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草愛やし美さん

時空文学コンテスト開催100回、おめでとうございます。思えば、初めて私が、こちらに投稿したのは2012年5月のこと、もう4年近く経ったのですね。時空モノガタリさまが、創作の場を与えてくださったお陰で楽しい時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 また、拙い私の作品を読んでくださった方々に感謝しております。 やし美というのは本名です、母がつけてくれた名前、生まれた時にラジオから流れていた、島崎藤村作詞の「椰子の実」にちなんで……大好きな名前です。ツイッター:草藍やし美、https://twitter.com/cocosouai 

性別 女性
将来の夢 いっぱい食べて飲んでも痩せているっての、いいだろうなあ〜〜
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残響の途

14/06/30 コンテスト(テーマ):第五十九回 時空モノガタリ文学賞【 ON THE ROAD 】 コメント:11件 草愛やし美 閲覧数:1504

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 ルート311∞車線、そんな途あったのだろうか……? 僕は、ずっと必死で車を走らせているだけだ。どうして走っているのか考えられないのは、この切迫した空気のせいか。ひたすら走り続け、僕はどこへ行こうとしているのだろう。この一車線道路は、さっき出ていた道路標識で一方通行だと知った。それなら、のんびり走っていてもいいのでは。だのになぜ、僕は何に怖れこんなに急がなくてはならないのだろうか。
 追い越しの車が来ているからか? そのことは、ずっと気になっているが、なぜか、僕はバックミラーを覗くことができない。バックミラーには、過去が映っているはずだから絶対見てはいけないと頭の中のどこからか、制止する声が聞こえているからだ――お前は、過去は二度と見たくないだろうと。
 助手席に座っている妻の結は、凄まじい形相で前を睨んでいる。青白い顔色の妻と僕はずっと二人だけの車中で押し黙ったままだ。さきほどから、車内に響く音を聞いているからだ。妻の黒髪から雫がポタポタと垂れている音だ。ポタリ、ポタリ……ポタリ。異様に響くその音が耳について離れない。車の後部座席には、さきほどまで、父親が乗っていたような気がしている。父は、水産会社に勤務していた。漁港の競り市に寄るのが好きだった父は、あの日も漁港に行き、昼網の競りを見ていたのだろうか。この漁港は朝と昼の二回網が揚がり競りが行われる。トロ箱に入ったとれたての魚が競りに出されると、一挙に、漁港は賑やかになる。新鮮な秋刀魚や烏賊がピカピカに光る光景を見るのは楽しいと、父はいつも話していた。
父はどこにいるのだろう? まだ、会社で僕を待っているのに違いない。そうだ、父は、ついさっき、後部ドアを開け放ち突然飛び降りてしまったのだ。あっと言う間だった。手を伸ばそうと思ったが、僕は微塵も動けなかった。恐怖で諤々と震えているだけの情けない僕。振り返ることができないのだから仕方なかったと、言い訳しかできない自分に腹が立ち、バックミラーをもぎ取って窓から投げ棄てた。父はどうなったのだろうか、心配しているはずなのに、記憶がどんどん薄れていく。そうだ、父なんて初めからいなかったと考えるんだ。そうすれば、僕は楽に生きていけるのではないか。後ろを確認できるものは、もはや、サイドミラーだけになってしまった。だが、父を見捨てた僕には、それを見る資格はないと考えた。そのとたん、サイドミラーが強風で吹き飛ばされ砕け散った。

 母はどうしたのだろう? そうだ、僕は実家の母を迎えに行ったのだ。だのに、一方通行のこの途は、右折も左折も許してくれない。あの途を曲がれば、すぐに見覚えのある実家があるはずなのに。実家は漁港のすぐ傍にある。そこで母は、僕の車を待っているに違いない。このルートはそこへは、行きつけない途なのだろうか。一方通行を無視してUターンしてしまいたい衝動にかられる──誰かがそんなことをするなと叫んでいる。この声は、父だ! さっき車外に飛び出して行った父が戻ってきてくれたのか? だけど、僕は恐怖で振り返ることができないままだ。突如、車の窓ガラスに、大きな亀裂が入った。ビシッ、ビシッ、次々と窓という窓が割れていく。何が起こっているのだ。窓ガラスが割れ、ミラーもなくなったボロボロの車なのに、どうして動いているのだろうか。

 目の前の道路標識に、はっきりと無限のマーク∞が見えた。いや、あれは、8の数字だ。 国道108号の数字を僕が見間違えているのか。僕は目がおかしいだけなのかもしれない。顕著に両手が駄目ということはわかる。震える手は全く力が入らない。何とかハンドルを握っているがそれだけで精一杯だ。汗なのか、全身がぐっしょりと濡れている。車内のどこからか、海水の雫が滴る音が、僕の鼓膜に響いてくる。音は残響となり、どんどん大きくなっていく。ワン、ワン、ウワ〜ン! 壊れた窓から、あの日のように、冷たい風が吹き込んできて、ようやく、自分の頬が濡れていることに気付いた。そうか、残響だと思った音は、自分が声を押し殺し泣いていたのか……。
 ◇
 PTSDと診断されたあの日から、僕はこの車線上に乗ったままだ。ルート311車線は∞無限に続く。一方通行のこの途を、僕は、抜け出せないまま、今も、その途上にある。妻の手を離したのはこの僕だ。父も母も、濁流の海に呑まれた。あの日、僕は妻を車に乗せ、実家への途を急いで走らせていた。だが、間に合わなかった。車もろとも、押し寄せてきた濁流に流された。あの時、どうして僕はあの白い手を離してしまったのだろう。一度は、しっかり握った妻の手が離れていくのをどうしようもできなかった。「あなた、苦しまないで」と、妻の声は聞こえてくるのだけど、悲しくてどうしても受け止めることができない。父さん、母さん、結、僕はどうすればよかったの?


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このストーリーに関するコメント

14/07/01 泡沫恋歌

草藍 様、拝読しました。

国道311号というのは、尾鷲市梶賀〜熊野市須野間の道路のことでしょうか?
私は知らなかったのですが、あの道で大きな事故があったんですか?

∞車線を走り続けるPTSD男の孤独と恐怖が不気味に描かれていて、印象的な作品でした。
最後まで興味深く読ませていただきました。

14/07/01 草愛やし美

お読みいただきましたみなさまへ

この作品は、2011年3月11日に起こりました、東日本大震災の被害にあわれた方々への追悼のために書きました。

被災者の皆さまに、心より御見舞い申し上げます。また亡くなられた皆さまに、深く御冥福をお祈り申し上げます。

今もなお、多くの問題を抱えている被災地の方々が沢山いらっしゃいます。物理的な復興はもちろんですが、精神的にも復興出来ますようにと心より復興を願っております。

14/07/01 草愛やし美

泡沫恋歌様、お読みいただき、コメントをありがとうございます。

あとがきのコメントが遅くなってしまい、誤解を招いてしまったようで申しわけありません。311は、震災の3月11日になぞらえた数字です。あの日をルートにして、その途上でいまだに、苦しんでおられる方々への励ましを願い書きました。

PTSDは、東北大震災や、福知山線の脱線事故など、大きな災害で被害にあわれた方々に起こり、その人生をも狂わせてしまう場合が多々あります。そんな苦しみが何とか緩和される日が一日も早く来ることを願っています。
今回の作品を書くにあたり調べましたが、PTSDはおっしゃるように恐怖が延々と続くということも知り、ラストを少しでも明るいものにと思いましたが、難しかったです。

14/07/01 泡沫恋歌

草藍 様、コメント返しありがとうございます。

やっぱり、そうでしたか。

自分も最初は3月11日の東日本大震災だと思ってましたが、一応道路マップ調べたら、国道311号がありましたので、
もしかしたら、ここで大きな事故があったのかと・・・考えました。

素晴らしい追悼の作品だと思います。
ありがとうございました。

14/07/01 光石七

拝読しました。
あとがきのコメントに、やはりあの震災のことだったのかと胸が苦しくなりました。
この主人公のように、心に傷を負った方はたくさんいらっしゃると思います。
草藍さんの思いが込められた作品、心に響きました。

14/07/02 鮎風 遊

その通りですね。
人は後戻り出来ない一方通行の道を走ってるようなもの。

後悔が一杯ありますが、それでも走らなければ。
∞ですかね。

残された手は、「忘却」しかないかな。
というようなことを考えてしまいました。

14/07/02 ドーナツ

ルート311∞車線、ふしぎな名前にひきこまれました。え、なに、この人たちって感じで ますます不可解な世界に誘い込まれました。

災害や戦争は、傷を負って生き残った人こそ悲劇だと思います。
この男性も死ぬまで ルート311∞車線から下りることができないと思うとやり切れない思いでいっぱいです。

14/07/03 そらの珊瑚

草藍さん、拝読しました。

いつ、どこで、誰しもにふりかかるかもしれない自然災害。
それによって大切な人を救えなかったという生き残った人の苦しい思いが
伝わってきました。
それでも人は生きていかねばならないとしたら、本当に辛い道だと思います。
けれど生きていくことこそ、不幸にも亡くなってしまわれた人は願っているような気がします。

14/07/07 kotonoha

3,11の壮絶な魔の出来事が私の胸によみがえり悲しくなります。
草藍さんの追悼の作品だったのですね。
お亡くなりになられた皆様のご冥福を心からお祈り申し上げます。

14/07/11 草愛やし美

>泡沫恋歌様、再度の訪問感謝しています。コメントをお読みくださってありがとうございます。
国道311号があるので、∞無限をつけました。道のテーマ、それも道路上でと考えました時、途上というイメージになりました。辛い途上で苦しんでいる方々を想い、この話を書かせていただきました。

>光石七様、コメントありがとうございます。

震災の折、創作をしていましたが悩みました。こんなことしていていいのだろうかと……。他の創作者の方々の中でも、書けなくなった方がおられました。そんな折、友人に「創作は、文字として残るものだから、必要と思う。コメディだって、今は笑えない被災者の方々も、将来、読んで笑顔になれる助けになるじゃないか。お金を出せる人は出す、力を貸せる人はボランティアに行く。呼びかける人。手助けできる道は様々。頑張って書き続けなさい」と言われ、ハッとしました。その言葉によって立ち直って、また書き始めるようになれました。
私の様なものが書く拙い創作でも、気持ちを伝えられたらと思っています。復興の道は途上にあります。忘れないためにも、創作で何かを伝えられればと考えています。

>鮎風遊様、お読みいただき感謝しています。コメントをありがとうございます。

PTSDは精神的に大きな衝撃を受けた時、起こります。それも何十年も経ってから、突然思い出すこともあるそうです。災害だけでなく、事件や事故に巻き込まれた方々に起こるのが事実です。それ以外に、心的に弱った時など、どんなことがきっかけで起こるかと思うとかなり怖いことかと思います。
自分自身の気持ちと戦うしかないのかと思うとほんとうに大変なことと思います。心療的な苦しみは、身体的なもののように目に見えず、はたからは奇異なことと受け取られたりすることもあるようです。最近は色々なメディアによってその知識が深まり、医療的にも進んできているようです。
パニックを起こしても、過換気だと本人がわかれば落着けるかと思います。良い薬や治療法もできているようです。少しずつでも改善されればと願っています。

>ドーナツ様、お立ち寄り感謝、コメントをありがとうございます。

戦争体験者の中にも、PTSDから抜け出せない方々、大勢おられますね。アメリカでベトナム戦争から帰還された方々の話を映画で昔見ました。あの当時は、PTSDのことも知らなかったですが、強く印象に残っています。人が人を殺す戦争、世界中からなくなるようにと願います。

>朱音様、お読みくださりコメントをありがとうございます。

現実に抜け出せない方々おられます。それでも、頑張って復興への道を歩みだそうとしておられると信じています。いつの日か、震災の地に、以前の活気が戻ることを願い、この作品にしました。拙作ですし、こういうことが、是か非かわかりませんが、自分のできることはこれしかないので、今後も何らかの形で残せればと思っています。

>そらの珊瑚様、コメントありがとうございます。

あれから、三年半経ってますが、まだまだ復興の道は途上にあるようです。みなさま、それぞれの道で頑張っておられることと思います。
少しずつでも、立ち直られるようにと祈っています。そんなことしかできませんが、できることがあればと心に留めています。

>kotonoha shizuki様、お忙しい中、お読みいただき嬉しいです。コメントをありがとうございます。

忘れないで復興へ何らかの形を伝えられればと思っています。きっと、少しずつでも、進んでいくことを信じています。自分でできることをひとつでもできればいいなあと願っています。

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