光石七さん

光石七(みついしなな)です。 子供の頃から空想(妄想?)が好きでした。 2013年から文章化を始めました。 自分では気付かないことも多いので、ダメ出しを頂けるとありがたいです。

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蛍籠

14/07/27 コンテスト(テーマ):第六十一回 時空モノガタリ文学賞【 夜に光る 】 コメント:9件 光石七 閲覧数:1214

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 まもなく暮れ六つという頃。弓月藩江戸屋敷の居室でそよは一通の文に目を通していた。読み終えるとそよは無造作に文を畳み、びりびりと裂いた。
「よろしいのですか? ご実家からでは?」
侍女のたづが遠慮がちに尋ねる。
「構いません。先日の文と同じ事しか書いてありませんから」
そよは答えた。
「これは捨てておきなさい」
「かしこまりました」
たづは破れた文を受け取って下がった。
(殿のお子を早く……)
文の内容を思い出し、そよはため息を吐いた。父がせっついてくる気持ちはわかる。微禄のしがない下級藩士が、娘が藩主澤伊重盛の寵を受けたおかげで大きく出世したのだ。子を産むことで側室としてのそよの立場も安定し、実家竹村家も安泰。父は竹村家に跡取りの養子を迎えた。一度は身籠りながらも流れてしまい、重盛の心がそよから離れないうちに、と父は焦っているのだ。
 重盛のそよへの寵愛は殊更深い。そよは重盛の正室蓮姫に仕えるために十三で国元を離れて江戸に来た。十五の時に重盛に見初められ、褥に呼ばれた。
(五年で帰るはずだったのに)
側室となって早三年。貧乏藩士の娘から藩主の寵姫に成り上がったそよを羨む者も多いが、そよ自身はその事を喜んではいなかった。
「浮かぬ顔をしておるな」
突然重盛が部屋に入ってきた。そよは慌てて居住まいを正したが、重盛はそれを優しく制した。
「何か気に病むことでもあるのか?」
「そうではございません。少し故郷が懐かしくなっただけです」
「ここの暮らしが不満か?」
「そのようなことは……。ただ、ちょうど八幡様のお祭りの時期だと思いまして。いろいろ昔を思い出すうちに、もう子供には戻れないのだと妙に寂しくなっただけでございます」
そよは本当の胸の内を巧みに隠した。
「祭りか。楽しい思い出があろう」
「はい。山車が大きくてきらびやかで。風車やおはじきを買ってもらうのも楽しみでした。帰る道すがら、蛍が飛んでいたのを覚えております」
「そうか。無邪気な子供の頃が恋しくなったか」
重盛はそよの言葉をそのまま信じた。

 実家にいた頃、そよは毎年のように竹村家の向隣りに住む佐野弥三郎という三つ上の少年に連れられて八幡の祭りに行っていた。佐野家も竹村家と同じく下級藩士の家柄で、弥三郎は長男だった。両家はそれなりの付き合いをしていた。江戸に発つ前、そよは弥三郎と話した。
「本当は、江戸になど行きたくないのです」
「何故だ?」
「……弥三郎様と会えなくなってしまうから」
顔を赤くしながらのそよの言葉に、弥三郎は目を見開いた。そして少し俯いてから顔を上げ、おもむろに口を開いた。
「……私もそよがいなくなるのは寂しい。そよにはそばにいてほしい」
「弥三郎様……」
二人は互いに思い合っていることを知った。
「でも、もうお給金を前借りしてしまったのです。返そうにも当てが……」
「そうなのか。うちで払うことができたらいいのだが」
佐野家も裕福というわけではない。弥三郎の元服が遅れている一因もそこにある。金の都合はできそうになかった。
「ご奉公は五年のお約束です。ですから、五年だけ奉公して帰ってきます」
そよが言うと、弥三郎は頷いた。
「ですから、帰ったら私を……弥三郎様のお嫁さんにしてくださいますか?」
震える声でそよは問いかけた。
「ああ、もちろんだ。五年の間に私も一人前の男になっておこう」
弥三郎は微笑んで答えた。――そよは弥三郎の面影を胸に、江戸で過ごしてきたのだ。

 文を破り捨てた翌日の夜、重盛は蛍籠を持ってそよの元を訪れた。重盛は麦わらで編んだ小さな籠を三つ蚊帳に吊るさせた。行灯を消すと、籠の中の蛍たちがぽうっ、ぽうっと柔らかな光を放つ。
「どうだ? 少しはそなたも気が紛れるか?」
重盛がそよに尋ねた。
「はい、とても心が和みます。私のためにありがとうございます、殿」
「気に入ったか。よかった」
重盛がそよを抱きすくめる。籠の隙間から蛍が一匹抜け出した。一つだけ宙を舞う蛍火をそよは目で追う。
(私も逃げ出せたなら……)
そよの胸をかすめる思い。何者にも縛られず、本当に好いた相手と愛の光を交わし、添い遂げる。そんな生き方ができたならば……。
 だが、もう手遅れであることもそよはわかっていた。今や自分は「おそよの方」と呼ばれる身だ。他の男に嫁ぐなど、よほど特別な藩命でも出されない限りあり得ない。それに、弥三郎ももう二十一。とっくに元服して妻を迎えているはずだ。
「おそよ、泣いておるのか?」
「……殿が、あんまりお優しいから……」
そよははにかんでみせた。本心は深く埋めねばならない。両親と幼い義弟のために。自分は籠にとらわれたまま虚しく光ることしかできないのだ。そよは体の力を抜き、重盛の為すがままに任せた。


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このストーリーに関するコメント

14/07/27 泡沫恋歌

光石七 様、拝読しました。

とても力作の時代小説に感動しました。

この時代には、好きな者同士が結婚することは叶わなかったと思います。
おそよの方には、優しい殿のお子を産んで幸せになって欲しいと思う。

囚われの身のホタルでも自分で輝いて生きていける筈です。

14/07/28 橘瞬華

光石七様
拝読させていただきました。
女の幸せとは一体何なのでしょう。寵愛を一身に受けることでしょうか。否、愛することなのではないかと、この作品を読んで思いました。いくら愛されようと自ら愛することが出来なければそれは籠の中の蛍と同じ。身に沁みました。

14/07/28 草愛やし美

光石七様、拝読しました。

思うようにはなれない身、切ないですね。お家のためにと、諦めるしかなかった昔の時代、姫様となれたけれど、心は悲しいまま。
そういえば、昔、蚊帳に蛍を放ち、遊んだ記憶があります。一度だけ親戚の叔母に連れられ行った蛍狩りで捕えたものを放ったのですが、そのことを思い出しました。
蛍って、湾曲やらジグザグやら一定でなく飛びますよね。しかも、その灯もともってもすぐに消える──そんな、儚い蛍の光と姫となったそよの生き様が重なり、胸が熱くなりました。タイトルもマッチしていて、面白かったです、いいお作だと思いました。

14/07/29 光石七

>泡沫恋歌さん
コメントありがとうございます。
付け焼刃の知識を寄せ集めて、一応それらしい雰囲気は出せたでしょうか(苦笑)
この時代、特に武家の場合は恋愛結婚は難しかったようです。
そよの哀しさと微妙な女の狡さを意識して書いたのですが、恋歌さんの“とらわれの身の蛍でも自分で輝いて生きていける”とのお言葉に「そういう捉え方もあるのか」と気付かされた次第です。

>橘瞬華さん
コメントありがとうございます。
そうなんです、そよは人が羨むほどの寵愛を受けながらも幸せではないんです。
好きな人と一緒になりたかったという未練に焦点を当てて書きましたが、橘さんがおっしゃるように愛することができてこそ幸せなのかもしれませんね。
作者よりも深い考察に、身が引き締まる思いです。

>草藍さん
コメントありがとうございます。
書きたかったことを的確に汲み取ってくださり、うれしく思います。
蛍籠というものを今まで知らなくて、藩主の側室という立場上自由に出歩けないそよに蛍火を見せる手段を考え探す中で検索に引っかかったという……(苦笑)
蛍が光る理由としてよく知られているのは求愛行動なので、そよが自由に相手を選べる蛍を羨む方向に持っていくつもりでしたが、隙間から逃げても良いように作られている蛍籠のおかげでラストが変わりました(苦笑)

14/07/29 光石七

>凪沙薫さん
コメントありがとうございます。
恋愛結婚が難しい時代、互いに惹かれ合いながらも別れるしかなかった人はたくさんいたことだろうと思います。
逃げ出した蛍は単に籠の中から出られないそよの願望のつもりでしたが、もっと意味深な感じになってます? うれしい誤算かも(笑)

14/07/30 そらの珊瑚

光石七さん、拝読しました。

時代小説もお上手ですね!
簡潔で無駄がなく、読みやすかったです。
籠の鳥というと不自由なもののたとえで使われたりしますが
なるほど、籠の蛍というのは、不自由でいて美しいはかなさがありますね。

14/07/30 光石七

>そらの珊瑚さん
コメントありがとうございます。
日本史が苦手でして、この時代のことを調べながら頭がこんがらがっておりました(苦笑)
厳密な時代考証をすれば間違ってる部分もあるかもしれませんが、読みやすかったとのお言葉に救われます。
蛍籠というものも初めて知りましたが、とても風流ですね。一度実際に見てみたいものです。

14/08/02 クナリ

歴史に題材をとりながら、その設定に溺れることなく、現代にも通じる人の想いを描かれているのがさすがです。
時代小説に付き物の、歴史用語などによるとっつきづらさがあまりなく、身構えずに読み進めることが出来るのも、そのおかげでしょう。
主人公の身の振り方と蛍との絡め方も、作品の空気感を作り出していて良かったです。
蛍籠、やってみたいですねえ。

14/08/02 光石七

>クナリさん
過分なお褒めの言葉、恐縮です。
私自身が歴史用語や専門知識が多い時代小説に苦手意識を持っていますが、自分が書くとなると難しいですね。噛み砕いたというより端折ってます、雰囲気を出せたらそれでよし的な(苦笑)
蛍によってそよの身の上と心がより伝われば、と思って書きました。
蛍籠、憧れますね。

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