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きまねこさん

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肺の花

14/06/25 コンテスト(テーマ):第五十九回 時空モノガタリ文学賞【 ON THE ROAD 】 コメント:2件 きまねこ 閲覧数:1046

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口から花弁が溢れ出た。
それは咳をするたびに舞い落ち、まるで自分が時と共に枯れて行く花のように感じられた。
膝の上に重なる黄色の花弁。
どうやら私の肺の中には大量の花が咲き誇っているらしく、罹る病院の医師は皆全員気持ち悪がって外へと追い出した。
「あなたは何を諦めているのかしら?」
そんな生活が3ヶ月を過ぎた頃からやって来るようになった彼女は、毎回律義に出される紅茶で口を湿らせながら問いかけた。
「どういうこと?」
最近は異様に喉が渇くせいか水分を異常に摂取するようになった私は、本日3リットル目に到達したペットボトルをテーブルに置いた。
「いえ、何を諦めているのかと思っただけよ」
当然のようにソファに凭れかかり随分とリラックスした状態で彼女は繰り返す。
そういえば、何故彼女はここにいるのだろう?
ふと、そんな考えに辿りつく。
こうも頻繁に訪れる客人は今までに居なかったはずなのに。
いや、こちらが招いているわけではないで客人と言えるかはわからないけれど。
何時から、会っているのだろう。
わからない。
記憶を思い返してみても、いつどこで彼女と知り合ったのかちっとも思い出せない。
頭の中に霧が掛かっていたり、抜け落ちたという感覚は無い。
そう、例えるなら、絵具と水が混ざり合い、2つの境界線がなくなってしまったかのような感覚が胸の中に広がるのだ。
まぁ、今私の胸の中に広がっているのは面積の狭い花畑なのだが。
改めて彼女を観察する。
形容が、できない。
いや、したくないと言った方が正しいのかもしれない。
髪や肌、服の色はいくらでも説明できるのに、どうして彼女の顔や体つきはどうにも認識が難しい。
「私、帰りたいのよ。いい加減ここにいるのも飽きたわ。だから訊いているの。あなたは何を諦めているの?」
「……何も、諦めてはいないと思うけれど」
膝の上に花弁がまた零れ落ちる。
咳が出たわけじゃない。
数日前から口を開くだけで花弁が落ちる。
こんな生活、もううんざりだ。
くっつくような喉の渇きに、残っていた水を一気に飲み干す。
彼女の手元に目をやれば、さっき出したばかりの紅茶は最速底をつき、ティーカップの底が液体の薄い膜に覆われ顔を覗かせている。
「その花の名前、わかる?」
「この花に名前なんてあるの?」
「ええ、ビヨウヤナギという黄色の花よ」
「そうなの、誰もそんなこと教えてくれなかったわ」
「別に知りたくもなかったのでしょう?」
「まぁ、そうだけれど」
話しずらい。
彼女の言葉にある棘に、内側から刺されている感覚が拭えない。
こうも苦手な人種と、どうして同じ部屋でお茶をしているのだろうか。
やはり、答えは見つからない。
「ビヨウヤナギの花言葉は諦め。だからあなたは何かを諦めている。心から何かを諦めているのよ。それをどうにかしてもらわないと、私は元の場所に帰れない」
「何を言っているの?」
「いいから、答えなさいな」
「言っている意味がわからない」
「いいから、言いなさい」
彼女の眼光に耐えきれず、新しいペットボトルを開ける。
冷たい液体が喉を流れ落ちる。
「……生きること」
そして、私は白状した。
このまま黙っていては自分に返ってくるダメージが蓄積されるだけだ。
「やっと言ったわね」
満足そうに彼女はふんぞり返る。
「まぁ、知っていたけれど、自分の口から聴いた方がやっぱり気分がいいわ。それに、確信も持てた。これで私は帰れるわ」
「え?」
「水は命の源よ。それを飲んでいるのだから、あなたは生きることを諦めていない。大丈夫よ。だからいい加減、目を覚ましなさいな」
私が――もう1人の私が立ちあがる。
満足そうに笑っている。
「あなたは自分の気持ちを溜めこむタイプだから、これからは少しずつ吐き出しなさいよ。だから胸の中に花なんて咲くの。花は道の上にでも植えなさいな。その方が花だって嬉しいはずよ。それじゃあね」
おでこを突かれた。



目を開ければ見慣れた白い天井と、心配そうに私を覗き込むお母さんの顔。
息ができる。
胸が痛くない。
ちゃんと、生きている。
「手術、成功したよ」
お母さんが言う。
眼鏡の奥の両目が涙の膜に包まれている。
そう、成功したの。
もう病気で苦しまなくていいのか。
生きられるのか。
安心したせいか、涙か一筋流れ落ちる。
もう1人の私はちゃんと元の場所に戻れただろうか。
きっと、戻れたのだろう。
無事に退院できたら彼女の言っていた通り、花でも植えてみようか。
流石に道の上だと可哀想だから、ベランダのプランターにでも。
ありきたりな構想にも関わらず口角が上がる。
諦めなくてよかったと、心の底からそう思った。


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このストーリーに関するコメント

14/07/01 光石七

拝読しました。
不思議な状況から始まり、どう受け止めればいいのか戸惑いながら読み進めましたが、読後「そういうことか」と納得しました。
味のあるお話だと思います。

14/07/01 タック

はじめまして、拝読しました。

冒頭の、不思議な世界。
そこから徐々に真相や心情が明かされ、現実へと帰還する感覚が心地よかったです。
生への諦観、溜めこまれた思いを「花」で表現された、その感性も美しいと思います。
とても好きな世界観でした。素敵な作品をありがとうございました。

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