1. トップページ
  2. 寒い日になったら、きっと

坂井Kさん

今年(2014年)は思い付きと勢いだけで書いてきましたが、来年(2015年)は、状況設定をもう少し固めてから書こうかな、と思っています。スティーヴン・キングによると、「状況設定をシッカリとすれば、プロットは無用の長物」らしいですから。

性別 男性
将来の夢 夢というより目標として、来年(2015年)こそ長編小説を書き上げたい。
座右の銘 明日はきっと、いい日になる。

投稿済みの作品

2

寒い日になったら、きっと

14/07/05 コンテスト(テーマ):第六十回 時空モノガタリ文学賞【 涙 】 コメント:4件 坂井K 閲覧数:846

この作品を評価する

 目の前の道に穴がある。何かを入れてみたくなる。僕はポケットに手を入れて、何かないかと探り出す。ティッシュにハンカチ、定期券。あの子と撮ったプリクラ一枚……。

――彼女に告白されたのは、高校二年の秋だった。「サカイくん。私と付き合ってくれる?」廊下で擦れ違ったとき、いきなり言われて驚いた。「いいけど、どこに?」告白だとは気付かずに、間抜けな返事をしたものだ。「そうだねえ。学校の行き帰りとか、そんなとこ」

 鼻炎の僕の必需品、ポケットティッシュを入れてみる。と、穴の中から誰かの声が。「ありがとう。だけどこれでは足りないよ。君の思いが足りないよ。もっと思いの詰まった物を、そこから落してくれないか?」「落した物をどうするの?」「物から思い出を吸い取って、俺は今まで生きてきた」

――そんなこんなで付き合い始め、僕らは幸せだった……はず。なのに一年も経たないうちに、彼女は僕に言ったんだ。「サカイくん。私と別れてくれない?」と。「何でなの? ちゃんと理由を聞かせてよ」「あなたには、大切な何かが欠けている。そう思えるの。私には」「何かって、一体何なの、教えてよ」

「思い出=食料品。つまりはそういうことなわけ?」「その通り。思い出が詰まった物ならば、何でもいいから落してよ」「吸い取った後の品物、返してくれる?」「ああ。けど、そこには思い出は最早残っていないがね」

――「言われなければ分からない? それじゃあダメよ、気付けなきゃ」「もしも自分で気付けたら、欠けた部分を埋めれたら、やり直すこと出来るかな?」「自分自身で気付けたら、欠けた部分を埋めれたら、クリスマスには告ってよ」そう言って彼女は去って行った。涙を一杯溜めながら。

 僕はプリクラを覗き込む。写真が苦手な僕の手に、唯一残ったツーショット。それを見ながら思い出す。あの子が僕に与えてくれた、数えられない程の笑顔を。だけど僕には贈れなかった。心の底から笑った顔は。「どうしたの? 思い出の品はそこにない?」

――別れを告げた彼女が泣いて、告げられた僕に涙はない。……もしかして、こういう所が原因か? 人前で、僕は泣けない人間だ。喜怒哀楽の全般を表に出せない人間だ。「ロボットか人形なのか、お前はよ」クラスメイトに言われたことは一度や二度ではないけれど、この僕だって人間だ、感情は心に一杯詰まっている。

「ないんだね? 思い出の品はないんだね? だったら俺は消え去るよ」直径が1メートルほどあった穴。徐々に小さくなって行く。半分ほどになったとき、プリクラを右手に握り締め、僕は言ったよ。「待ってよ」と。「そんなに長くは待てないよ」イライラ口調の穴の主。

――僕も小学生までは、表情豊かなガキだった。だけど中学生になり、執拗な苛めが始まった。泣き叫んでも周りの人は、離れた所で見ているだけ。それならば、アピールしても仕方がない。僕は段々と感情を表す意味を失って、表情ないまま涙した。進学で、苛めの心配がなくなって大分経つけど、表情は戻らないまま今に至る。

「一つ聞きたいことがある」「何だい? 早く言ってくれ」「写真を穴に落としたら、写ってる人についての思い出全て、なくなったりとかするのかな?」「撮った前後の思い出がなくなるだけさ。他にまだ思い出が残っているのなら、そのまま心に留まるさ」

――その日から、僕は鏡を前にして、映画やドラマの俳優のやや大げさな表情を真似る練習をし始めた。そのうちに、徐々にだけれど、表情を作れるようになって行った。……僕が彼女の家まで行ってチャイムを鳴らしたときはもう、とっくに正月を過ぎていた。

「だったら良いよ」プリクラを握った右手を穴に入れ、ゆっくり開き、さようなら。「貴重なものをありがとう。君の思いは吸い取った」

――「ヨシノさん。僕は笑顔を見せれるよ。欠けた部分を埋めれたよ。だから、もう一度付き合おう」「遅いよ、来るの。サカイくん。遅すぎるのよ。もう既に」彼女は笑顔で泣き出した。「私には、新しい彼、もういるの」僕も笑顔で涙する。「本当にサヨナラなんだね、今回は」彼女は無言で頷いた。

 プリクラは僕に戻って来たけれど、いつどこで撮ったものかは覚えていない。「甘酸っぱくて美味しかったよ。ありがとう」穴は段々小さくなって、道の上から消え去った。

――「最後に僕と、握手しよ」僕が右手を差し出して、彼女も右手を差し出して、手が合わさったその瞬間、僕らの心も合わさって、一つになった気になった。「僕の表情戻ったの、君のおかげだ。ありがとう」

 彼女との思い出が一つ消え去ってしまったけれど、別にいい。僕の彼女との一番の思い出、それはこの僕の心と右手に残っている。あの日のような寒い日になったら、きっと思い出す。僕の冷たい掌に伝わってきた温もりを。彼女の心の温もりを。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/07/05 クナリ

ここに書かれていない、さまざまなエピソードが二人の間にあって、だからこその彼女の決断だったのだろうな…と思わせる良作でした。
穴の発想は面白かったのですが、それだけに終始こだわるのではなく、本当は二人の心の錯綜が主題になっているという構成が特によかったです。
韻を踏んだ文体も、この不思議で切ない話を軽妙に読ませてくれました。

14/07/06 坂井K

コメントありがとうございます。

私は完成した後で声に出して読む癖があります。自分で音読しやすい文章を書いていったら、こんな感じの文体になっていたのです。

14/07/07 草愛やし美

坂井K様、拝読しました。

独特の不思議な世界が広がっていて、一気に読み進みました。不思議な穴の出現、それによって、思い出を巡らし自分探しをする主人公サカイくん。淡白な書かれ方をされていますが、それが余計にその奥に潜むサカイくんの必死さを伝えてくるように思いました。
過去の嫌な体験から僅かでも抜け出すことができた、この穴の存在は素晴らしいです。穴の最後の言葉が、とても印象深く思えました。きっと、穴の言う「貴重なもの」はサカイくんにとって切ないけれど、素敵な思い出として残ったことと思います。面白かったです。

14/07/07 坂井K

コメントありがとうございます。

本作は、当初『ON THE ROAD』用に考えていた「穴」の話と、『涙』用に考えていた「温もり」の話を、『涙』用に一つの物語にして完成させたものです。

『ON THE ROAD』の締め切りに間に合わなかった「穴」の話を捨てるのがもったいなかったので、再利用したわけです。

ですから、こういった構成になったのは、いわば怪我の功名で、自分でも、上手く行くかどうか最後まで分かりませんでした。

ログイン