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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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割引券

14/08/18 コンテスト(テーマ):第三十八回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:775

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 なにげなくはいった店で、たいして期待もせずに食べたランチがうまかったときほど、うれしいことはない。
 私がたべたのはカレーで、肉のかわりにメンチカツと鶏のから揚げといういささかイレギュラーなしろものだった。
 朝の十一時過ぎということもあって、わりと広い店内は他に客の姿もなくガランとして、私がきてようやく店のものが営業中の札を入り口につるしたぐらいだった。
 レストランというよりは食堂のほうがぴったりしている。天井から聞こえてくる音楽もジョン・デンバーといった、一昔前の、しかし良質の曲だった。
 注文をききにきた女は、五十がらみの黒い衣服の、目の下に隈を作って疲労感をただよわせていた。最近のファーストフーズ店によくみられる若いが化粧は一人前で、通り一遍ながら応対もまあそこそこの店員とは、隔絶していた。
 私が着いたテーブル席から、厨房をとりまくカウンター席がみまわせた。
 カウンター上の棚にずらりとならぶいろんなサイズの酒瓶から、ここが夜はバーになることをうかがわせた。テーブルもカウンターも、がっしりした黒光りする木でできている。夜のほうがおそらく、いそがしい感じがしないでもない。
「なににいたしましょうか」
 女は表情とぼしく、どこかこわばっているようにもみえ、とりようによってはこんなにはやく、やってくるなんてと、腹でぼやいているようにもみえた。
 私はポケットから、しわくちゃになった紙きれをとりだした。タウン紙から切りぬいた割引券で、その対象となる何軒かの店のここもそのひとつで、百円引きのカレーが食べれるという理由できょう、来店したしだいだった。
 女から、ケチなやつとおもわれはしまいかと気がひけながら、おずおずと私はその紙切れをさしだした。じつをいうと割引券を利用するのは、きょうがはじめてのことだった。
「かしこまりました」
 女はそれだけいうと、厨房にもどっていった。その厨房にはさっき、頭に調理用の帽子をのせながら男がはいっていくのがみえた。おそらくは亭主か。私の来店が、ふたりをスィッチオン状態にさせたらしかった。
 かれらはこの店をふたりでずっときりもりしてきたのだろうか。そんなどうでもいいような考えにふと私はとらわれた。
 かれらの存在はちょうど、どこか山の奥にできた洞窟を、何年も何年も、風がふきぬけるのとおなじぐらい、私の日常とはまったく無縁でありながら、しかし確実にここで、つづいてきたのだ。
「おまたせしました」
 やはり、客が私ひとりということもあり、注文の品ははやばやと出てきた。
 女がはこんできたカレーは、私好みのどろりとしたものではなく、さらさらした、具と米の区別が舌にはっきりわかるしろものだった。福神漬けがまばらにふりかけてあり、その赤々とした色がちょっとくどかった。
 一口食べてみて、これはいけるとおもった。
 メンチカツはやわらかく、スプーンで切るとなかから、肉汁がにじみでてきた。から揚げは二個はいっていて、これまた噛むと歯に心地よい弾力を感じさせた。
 カレーがくるまでの時間を私は、壁にいっぱい貼られた品書きをみてすごしていた。何種類かあるランチの具材はおもに、夜の酒のつまみ、肴のあまりからできていることを私に教えていた。昼は食事、夜は飲み屋をかねるこの店の、効率のよさが伝わってきた。
 私はカレーをすべて平らげ、満足してレジにたった。
「ありがとうございます」
 女はあいかわらず愛嬌もなくいった。
 つり銭をわたすとき、私がさっきわたしたはずの、割引券を黙って返してきた。
 聞き返すほどのことでもないと思い私はそれを、小銭とともにうけとった。
 はたして私はそれから一週間後に、ふたたびあの店に入った。
 このあいだとほとんど同じ時刻で、女はやはり疲弊した顔でむかえ、男はおもむろに営業中の札を入り口にかけにいった。
「いらっしゃいませ」
 女はこのときも黒い衣服で私の前にたった。金色のイヤリングも、変りはなかった。
「カレーね」
 私は前回よりいっそうしわくちゃになった割引券を女にわたした。
「かしこまりました」
 そのさい女がちらと、私に視線を投げかけるのをみた。
 そのとき、ふと私は、この女と、どこかで会ったことがあるような気がした。
 記憶のどこをまさぐっても、そんな事実はないのだがそれでも、いったん浮かんだ気持ちはぬぐいとれなかった。
「どこかでおあいしましたか?」
 私はふだんから、よく考えもしないでおもいついたことを口にするわるいくせがあって、あとで後悔しては、じぶんの軽率さに立腹するのだが、いままたその軽はずみなくせがついでてしまった。
「先日のことですか?」
 女はそういうと、私からうけとった割引券を胸の高さにもちあげてみせた。
 女が厨房にもどっていくのを見送りながら私は、なぜか気分はいつになく明るくなっているのに気がついた。
 きょうこの店からでるときも、くれるだろうか。私はカレーがでてくるまでのあいだ、女との再会を約束してくれる割引券のことを、考えつづけていた


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