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村咲アリミエさん

村咲アリミエと申します。 一次小説を書いています。

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涙色の紫

14/07/11 コンテスト(テーマ):第六十回 時空モノガタリ文学賞【 涙 】 コメント:0件 村咲アリミエ 閲覧数:824

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 旅人のリクは、とある老人の絵を見るため、定期的に彼のアトリエを訪れていた。
 何度も見た絵だったが、その絵を前にしたその瞬間、身体中に鳥肌が立った。
「ああ……ほんと、俺、いろんな国に行って、いろんな紫色を見てきたけど、やっぱり親父の描いた紫色が一番綺麗だよ」
「ありがとよ」
 老人はふ、と小さく笑うと「なあ、この絵のタイトル、覚えてるか」とリクに尋ねた。
「涙の少女だろ」
 リクが即答すると、老人は幸せそうに微笑んだ。その後、「これなあ」と、小さな絵の額に指先を這わせる。
「魔法がかかってんのよ」
「魔法?」
 ああ、と老人は静かに微笑む。
「涙の魔法なんだ。もうなあ、何十年も前の話だ。こんな小せえ女の子が、このアトリエを訪れた」
 老人は膝のあたりに手をやり、地面と水平にして左右にふってみせた。リクは、それを黙って見つめていた。老人が続ける。
「見た目はまだ年端もいかねえ女の子なんだが、よくよく聞くと、もう三十年近く生きているっていうんだ。もちろん最初は疑ったけどな、あまりにその子がしっかりと話すもんだから、気がついたらすんなりとそれを受け入れていたよ」
「……その人が、その子か」
 リクは、絵を見て言った。紫色で溢れかえるその絵には、髪の長い少女が笑っていた。
「そういうことだ。この人はね、旅をしていると言った。お前みたいにね。しばらく泊めてくれって言うんだけど、結局最期までここにいたよ」
「そんな長いこと?」
「いや、二ヶ月もいなかったが……彼女は元々短命だった。彼女の家族の中では、長生きの方だと笑っていたよ」
「笑ってた……」
「ああ、俺はその強さに惚れたよ」
 老人は、懐かしそうに絵を撫でる。
「いつも笑ってた、こんなふうに。でもなあ、一回だけ泣いたんだよ。俺が絵を描いてて、彼女が隣で見てて。紫色の絵を描いててな、パレットをいくつも使って、全てが紫で埋め尽くされていた。この色はどう? って彼女が言ったからなあ、振り向いたら、彼女が泣いてんだよ。音も立てずに、静かに泣いててなあ。涙がパレットに何粒も落ちてた」
「……その絵は、じゃあ」
「そう言うことだ。その紫で描いた。彼女が逝っちまう数日前に完成したよ」
 リクは、長い長いため息をついた。
「涙の少女か。やっと合点がいった。他のことも納得だ。いくら高い金を積まれても、この絵を売らなかったわけだ」
「売る絵じゃねえからなあ」
「知ってるか? 幻の名画って言われてるんだぜ、この絵は」
「金持ちがそう言いふらしてるのさ。買えたら、それ以上の金が入る。当たり前だ、魔法がかかってるんだからな。この絵はただの紫色じゃない。涙色の紫なんだ」
「涙色の……」
「そうだ。そして、この絵の創作秘話を知ってるのは、世界でまだお前だけだぜ」
 老人の言葉に、リクは「えっ」と目を見開いた。
「嘘だろ」
「ほんとだよ。俺は今まで、誰にもこの絵のことを教えたことはない。お前が最初で、最後だ」
「………………」
 リクは、その言葉の意味を瞬時に理解した。脳内で言葉がざわついたが、ついにその中から言葉が選ばれることはなかった。
 その代わりに流れた涙を、リクは慌てて拭った。
「ばか、泣く奴があるか」
 老人が笑う。
「そういう魔法なんだろ」
 リクは、大きな手のひらに自分の顔を埋め、声を殺して泣いた。
「今なあ、今なら、彼女が笑ってたのが分かるんだ」
 うん、うん、とリクは嗚咽を殺しながら返事をした。ばか、笑って送れと、老人は子供をあやすようにリクの頭を撫でた。

 その数ヶ月後、リクの所に一通の手紙が届いた。ホテルのラウンジにあるソファに座ると、リクは封筒をじっくりと眺めた。差出人は、有名な美術館だった。
 開けると同時に、ホテルの扉が勢いよく開いた。雪崩れるように入ってくる大勢の人に驚き、きゃあ、と受付嬢が声を上げる。彼女には目もくれず、どかどかと入ってきた人々は、手紙を読んでいるリクに駆け寄った。
「あなたが、伝説の名画を受け取ったリクさんで間違いありませんね?」
「画家のユウヤケさんが遺した涙の少女の権利は全てあなたに委ねられたとのことですが」
「俺は200億出すぞ」
「俺はその倍をだそう!」
「三倍だ!」
 リクは、記者にも富豪にも目をくれず、ゆっくりと目を閉じた。
「一昨日亡くなったんだってな。俺は昨日知ったよ。絵の権利の話もね」
「1200億出すぞ」
 凄むような声にリクは静かな笑みを返すと、手紙を振った。
「でかい美術館から、譲渡してくれって言われたから、ここに譲るわ」
「なぜです? 億万長者になれるチャンスですよ?」
 女性記者の言葉に、分かってねえなと言ってリクは立ち上がる。
「あの絵はな、売る絵じゃねえんだ」
 リクはにやりと笑うと、人だかりから顔を背け、静かに涙を拭いた。


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