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yoshikiさん

面白い作品を知り、自分でも書いて見たくなって何年も経ちました。よろしくお願いします。 2010年 小説現代S&Sコーナーに初めて送った作品が掲載されました。作品名『幽霊の見える眼鏡』 とにかく面白いものが書いていけるといいなと思っています。 イラストはエアブラシと面相筆で昔描いたものです。

性別 男性
将来の夢 楽隠居
座右の銘 不可思議はつねに美しい、どのような不可思議も美しい、それどころか不可思議のほかに美しいものはない。アンドレブルトン

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氷の妖精

14/06/28 コンテスト(テーマ):第六十回 時空モノガタリ文学賞【 涙 】 コメント:0件 yoshiki 閲覧数:875

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 冷たくそそり立つ氷壁にトムと言う青年の姿がありました。ある時、山を愛するトムは足を滑らせ、クレバスに転落してしまいました。しかも直後に雪崩が起こってパーティの誰もトムを助ける事が出来ませんでした。薄れゆく意識の中でトムはもう終わりだと思いました。
 けれども、トムが気付くと目の前に美しい少女がいました。一瞬トムは自分はもう死んで天国にいるのかと思いました。でも少女がトムを見つめています。少女はしなやかな肢体を持ち、長い髪は金色にキラキラと輝き、青い瞳は深い湖のように神秘的でした。
「ここは天国なの? 君はきっと天使なんだね」
 トムは少女に語りかけました
「いいえ、あいにくここは天国じゃないわ」
 少女が微笑んで答えました。
「天国じゃなければ、ここはどこなの?」
「ここは山小屋の中よ。あなたは雪の中に埋もれていたのよ」
「えっ! ということは君が僕を助けてくれたの?」
「そういうことかしら」
 少女はやさしくそう言いました。
「君が助けてくれたんだね。ありがとう。でも、よく君一人で僕をここまで運べたね」
「わたし、力持ちかも」
 少女の微笑みでトムの心は癒されました。少女は食料を沢山持ってきてくれました。やがてトムの体力が回復し、山を降りようと思いました。
「君も一緒に山を降りよう」
 トムがそう言うと少女はちょっと悲しい顔をして山の方を指さしました。
「わたしの家は、あの山の彼方の氷の国なの」
 トムは驚きました。しかしこの世のものとは思えない美しい少女の姿は、人間とは思えないのも事実でした。
「じゃ、そこに帰るの?」
 トムは少女と時間を過ごす間に、いつの間にか少女に淡い恋心を抱いていました。うかつに恋に落ちていたのかも知れません。
「もう一度会いたい」
 トムが言うと少女がこう言いました。
「わたし達もう会わないほうがいいんです」
「どうしてなの?」
 少女はとても物悲しそうな顔をしました。
「このままお別れなんて悲しい。だったら僕はずっとここにいる」
 トムがそう言うと少女は言いました。
「もう一度、春がやってきたらこの場所で会いましょう」
「もう一度春って、そんなに先?」
「ええ。春の一時期でないとわたしはここまで来れないの。すぐにでも氷の国に帰らなくてはいけないから、もう一度春が来たらこの場所で会いましょう」
 少女の眼は真剣で宝石のように輝いていました。
「うん。わかった。約束だ。必ずこの場所で会おうね。ところで君の名を僕はまだ知らない」
「わたし、タニアといいます」
「タニア。いい名だね。僕はトムと言うんだ。きっとまた会おうね」
 里に戻ったトムは毎日のようにタニアの夢を見ました。夢の中でのタニアの微笑みはトムを胸の奥から暖かな気持ちで満たしてくれるのでした。トムはカレンダーに印をつけ約束の日を数えました。やがて季節は廻り春が来ました。
 タニアは約束の日に待ち合わせの場所にどこからともなく現れました。
「やあ、元気でいた? タニア。会いたかった」
「ええ、わたしもとても会いたかった」
 トムが笑顔でそう話しかけると、タニアが恥ずかしそうに答えました。
 二人は山々をとび回り。美しい景色の中で戯れました。タニアは見たこともない渓谷にトムを案内しました。そこから見上げる山々は天を突き通すほどに雄大でした。
 まるでエデンの園のような草原で、二人は時の経つのも忘れ、楽しくおしゃべりしました。二人はかけがえのない幸福な時間を確かに過ごしたのでした。やがて夕暮れになりました。
「もう、帰らなくちゃ」
 つぶやくように、タニアが言いました。
「まだ、一緒にいたいよ。好きなんだ」
 タニアは一瞬無言になりました。そして囁くように、こう訊きました。
「わたし、本当は氷の国の妖精なの。人間じゃないの。こんなわたしの事でも好き?」
「ああ、好きだ。大好きだよ。会った瞬間から」
 トムの声は震えていました。
「わたしもあなたが好き」
 眼を伏せてタニアがそう言いました。
 トムは、思わずタニアを抱きしめました。すると暫らくしてタニアの様子がおかしい事に気がつきました。腕の中でぐったりして、タニアの身体が氷のように溶けていくのです。そして絶えだえの声でタニアが言いました。
「わたし、人の体温には耐えられないの。ごめんなさい。だから人間を好きになってはいけないの。恋なんてしたらいけなかったの。でもわたしはあなたに会えて幸せだった」
 タニアの頬に氷の涙が伝いキラキラと光りました。トムはただ途方にくれて泣き叫びました。しかしタニアの身体は跡形もなく完全に溶けて消えてしまったのです。
 涙が涸れ果てたときトムは夜空の彼方、山々の頂きに流れ星を見ました。
 ――それが、あの美しい少女の魂だったのか知る由もありません。
    end


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