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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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またひとつ宇宙が美しくなった

14/08/11 コンテスト(テーマ):第六十四回 時空モノガタリ文学賞【 詩人 】 コメント:8件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1249

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 私の手元に、一冊の詩集がある。
 鮎良歩夢―――それがこの詩集をだした人の名前だった。きまぐれに立ち寄ったフリーマーケットのかたすみで、彼はひっそりと古本を売っていた。その控えめなところにひかれて私は、彼の店先にしゃがみこんだ。
 本はみな文学作品ばかりで、漫画や低俗な雑誌はみあたらない。なかに私の好きな作家の、初期の作品を集めた文庫をみつけて、
「これ、ください」
 おどろいたようにこちらを見返した彼は、なかばうろたえながら、
「ありがとうございます」
 もしかしたらはじめての客では………私はおもわず笑ってしまった。
「いい本ばかりね。あなたの趣味なの」
「え、まあ………」
 私がえらんだ本といっしょに彼は、こっそりなにか冊子のようなものを袋にいれた。
「ぼくの書いた詩なんです。よかったら、お読みください」
 みると彼の膝のよこには、本を買う一人一人にあたえるつもりか、同じ冊子がつまれていた。
「へえ、ありがとう」
 興味にかられて私が冊子をだそうとするのを、さえぎるように彼はいった。
「あ、かえってから、読んでください」
 彼を困らせるつもりは毛頭なかったので私は、べつの売り場をまわってから、フリーマーケットをあとにした。
 私はそれから、なにかといそがしい日々をすごした。
 母が病で倒れ、姉弟はだれもあてにならないので、看病のために一時実家にもどった。回復の兆しをみせはじめたところでふたたびもとの一人暮らしにもどると、まえの仕事はやめていたのであらたにレストランのウエイトレスの職につき、なれない客あつかいに神経をすりへらした。煮えきらない彼とは会えばいつも喧嘩ばかりして、心がやすまるときがなかった。
 そんなとき、彼からもらった詩集をなにかの拍子に私は手にした。
 気持ちが寛いだときにでも読もうと思いながら、すでに半年あまり、冊子は本の間にはさまったままだった。
 あのときの彼の印象から、孤独とか、淋しさとか、あるいは虚無、もしくは不毛―――そんな意味合いの詩を私は勝手に思い描いていた。それならいまの私の現実となんらかわりはなかったので、わざわざ手に取って読む気にもならなかったのだ。
 ところが、その詩集をひらいた私の目に、つぎのタイトルがとびこんできた。
『またひとつ宇宙が美しくなった』
 私はそれから、夢中になって、すべてのページに目をとおした。五十篇の詩はみな、ふだん私たちが見落としがちな日々の生活のなかからとりあげた、ごくふつうのなにげないものを、詩人独特の見方で賛美したものだった。たとえば件のタイトルの詩は、ある障害者が描いた一枚の花の絵からモチーフをえていた。

  花が咲いた みたこともない花が咲いた ある日あるとき突然に、前触れもなく花が咲いた―――

 ではじまる詩のラストは、その花が生まれたことにより、またひとつ宇宙が美しくなったと締めくくってあった。
 私は、あのどこかぼぅっとした、ものいわずな彼の顔をおもいうかべた。花が一輪さいただけで、宇宙が美しくなったとは、おもしろいとらえ方をするものだ。私はすなおに感心した。そうなったときの私の性格で、もういちど彼に、むしょうに会いたくなった。詩集に連絡先の電話番号が記してあったので、さっそくかけてみた。
「いいですよ。駅からの道順をいいますから………」
 そのときたずねた道のりを、きょうの日曜日に私は、なんども迷いながらたどっていた。
 電話できいたときは簡単だった道も、いざじっさいにあるいてみると、なんとも複雑で、ややこしくまがりくねり、起伏もあって、いつしか私はまわりにひとつの民家もみあたらない辺鄙な場所にやってきていた。
 だれかにきくにも、あたりに人影はなく、しかしこういうときの私の性格で、ぜったいにみつけてやるとの意気込みで、もういちど電話することもなくそのまま、前進をつづけた。そのときだった。
 両側にたちならぶ木々の、裸の枝に青葉がひろがり、みるまにそれは繁みとなって空に拡大した。土くれの道端に、芽が吹き、茎がのび、まもなく薄桃色の花々が咲きひらいた。まるで私を誘うかのように、それらの不思議な現象はつぎつぎと連なっておこった。私は、確信を得て、これまでなんでもなかった木が、花が、道が、これまでとことなる姿をみせてゆくのに誘われるように歩きだした。

 ◆

 彼女は、あるきはじめた。
 その歩みにつれて、木はみたこともない花をつけ
 花もまた明日の花をひらき
 だれもあるいたことのない道が遠く、どこまでもつづいていった。
 歩くにつれて彼女もまた、これまでの彼女からだんだんと、ちがうひとのそれに姿をかえて、やがて宇宙の中のひとつとなり、そしてひときわ美しく輝きはじめた。


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このストーリーに関するコメント

14/08/11 ナポレオン

拝読致しました。
一輪の花から宇宙の美しさを思う、詩人の感性を素直に羨ましく思ってしまいました。最後に歩き始めた彼女を飾る美しい世界もとても印象的でした。

14/08/11 W・アーム・スープレックス

ナポレオンさん、コメントありがとうございました。

今回の作品は、おっかなびっくりで出しました。応募しておきながら、読み返しもしてなかったのです。ナポレオンさんのコメントを読み、ようやくその勇気が出ました。以前に書いた詩を中心にして作品ができたのですが、いまだにおっかなびっくりな気持ちは変わりません。

14/08/23 かめかめ

W・アーム・スープレックスさんの作風と違ってびっくりしました。
繊細で美しい世界。おもしろかったです。

14/08/23 W・アーム・スープレックス

なるべく一篇、一篇、いつもと違う作風とおもって書いています。
かめかめさんの評価もまたいつもと違うので、これにはすなおにうれしかったです。

14/09/02 草愛やし美

W・アーム・スープレックス様、拝読しました。

読み落としてました、大汗。とても素敵な詩人の世界、詩というものがイマイチわからない私にも、なんだか詩はこういうものなのかもしれないなあと思えました。
私も彼の詩集を読みたいという強い想いにかられます。彼女の歩く道そのものが美しい詩として輝いているというラストもとてもいいですね。

14/09/02 W・アーム・スープレックス

草藍さん、コメントありがとうございます。

作品であつかっていた詩の全文をのせておきますね。実際に、知人が書いた一枚の絵に感銘を受けてできました。(いまこの詩、原画といっしょにさるところに展示してあるのですよ)


またひとつ宇宙が美しくなった

花が咲いた 見たこともない花が咲いた ある日ある時予告もなしに 
突然花が咲いた
だれかのためでも 自分のためでもなく 思いのままに 好きなように花ひらいた
冷たい風に芽はこわばり 茎ははげしく揺れても そのこわばりや揺れさえも 花びらを押しひらく力になって きみのすべてがそこに満ちあふれた
またひとつ宇宙が美しくなった 

14/09/09 光石七

拝読しました。
詩の素晴らしさもさることながら、詩を読んだ後の彼女の世界の変化に引き込まれました。
詩の持つ力を感じさせてくれる作品でした。

14/09/10 W・アーム・スープレックス

光石七さん、お元気ですか、コメントありがとうございます。

以前から、詩と散文の混合した作品を書きたいとおもっていて、今回のテーマのおかげでそれが実現しました。詩は言葉としての力が散文より強いので、うまく折り合いがついたかどうかはよくわかりませんが。

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