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参上!おっさん仮面

14/08/24 コンテスト(テーマ):第六十三回 時空モノガタリ文学賞【 告白 】 コメント:0件 きまねこ 閲覧数:694

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「待てい、そこの若人よ!まだ希望と未来に包まれた柔らかな新芽のような尊い命を、桜の花びらのように簡単に散らしてはならない!さぁ、こっちへ来なさい。悩みがあるなら私がじっくりと聴いてやろう!」
青空の下に広がる凛々しい声に振り返った視線の先には、例の昆虫をモデルにした某初代ライダーさんのお面を付けた小太りのおっさんが、謎のポーズをとって立っていた。
「おっさん仮面、参上!」
――ああ、世の中に救世主はいないんだな。
再び視線を元に戻す。
まるで背丈を競うようにそそり立つビル群。
10階建てのビルの縁からこんにちはしている爪先に下には、無数の車と人間がどこに行くのか働き蟻のように蠢いていた。
今気が付いたが、右足の親指部分に穴が開いている。
飛び降り自殺をした後、『なにこの人、靴下に穴開いてる。ダサーイ』なんて身を寄せ合って笑っている女子高生の図が脳裏を過り、ふつふつと羞恥心が顔を出す。
やはり、しっかり揃えて脱いでおいた革靴は履いておくか。
就職祝いに買ってもらった茶色の革靴は、まだ1回も磨いていないのに本来の光沢を保ったままだ。
俺が縁から離れたのを自分の声掛けのお陰だとでも思ったのか、おっさん仮面という名の変態は弾んだ声でベルトの上からはみ出した腹を揺らし走り寄って来た。
先週の夏祭りの屋台ででも買ったのだろうお面の上から覗くみすぼらしい頭に生えた微かな希望が、そよ風が吹くたびに控えめにくねっている。
「よしよし、よくぞ思い留まってくれた。ただでさえ少子高齢化が問題視されている日本において貴重な若い命だ。いや、礼など必要無い。これは自らの足で戻って来た君の勇気の賜物だ」
「いや、別に飛び降りるのを止めたわけじゃないんで」
「はっ?」
「靴下に穴が開いてたんで、靴を履きに来ただけです。それじゃ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「なんですか」
半袖のワイシャツから伸びた腕におっさんのじっとりと湿った手が回り、俺の動きを止める。
気持ち悪い。
瞬間的にそう思ったのと反射的に腕を振り払ったのはほぼ同時で、その衝撃でおっさんは2、3歩進みながらよろめいた。
明らかに50過ぎのおっさんに、こんな保湿度は必要ない。
「自殺を思いとどまってくれたんじゃないのか?」
「さっきの会話の何処に思い留まるきっかけがあったのか、俺には思い当たる節がありません」
「そ、そんな……」
俺の行く手を阻むかのような形で、おっさんが項垂れる。
何をそんなにがっかりすることがあるのか俺にはわからないが、こんな何処の誰ともつかない変態に付き合っている暇はない。
俺は今日この世とおさらばする決心をしたのだ。
今まで何事にも中途半端を突きとうしてきた俺が初めて決心したことを、邪魔されるわけにはいかない。
親に言われるがままに進学や習い事をしてきた。
周りの人間も親のお眼鏡に叶った人間ばかりが集まり、ただそいつらのご機嫌を損ねないよう適当に笑って過ごす日々。
ここに就職したのだって親の勧めだ。
だからだろう、親の言いなりになって苦労もなにもせずに生きてきた俺には、好きでも無い仕事を続ける気力も、その仕事で大きな失敗をして立ち直る力強さもこれっぽっちも持ち合わせていない。
だから、上司に怒鳴られただけで自殺なんかしようとしている。
後悔も迷いもないのが妙に笑えた。
「頼むから自殺を止めてくれ。じゃないと私は認められない!」
「はぁ?」
何を言ってんだ、この変態。
「私は半年前この会社をクビになった。定年間近の男に再就職先なんて簡単に見つかるわけがない。うまくいかないことに腹を立て、酒に溺れては荒れに荒れた。妻は出て行ってしまい帰って来ない。連絡もつかないんだ」
「そんな告白聞きたくないです」
ビルの屋上に四つん這いになるおっさんを上から見下ろす日が来るとは思っていなかった。
予想外の経験だが、この先役に立つとは思えない。
「だから、だから君を助ければ新聞に載って、妻が私を見直して戻って来てくれるかもしれないと思ったんだ!」
「……」
くっだらねぇー。
くだらなさ過ぎて言葉が出ない。
「というわけで、自殺を止めてもらえませんか」
お面越しにおっさんが見上げてくる。
「あぁ、はい」
こんな脱力感に見舞われて、とてもじゃないがこれから飛び降りる気になんてなれなかった。
仕事に戻ろう。
そして、明日にでも辞表を出そう。
こんな駄目なおっさんがこの世に存在しているんだ、親にはむかって勘当されようがどうにかなる気がしてきた。
「ありがとう! これで私も認めてもらえる!」
喜びのあまり両手を握ってきたおっさんに、俺は静かにこう伝えた。
「まぁ、俺が自分で飛び降りるのを止めただけなんで、新聞には載らないですけどね」
「……しまったー!」

こんな大人には絶対にならないようにしよう。


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