1. トップページ
  2. 目的地は彼方にありて

四島トイさん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

2

目的地は彼方にありて

14/06/30 コンテスト(テーマ):第五十九回 時空モノガタリ文学賞【 ON THE ROAD 】 コメント:2件 四島トイ 閲覧数:764

この作品を評価する

 梅雨の真っ只中であった。
 駅前のロータリーはしめやかな雨に霞み、送迎の車が絶えず出入りする。
 買ったばかりの中古車の中でハンドルにもたれ掛かる。フロントガラスでは雨粒が玉になって滑っていく。流れ、伝い、集まる水の粒を目で追うものの、その筋道は予測しようもなかった。
 ポケットの中で携帯電話が震えた。
『すまん親友。のっぴきならない用事ができたんだ』
 僕をタクシー代わりにしようとした友人の朗らかな声であった。悪びれる様子のないその声にため息が出る。
「雨の日に呼び出しておいてそれはない」
『どうせ学生寮で寝てたんだろ』
「大学生には睡眠が必要なんだ」
『アルバイトのやり過ぎなんだよ』
「なんの。勉強もしている」
『もっと出会いを求めろよ。ガールとかレディとかウーマンみたいな、別の染色体とさ。大学で話しかけるチャンスもないじゃないか』
「何だいそれは」
『お前とお知り合いになりたい女の子がいたら、て話さ』
 雨垂れの向こうにハザードランプの点滅が見えた。
「……君はいつもそんな妄想をしているのかい」
『妄想と思い込みは若人の特権だろ。まあ、俺を助手席に乗せられなかった無念さには同情するよ親友』
「……君の言うシンユーは、僕の考える親友とは違うんじゃないだろうか」
『何言ってんだ。親友を信じろよ』
 ドライブでも楽しめばいいさ、と一方的に通話は途切れた。
 顔を上げる。色鮮やかな雨傘の群れと、引っ切り無しに入れ替わる車両の列。帰ろう、と鍵に手をかける。
 不意に助手席のドアが開いた。
 人影がぬっと飛び込んでくる。
 車体が揺れた。
 助手席で息を切らしているのは女性だった。後ろ手に、ばたん、とドアが閉じられる。
 驚いて声も出せないでいると「出してくださいっ」と女性は言った。
「出す……っ、出すって……声を?」
 あ、あーと発声練習のように口を開ける。女性は「何言ってるんですか」と戸惑った表情を浮かべた。
「車を。車を出してっ」
「あ、車。車ですね。はい」
 言葉に操られるように鍵を捻る。エンジン音が響き、ウィンカーも出さないままロータリーを発進した。
 後方で苛立ちの混じったクラクションが聞こえた。


 市街地を離れ、大学に向かう田園地帯を走っていた。
 道の脇に広がる六月の水田には緑の藻が浮いていた。踝が隠れるほどの高さの稲穂は微かな風に吹かれ、土手に並んだ合鴨が雨に降られて丸くなっている。信号機も疎らなアスファルトの道をひたすら走った。
 決して心が落ち着くことはなかったが、教習所で叩き込まれた安全運転第一という優先順位が、どこか頭の中を冷静にさせていた。
 闖入者は黒髪の女性だ。
 呼吸も整ったのか息は切らしていなかったが、横顔には緊張が漲っていた。年下かもしれない。同世代ではある。そう思うとわずかに気安さが湧いた。思い切って口を開く。
「あの」
「ひゃいっ」
 素っ頓狂な声が返ってくる。横を見るわけにもいかず、ハンドルだけはしっかり握って言葉を選ぶ。
「……これ、どこまで行けば」
 しばしの静寂があった。路面の水溜りで飛沫が跳ねるのを感じた。わかりません、という小さな声は聞き逃すかと思えたほどだ。
「わからない、て……」
「先輩に任せますっ」
 意を決したような声に、え、と振り向きたくなるのをぐっと堪える。
「……もしかして同じ大学、なのかな」
 目の端に女性が肯く姿が映った。しかしその横顔にはやはり覚えがない。
「……ごめん。どこで知り合ったのかわからなくて」
「今日初めて話しました」
 ずっと気になってましたけど、とごにょごにょ濁される言葉に脳内の疑問符がぐるぐる回る。
「でも全然、話しかけられなくって」
「……それで、何で車に飛び込んできたの」
「『親友のことなら俺に任せろよ。ロータリーに呼びつけるから飛び乗ってやれ』て言われて……」
 友人の台詞はあまりにも容易に想像できた。次第に小雨になる周囲に合わせるように、今日呼び出された理由がはっきりする気すらした。
「……迷惑、でしたよね。すみません」
「まあ……びっくりした」
 すみません、と女性は助手席で小さくなった。でも、と続ける言葉は自然と出た。
「嬉しくもある」
 小雨の向こうにわずかな日差しが見えた。隣の女性が、何でですかと問いかける。
「……多分、助手席に可愛い女性が乗ってくれたことが」
 わずかな沈黙があってから、彼女が頬に手を添え縮こまるのがわかった。何事かと思って減速する。途端に彼女は顔を上げた。
「止まんないでください。見ないでください。走ってください」
「いやでも……どこへ?」
「どこでもいいんですっ」
 まだ面と向かっては恥ずかしいから、と小さく付け加えられた言葉に頬が火照った。
 濡れた路面に反射した日の光が眩しかった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/07/02 ナポレオン

拝読しました。

テンポ良く読めました。親友のキャラがなかなかかっこよくて良かったです。いきなり女性が乗り込んできたときは何の話かと思いましたが、まさか親友がそんなにいいやつだったとは。

14/07/04 四島トイ

>ナポレオンさん
 読んでくださってありがとうございます! コメントまでいただけたてとても嬉しいです。掌編といえるほどのプロットも立てられず、非常に中途半端なものになってしまいましたが、キャラクターを取り上げてくださって救われた気持ちです。
 次回は少しでも見ていただけるに足る作品にできるよう頑張ります。ありがとうございました!


>凪沙薫さん
 コメントありがとうございます。ありがたい限りです!
 当初のプロットは誘拐犯と誘拐された人が2人で北の果てまで軽トラックで走り続ける話だったのですが……どちらにしても純文学……書ける日を迎えられるよう精進します。
 読んでくださったこととても嬉しかったです! ありがとうございました。

ログイン
アドセンス