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四島トイさん

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振り返った少女は

14/07/15 コンテスト(テーマ):第六十回 時空モノガタリ文学賞【 涙 】 コメント:6件 四島トイ 閲覧数:892

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 防波堤の先には鉛色の海が続いている。空は薄い雲に霞み、遠景に見えるはずの島々も身を潜めるように影が揺らめくだけだった。水平線は消失し、海と空の境は判然としなかった。
 軽自動車一台分ほど幅のコンクリートの道を少女が歩く。湿り気を帯びた風が右へ左へと髪と半袖を揺らした。
 防波堤の先端で彼女は立ち止まる。遠い視線。ふと肩が跳ねる。踵を軸にくるりと体が回る。
 振り返った彼女は。

「泣けよお」
 メガホン代わりの丸めたノートで懇願するように森嶋部長が叫ぶ。僕はカメラを止める。吉原先輩はそっぽを向く。
「泣けないんなら涙貸すぞー」
 ジャージのポケットから目薬を取り出す部長に、いらない、と吉原先輩は不機嫌そうに即答した。風に翻弄される髪を苛々とした手付きで結っている。カメラを調整しながら見上げれば、雲が目に見える速さで流れていく。
「泣きたくない」
「そうは言っても泣くシーンなんだよここは」
「何でお涙ちょうだいにしなきゃならないの」
「部室で言ったろ。観光協会が公募してるコンペなんだから泣かせられれば勝ちなんだ」
「あざとい」
「……割り切ってくれよ。いいか。ヒロインは都会の高校から来た。でも海を見ながら、新生活への不安とか、期待とか、後にしてきたものへの愛着が胸に込み上がってきて涙するんだ。そういう脚本なんだ」
「女を泣かせる男は嫌い」
「もう俺が泣きそうだよ」
 手にしたノートを叩きながら部長は必死に訴える。
「そもそも私は役者じゃない。他に役者見つけてからでいいでしょ」
「だがなあ。部員はいないし。三年の先輩達は卒業しちまったし。見つけるには時間が……なあ、船津」
 僕の頭を部長がノートでぽこぽこと叩く。空が次第に黒味を帯びていった。
「……なんか、雲行きが怪しいっすね」
 そうだなあ、と部長は腕を組んで唸った。
「だからこそ映画研究部の未来はこのショートフィルムにかかっていると言っても過言では……」
 話しているそばから大粒の雨が僕の手の甲を打った。

 何でショートなの、としばしの後に吉原先輩が口を開いた。
 雨宿りに逃げ込んだ漁港近くの卸売市場はがらんとしていた。発泡スチロールの箱や木製パレットが積まれていたが、雑然とした雰囲気はない。
 はっとして顔を上げると、彼女の強い視線が部長を真正面から捉えていた。カメラを拭いていた手を休めて恐る恐る視線を逸らすと、森嶋部長が困ったように眉を下げていた。
「だめか」
「駄目とか駄目じゃないとかじゃない。理由を聞いてる」
 二人の先輩が視線を交わす中で僕は身を縮めた。部長が苦笑する。
「他に無かったんだよ」
「嘘。あるでしょ。学生映画のコンペなんてたくさん。まだ卒業までに。脚本練って、機材揃えて、役者見つけて……」
 無いんだよ、と言い聞かせるように部長がはっきりと口を開いた。
「俺が転校する前に参加できるコンペは、他に無い」
 屋根の上を鼓笛隊が練り歩いているような賑やかな雨音が続いていた。
 防波堤の上には真っ黒な雲が流れていたが、雨に霞む景色の向こうには陽の光を感じた。
 いつ、と雨に隠れるような小さな声がした。
「夏休み明けにはもう向こうだ」
 雨足が際立って強くなり、そして静かになった。
 お、晴れそうだぞ、と部長が一際明るい声を出した。
 カメラの準備しろよ、と僕に告げる。
 丸めたノートで俯いている吉原先輩の頭を軽く小突く。
 不意に明るくなった。
 誰かがスポットライトのスイッチを切り替えるように、雲の切れ間から陽が差した。鉛色を照らす光は、中空に白く鋭角に線を引いた。
 カメラを回す。
 たくさんの光を背景に少年少女が並んで立っている。差し込む陽射しが、市場の床を光学的に解析するようにゆっくりと伸びる。それを目で追うように少女は振り返る。
 振り返った少女は。

 三分間のショートフィルムの上映が終わった。テロップに森嶋部長の名前が流れると、隣で見ていた吉原先輩が小さく笑った。
「結局、泣かされた」
「……すみません。勝手に撮って」
 いいよ、と先輩は晴れ晴れとした表情で言う。部室の電灯を点け、プロジェクターの電源を落とす。
「船津君は知ってたんだね。森嶋君が転校すること」
「……すみません」
「でも結局、出展しないんだもんね」
 勝手なもんだよ、と吉原先輩は呆れたように言う。部室の窓を開けると、かすかに秋の気配を感じる風が吹き込んでくる。
「作れれば満足なんだろうね」
 伸びをする先輩に、たぶん、と声をかける。
「先輩の言葉が効いたんじゃないですか」
「私の、何が」
「女を泣かせる男は嫌いってやつ」
 しばしの沈黙があって先輩は、なるほど、と呟いたが、でもね、と続けた。
「泣かせられてもいいな、と思った」
 そう言って、振り返った先輩は悪戯っぽく微笑んだ。


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このストーリーに関するコメント

14/07/15 gokui

 読ませていただきました。
 その涙の訳をはっきりと書かないところがうまいですねえ。
 この映画研究部がその後どうなったのか知りたいところです。まだまだ話は膨らみそうですから。

14/07/16 四島トイ

>gokui様
 読んでくださってありがとうございます! ……読み辛い文章だったかと思いますので感謝し切りです。
 当初のプロットは、絶対感動しない女の子を大学の映画サークルがあの手この手で泣かせようとする話だったのですが、書いているうちに楽しくなってしまい収まりきりませんでした。本作も、整っている、とは口が裂けても言えないような乱雑さで恥ずかしい限りです。
 そんな作品でもコメントいただけたこと、とても嬉しいです。本当にありがとうございました。

14/07/16 ナポレオン

拝読いたしました。
なんというか、書き手の実力をひしひしと感じました。涙と言うテーマを非常に効果的に使っていて話しの流れもしっかりしていてまさにショートフィルムを見ているようでした。
……せっかくだからコンペに出展すればいいのにと思うのは野暮ですね。

14/07/18 四島トイ

>ナポレオン様
 読んでくださってありがとうございますー。まとまらない話でしたのにコメントまでいただいてしまい、ありがたいやらお恥ずかしいやらで……
 ナポレオン様もご活躍のようで何よりです。私も少しでも胸を張れるような自信作を書けるよう頑張ります。今回はありがとうございました!

14/07/19 クナリ

場面や状況は同じなのに、転向のくだりでがらりとトーンが切り替わるような展開がお見事でした。
人間ドラマの切り取り方が、やはりお上手です。

14/07/21 四島トイ

>クナリ様
 コメントありがとうございます! 勿体無いほどのお言葉に顔が火照っております。本作は決して満足できる仕上がりとはならなかっただけに、お見せすること自体に気後れする部分もあるのですがコメントいただけたことはとても嬉しいです。これを今後の糧として頑張ります。ありがとうございました。

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