09 滝沢朱音

★★★★★★★★
『若草物語』は明治頃に翻訳されていたそうですが、登場人物は和名だったとか…?
昭和初期での翻訳状況は結局よくわからないまま、この話を書きました。
時代設定などが間違っていたら、申し訳ありませんm(_ _)m
もし、よくご存知の方がいらしたら教えていただけるとうれしいです♪


今回は、この曲を聴きながら書きました。

BGM:「アルカディア」キリンジ
http://youtu.be/3hLtE9gT1CE
★★★★★★★★

14/09/09 夏日 純希

作品を読んで、今は亡きおばあちゃんのことを思い出しました。
最後少しボケちゃったこともあり、なおさら・・・ね。
感傷を誘ういい作品でした。

ごめんなさい。若草物語読んだことがないまま、本作読んでしまいました…。
きっと感動も半減したことかと。

あと、これだけは言わせてください。

「此処ではない何処かへと」とくれば、
「胸を焦がすよ」と続きます。
(『ここではない、どこかへと(GLAY)』を聴きながら)

えぇ、そうです。
ただ、ジェネレーションギャップが悲しかっただけです(泣)

これは、時空モノガタリ賞いけるのでは!?
Kさんのストライクゾーンのような気がします(勝手に予想)

14/09/09 光石七

拝読しました。
おばあちゃんの中で、少女時代に若草物語ごっこをした亡き友人は特別なのでしょうね。
素敵なお話でした。

14/09/09 滝沢朱音

★★★★★★★★
【訂正】
主人公の美琴の三人称で書きましたが、序盤1ヶ所
『半年前から実の娘――私の母――がいる我が家に引き取られた』と
「私」で書いてしまいました。。

>夏日さん
読んでくださって、コメントもありがとうございます٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
今回の「詩人」が難しくて、ほんとにギリギリまで悩んで書きました。
時間があれば、いろいろともう少し調べたかったのですが。。。

そっか、タイトルそのものの曲があったのですね!(*ノωノ)
しまった、それBGMにすればよかった〜笑

人は年老いて、思い出や夢の中に還っていくのかも、なんて思いながら書きました。
おばあちゃんの「此処ではない何処か」感の切なさが伝わっているとうれしいです。


>光石さん
ありがとうございます!
ジョーと呼ばれた女の子は、物知りで夢を持った小さな詩人で、
ベスであるおばあちゃんにいろんな影響を与えたんだろうな〜
と、自分なりに想像しながら書きました(*>ω<*)
★★★★★★★★

14/09/10 草愛やし美

滝沢朱音さん、拝読しました。

おお、そうでしたか、思い出しましたよ、あの名作を。私も読みましたねえ、『赤毛のアン』と並び、少女が最も少女らしくなれる本でした。四人姉妹はそれぞれ性格も運命も違っていて、興味津々で読み進みました。あのわくわく感は少女のあの時代だったからこそ得られたものかもしれません。そう思うと、このおばあさんの気持ちが凄くよく伝わってきました。
まだらの認知症になってしまったおばあさん、周りの者は振り回され大変だと察しますが、ある意味認知症は当人にとって幸せな時間も持てると感じています。わからないほうが幸せなこともあると思いますから……。素敵な物語でした。

14/09/12 かめかめ

私はジョーの真似をして、カーテンをひかずに夜を過ごしています。
うちを見て郷愁を感じてくれる人はいないけれど。

「チィィッ。かなり下品な音で舌打ちしてしまってから、美琴はそんな自分を恥じた。」
この一文が凄いと思いました。

14/09/13 クナリ

ジョーとべス、と聞いてピンときました!
あらすじを少し知っているくらいですが、海外文学に疎いクナリでも多少は分かる有名作品のありがたさ(^^;)。
介護は綺麗事ではありませんが、きれいごとのような心の動きが日々の救いにもなるものですよね。
通り一遍に聞き流しておざなりにせずに、ちゃんと向き合った主人公が良いですね。

ログイン