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遠藤新太と恋文の習い

14/09/09 コンテスト(テーマ):第六十四回 時空モノガタリ文学賞【 詩人 】 コメント:5件 四島トイ 閲覧数:997

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 恋文を書けばいいじゃない、と窓際の蕨野唐子が提案した。風が吹いて手元の英単語帳がパラパラと捲れる。
 漆山与一は同級生女子を見やった。放課後の図書室。周囲に人影がないことを確認して声を潜めた。
「何言ってんだ。恋愛の話じゃないだろ」
「あれ。仲良くなりたいってそういうことじゃないの」
 ねえ、と問いかける先には一人の男子が腰掛けている。
「いやあ、できればトーコ先輩とも仲良くなりたいっス」
「行く行くは学校中の女子とお近付きになる、とか」
「そうっスね。正直、興味はありますね」
 悪戯っぽい笑みを浮かべる彼に唐子も「ほほう」と興味深げに目を眇めた。「名前呼びか」という与一の呟きだけが蚊帳の外だった。
「でも今は、水見ちゃんなんだよね」
「はい。どういう文ならぐっときますか」
「そうだねえ。叙情的であり、露骨に過ぎず、そして秘めたるものを確かに予感させる恋愛詩なら及第点だろうね」
「ハードル高いっスねえ」
 笑みは崩れない。遠藤新太と名乗る高校一年生。気安い態度と開いた襟の下に見え隠れする校則を無視したカラフルなシャツ。それでも短く切り揃えた髪や小柄の体格のせいか、不良じみた雰囲気よりもやんちゃ少年を思わせる。
 初の対面は三十分前。それは同時に、諏訪水見との仲を取り持って欲しい、と彼が告げてから三十分が経過したということでもある。
 与一は再び声を潜めて唐子の方へ身を乗り出す。
「不用意に事を進めるなよ」
「でも水見ちゃんはラブレターとか好きだと思うな。下駄箱の便箋。多大なる修飾に彩られたポエティークな文面」
 得意気に解説する唐子の白い指がゆらゆらと揺れる。
「それに可愛い水見ちゃんに男子の知り合いが漆山君しかいないていうのもね」
 与一の脳裏に、快活に足が生えたような後輩女子の姿が過ぎった。生徒会長が設立した湯ノ島高校恋愛代執行部という名の秘密組織の構成員第二号。全校生徒の恋の成就を本気で目論む、恋に恋する諏訪水見。そのことを考えると与一は頭痛を覚えた。
 眉間の皺を親指で解す与一を無視して唐子は、で、と新太に向き直った。
「何で私達に声かけたわけ」
 えっとですね、と新太は何回か瞬きをしてから続けた。
「諏訪ちゃん、休み時間は教室にほとんどいないんスよ」
 それはそうだ、と与一は心の中で肯いた。彼女が校内で恋仲男女の動向を探るために寸暇を惜しんで東奔西走しないはずがない。
「で、何やってんのかなあ、て思ってたら漆山先輩と一緒に歩いてんのを見かけて。初めは付き合ってんのか、て思ったんですけど。直接聞いたほうが早いかと思って」
「付き合ってるんですか、て」
 唐子が問いかけると、いや違くて、と新太は首を振った。
「何やってんのかな、て」
 わずかに空白があって堪え切れないように唐子が笑い出した。ひとしきり笑い終えると、遠藤君は面白い、と眉をハの字にした。
「よし。君の詩的センスが私を唸らせたら彼女と親密な仲にしてあげよう」
 おい、とかけた与一の声は、向かい合う二人の嬉々とした表情が容赦なく蚊帳の外に叩き出した。


 結局、気がつけば陽はすっかり傾いていた。昇降口に向かう渡り廊下の窓からは藤色にも似た空が見えた。先を歩く与一の背中には、紅玉にも似た煌く星であるとか、冷涼なる靄に差し込む黄金の朝日といった言葉が姦しく突進する。
 ふと昇降口前の駐輪場に諏訪水見が見えて足を止めた。消火栓の陰から、並んで自転車を引く男女を見つめている。眼差しは熱っぽく、抱きかかえた通学鞄を握る手には力がこもっていた。
「諏訪ちゃん、何やってるんですかね。あんな真剣に」
 気づけば与一の隣に新太が立っていた。言ってから「内緒なのはわかってますけど」とおどけるように付け足した。
「恋路を応援してるんだよ。他人の恋を。必死でね」
 不意に唐子が口を開いた。与一は驚いて振り返ったが彼女は寂しそうに微笑むだけだった。
「理由は知らないけど笑う気にはなれないな。水見ちゃんは笑って泣いて一生懸命だから」
 その言葉は背後に圧力を帯びていたが、それで諏訪ちゃんはどうなるんですか、という新太の言葉はとても静かだった。
「他人の幸せを願って。他人の不幸に涙して。拳を握って。下唇を噛んで。夕焼けを見るたびに思い出すんですか。今を」
 それって、と口ごもる真摯な瞳に、与一はかすかな感動を覚えた。だからこそ何も言わずにいると新太の頬はゆっくりと朱を帯びた。
「いやその、俺。何言ってんだホント」
 俯いて早口に捲くし立てる間に、耳朶までも赤く染まる。
 堪えきれないように、お先に失礼します、と言って駆け出した。
 入れ替わるように唐子が横に立った。
「唸っちゃったでしょ」
 可笑しそうに問いかける声を無視して、昇降口を出た。諏訪水見が大きく手を振る上空に星が輝いていた。


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このストーリーに関するコメント

14/09/09 光石七

拝読しました。
ついに恋愛代行執行部のメンバー自身に恋が……!?
でも、水見ちゃん人の恋路の応援に一生懸命だから、新太君よほどアプローチしないと気付かれなそう。
青春の一コマ、微笑ましく読ませていただきました。

14/09/09 タック

四島トイさん、拝読しました。

巧いなあ、といつも思います。生き生きとしたキャラクターであったり、甘酸っぱさを感じる雰囲気、空気感であったり、四島さん独特のものだな、と羨ましく読みました。恋愛代行執行部の物語、楽しみにしています。ありがとうございました。

14/09/09 四島トイ

>光石七さん
 読んでくださってありがとうございます! コメントまでいただけたこととても嬉しいです。この題材は、個人的には書くことが楽しいのでつい詰め込みたくなってしまいます。今回も2〜3割程度削ってこのかたちにしてしまい後悔しきりです。だからこそ登場人物を活かすように読んでくださった光石七さんには感謝のしようもありません。
 ありがとうございました!


>タックさん
 読んでくださってありがとうございます! 以前の蕨野女史の話に引き続きコメントいただけたことありがたい限りです。私には勿体無いお言葉ばかりで恐縮です。
 まだ私の掌で動かせる彼ら彼女らが、本当の意味で活き活きと動き出せるような作品にできるようこれからも頑張ります! ありがとうございました。

14/09/13 クナリ

突っ込み不要の、個性的な面々とまた会えて楽しかったです。
何かが起こっているような、起こっていないような、でも本人達は必死で、…この「学校感」がいいですね。
話がテンポよく転がって行くので見落としそうになりましたが、新たな登場人物が加わっても各人ひとりひとりの魅力はちゃんと発揮されている、その構成も出色ですね。

14/09/15 四島トイ

>クナリさん
 読んでくださってありがとうございます! 拙い話運びを登場人物の力で強引に展開しているかたちで己の力量不足が情けないばかりです。
 しかしながら、短編作りに頭を捻る合間に彼ら彼女らの日常を考えると少し気晴らしになっているのも事実でして……我が事ながら、いつかカタチになるといいなあ、と孫を見つめる気分です。
 私には勿体無いほどのコメントで恐縮しきりですが、今後ともよろしくお願いします。ありがとうございました。

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