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きまねこさん

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夜に想うは

14/07/13 コンテスト(テーマ):第六十一回 時空モノガタリ文学賞【 夜に光る 】 コメント:2件 きまねこ 閲覧数:718

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「俺の眼はどうやら腐ってしまったらしい」
加藤がふいに夜空を見上げながら呟いた。
「星の光がどうしても思い出せないんだ」
「そんなことを言ったら僕だって耳が壊れてしまったよ。虫の羽音が煩わしいんだ。車のエンジン音は平気だというのに」
東京の街中にあるにもかかわらず、まるで忘れられたかのように存在する小さな公園。
錆び付いた少ない遊具を一望できるペンキの剥げたベンチに腰掛けながら、僕と加藤は肩を並べて座っていた。
「虫の鳴き声も聞こえないもんなぁ、こんな街中じゃ。俺達の地元じゃああり得ない現象だよな」
水滴が滴り落ちる缶ビールの中身を一気に喉に流し込みながら加藤は相槌を打つ。
僕達の育った田舎ではこの季節、鈴虫や蛙が騒がしく大合唱をしている頃だ。
しかし、こんな街中でそんなものが聞けるわけがなく、日々忙しない喧騒が鼓膜を震わせる。
鈴虫や蛙が潜んでいそうな申し訳程度の草むらが公園の周りや僕達が座っているベンチの後ろに広がってはいるが、そこから聞こえるのは微かな風で擦れる雑草の音だけ。
「なんだか、虚しいな」
僕もつられて残っていた分の液体を胃の中に注ぎ込む。
味わい慣れた苦い液体が食道を流れるが、すっかり気の抜けた常温のビールほど飲んでいてつまらないものはない。
足元に転がる空き缶がまた2つ増え、不味いとわかっているのに新たな缶に手が伸びる。
こんなことになるだろうと予想して、大量に買い込んだのは正解だった。
ストックはまだまだコンビニ袋に入っているし、明日が休日ということもあって時間にも余裕はある。
このまま二人で飲み明かそう。
偶然立ち寄ったコンビニで出会った昔馴染みと交わした約束は、どうやら達成されそうである。
「佐々木はさ、もう何年くらいあっちの方に戻ってないわけ?」
「……さぁ、もう7、8年近くは帰ってないだろうな」
「俺もそんなもんだ」
加藤が背中を丸めてくくっと笑う。
昔と何も変わらない笑い方だった。
東京の都会に憧れて、20歳で上京してきたのが12年前。
無事に就職も決まり、上京してきた当初は頻繁に両親と連絡をとり、長期休暇の際には必ずと言っていい程帰省していたものだが、それも最初の3年ほどのことだった。
東京の交通手段の利便性に慣れ、長い移動時間が辛くなった。
都会の遊びに夢中になるにつれて、交通費が勿体なくなった。
お洒落なレストランで食事を繰り返せば、母の作る田舎くさい料理に嫌気が差した。
そんな不満や不平が何重にも重なり、気が付けばこんなに長い間実家に帰ることはおろか、両親と連絡さえとっていない。
7、8年。
口に出してしまえば簡単だが、その間に僕は随分と老けこんだ。
昔馴染みと再会し、故郷に想いを馳せる程度には歳を取ったのだ。
きっと、加藤もそうなのだろう。
星なんて全く見えない夜空を仰ぐ加藤の横顔は憂いに満ち、腐ってしまったと自負する両目は心なしか湿っている。
「なにかあったか」
「……ああ、まぁ、な」
苦笑と歯切れの悪い言葉と一緒に、加藤は再びビールを煽る。
僕も同じく苦笑で返すが、あえて何も言わない。
こんな歳になってこんな風に悩むなんてみっともないなんて思わない。
むしろ、この歳だからこその悩みだって沢山ある。
もう、昔ほど若くは無いという事実。
便利過ぎる都会は、時に僕には眩しすぎて、煩過ぎて。
耳も眼も、五感全てを遮断してしまいたい衝動にかられる。
進化していく現代で、ぽつんと残されていくような孤独感。
「帰りたいなぁ」
「僕もだよ」
両掌に挟めたビール缶を転がす。
両目を瞑り、深く息を吸う。
微かだが懐かしい土の匂いが肺に溜まり、再び都会の空気と混ざり合う。
夜に光る満天の星空。
それを開け放たれた窓から眺めながら、鈴虫と蛙のコーラスに耳を傾ける。
そうして眠りについていた子供時代が瞼の裏を通り過ぎ、胃の中が熱い物で満たされる。
「今年のお盆は久々に帰省するか」
「そうだな」
「おばさん達に慰めてもらえよ」
「うるさい。そんな情けないことされてたまるか」
加藤が拗ねたように脇腹をこずく。
「いいじゃないか、別に」
「佐々木は親父さんに殴られないようにな。どうせ連絡なんて取ってないんだろう」
「痛い所を突くな」
人気のない小さな公園に、2人分の笑い声が響く。
三十路だろうが幾つだろうが悩みはあるし、誰かに甘えたい時だってある。
いくら世の中的に僕らが大人と呼ばれる年代だとしても、僕達は僕達だ。
子供だった時間が長い分、まだまだ大人になりきれていない自分の方が遥かに多い。
どんなに大人ぶったって、こうして故郷や両親に想いを馳せるのだ。
夜に光る星を見よう。
懐かしい虫の歌を聞こう。
帰り道を楽しんで、母の料理を味わおう。
そして今までそっぽを向いて来た分、少しでも親孝行ができればいいと思う。


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このストーリーに関するコメント

14/07/19 橘瞬華

拝読させていただきました。
冒頭の二人の会話で引き込まれ、その後もするすると読み進めることが出来ました。
内容もいずれ自分の身にも沁みるであろう話で印象に残りました。
評価から時間が空いてしまってすみません、とても素敵な作品だと思います。

14/07/27 光石七

拝読しました。
都会で生活してた時、緑が無性に恋しかったことを思い出しました。
大人になりきれていない自分、主人公たちに共感できました。
帰るだけでも親孝行になると思います。

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