メラさん

 主に純文学系を書いていますが、特にジャンルにこだわっているわけではありません。気ままに、マイペースに小説を書いてます。

性別 男性
将来の夢 世界平和
座右の銘 知足。悠々自適。日々新た

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14/08/14 コンテスト(テーマ):第三十七回 【 自由投稿スペース 】 コメント:1件 メラ 閲覧数:730

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 何年間ここにこうして置かれていたのだろう。誇りの被った机の上には、同じように誇りの被ったゲーテの詩集が置いてあり、僕がそれを手に取ると、かすかに窓辺から漏れる光の中、細かい埃が舞うのがよく見えた。僕は何故だか光の中で舞う細かい埃に一瞬目を奪われた。
「ごめんなさいね。この頃掃除していないものだから。でも、できるだけこのままに残しておきたくて」
 牧野の母親はそう言ってから、南側の大きな窓を開け、立て付けの悪い網戸をいささか苦戦しながらようやく開けた。網戸が開くと、部屋は一気に明るくなり風が抜けた。僕は本を机の上に戻した。
 明るくなった部屋を再び見渡す。数年前、僕が毎日のようにこの部屋に入り浸っていた頃と、ほとんどまったく同じ状態だと気づく。
「どう?懐かしい?」
「え、ええ。まあ・・・」
 懐かしいと言えば懐かしいし、この部屋に牧野本人がいなくて、部屋に入る事をきつく禁じられていた牧野の母親と二人でいる事に、僕は違和感を通り越した気味悪さを感じた。
「吉岡くんがいつも来てた頃、まさかこんな風になるなんてね・・・」
「ええ・・・」
 返答に窮するが、僕は何も言えない。
 牧野が自殺したのは三年前だ。この部屋で、睡眠薬を大量に飲み、翌日発見された頃にはすでに息を引き取っていた。
 僕は当時、東京で当たり前のように、パッとしない大学のパッとしない文学部に通いながら、サークルの飲み会に明け暮れ、深刻な悩みとは最も縁遠い暮らしをしていた。
「吉岡くん、脚本家になれたんでしょ?」
「いえ、脚本っていったって、小さな舞台をやっているだけです」
 脚本家。という事になっているが、アルバイトしながらじゃないと食ってはいけない。
「夢だったんだもんね」
「はあ」
 そう言われると、まるで僕が悪い事をしているかのような気になってしまう。牧野は小説家になる夢に挫折し、僕は続けている。ただそれだけなのに。
「さて、吉岡君も色々考えたい事あるだろうし、ゆっくりしてって。オバさんは下にいるから。喉乾いたり、お腹空いたら言ってね」
 牧野の母親は気を利かせたのか、僕が困っているのを察したのか、部屋を出ようとした。
「あ、お構いなく」
「あら、吉岡くんも大人になったのね。でも遠慮はいらないからね」
 彼女がドアをバタンと閉じると、部屋の中は再び時間が止まったかのように、ひっそりと静まり返った。
 実家には年に一度は顔を出すが、牧野の家にはずっと来てなかった。いや、来れなかった。通夜の席で「たまに田舎戻ったら顔を出して」と言われていたのに。
 吉岡が死んだ時。僕は自分が吉岡を殺してしまったかのような気がしていた。今でもその罪悪感のような感覚は完全に払拭できたとは言えないが。
 僕は壁側の大きな本棚にびっしり並んだ本を一通り眺めてから、机の上で埃を被っているゲーテの詩集を再び手に取った。死ぬ間際に、牧野はこの本を読んでいたのだろうか?
 パラパラとページをめくると、栞の紐が挟んであるページがあった。そういえば牧野はこの紐の名称を「スピン」というのだと教えてくれた。
 スピンの挟んであるページの最初の詩。
「空はどこに行っても青いという事を知るために、世界を回ってみる必要はない」
 牧野が仮にこの詩を読んだとして、いったい何を思い、どう死を決意したのか。
 牧野は東京へ行く僕に否定的だった。
「文学は場所を選ばない」と言っていた。僕もそう思う。だけど僕は家を出た。町を捨てた。空が青いことを確認しに行ったわけじゃない。しかし、東京の空の色は少しくすんでいるという事は分かった。
 大学最後の夏休み。十日間の滞在期間。ほとんど毎日牧野と酒を飲んでいた。いつもと変わりなかった。いや、きっと何かが違っていたのだろう。でも僕は見抜けなかった。気付けなかった。
 僕が東京に戻った三日後。その訃報は届いた。
 牧野は性質の悪い冗談をよく言う奴だった。数人でいても、場を白けさせることもしばしばだったが、牧野の冗談は何故か僕を笑わせた。それも、腹を抱えるほど。しかし、最後の知らせは僕を笑わせなかった。
 僕は詩集を持ったまま、昔よくそうしていたように、窓辺に腰掛け、よく手入れされた庭を見下ろした。よくここでこうして、高校生のくせにたいした味も分からずビールを飲み、タバコの煙をくゆらせた。
「人はいったい、最後はどこへ行くんだろう」
 牧野はいつも、そんな途方もないテーマを考えていた。だけどいつも議論の果てに、僕が面倒臭くなって議論を投げた。
 庭のサルスベリの木が、ほのかに風に揺れている。ピンク色の蕾が、今にもはちきれそうに膨らんでいる。
 スピンを元に戻してそっと本を閉じる。よく晴れた空を見上げる。いい天気だった。青い空は、どこまでも青い。牧野は空の向こうへ行ったのだろうか?そこはどんな色をしているのだろう。


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このストーリーに関するコメント

14/08/15 泡沫恋歌

メラ 様、拝読しました。

まさに純文学ですね。

主人公が心の中で自問自答しながら、亡き友人の死について語っていく。
けれど、結局、真実は当事者にしか分からないし、遺書がないのなら
何も語りたくなかったのでしょうか。

静かに心に滲みる物語でした。

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