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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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淵の底の泥と月

14/06/17 コンテスト(テーマ):第六十回 時空モノガタリ文学賞【 涙 】 コメント:11件 クナリ 閲覧数:1941

時空モノガタリからの選評

世間や自分によって貼られたレッテルを脱ぎ捨て、「なくなったと思った」自分自身を再発見するまでの過程が力強く描かれていたと思います。「父が連れて行かれたのも、母が変わったのも、私にはどうしようもないことだった。でも千草の歯が失われたのは、私のせいだった」という一文がとても印象的でした。それは観念的に導き出された結論ではなく、どん底ともいえる体験を自ら通って得られた感情であるが故に、説得力を持っていると思います。千草の「失われた歯」と、最後に流された「私」の涙は、決して「無人格」なものではなく、実体をもった確かなものであり、人間らしい温もりを宿しているように感じられました。

時空モノガタリK

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高校一年生の夏、私が髪をばっさり切った時、周りの誰もそれを話題にしなかった。
母にはそんな余裕がなかったし、父は警察に連れて行かれてもういない。
高校でも、春先に父が起こした事件の報道を受けて、私はクラスの汚物として扱われていた。
豊かな社交性が自慢だった母は、今では小さく背中を丸め、蚤の様に暮らしていた。少し禿げた気がする。
私は私で、中学の時の友達に電話するのさえ、人に穢れを移す様で憚られた。

家から新宿までは、電車で十五分程だった。
危ない街なのだと聞いてはいた。けれど、開かない地下室に閉じ込められた様な気持ちでいた私は、どこか未知の場所へ紛れ込んでしまいたくて仕方なかった。
そんな私を咎めそうな大人も、もういない。
日曜の昼間の歌舞伎町は、何だかうらぶれて見えた。
ホテル街を歩いていると、身なりの綺麗なおじさんに、少し付き合わないかと誘われた。
(この人にとっては私は犯罪者の娘ではなく、適度に下半身を刺激する位の魅力を持った、只の女子高生なんだな)
何のレッテルも貼られていない自分になれるという誘惑は、恐ろしい程の甘ったるさでこの時の私を溶かした。
二時間の間、おじさんは優しかったし、とても満ち足りた様子だった。
私そのものを誰かから求められ、そして満たしてあげる感覚は、麻薬の様だった。

私は放課後や休日の度に、新宿を歩くようになった。
誰にとっても無人格のままの女子高生でいる為に、同じ相手とは二度会わないようにした。
おじさん達にとって、制服を卒業するまでの間が、私の魅力のピークなんだろう。昼でも夜でも、私の需要は絶えなかった。
いずれお金に溺れることがないように、男の人からは必要以上のお金はもらわないようにした。
けれど、そういう私の主義がある種の価値を男性に見出させるらしく、もう一度会おうとよく食い下がられ、時には恐怖を感じた。
やはり自分は危険なことをしているんだな、とは認識していた。
それでも、やめられなかった。
男の人に求められなくなったら私はおしまいだ、とさえ思った。

金曜の夜、ホテルを出て男の人と別れた所で、声をかけられた。
「今の人、彼氏じゃないよね」
中学の時の友達の、千草だった。近道なので、ここをよく通ると言う。
「需要と供給、だよ」
「自分に誇りが持てなくなるよ。そういうの、後まで引きずると思う」
千草は真剣に言ったけど、誇りとやらの有無が、今後の私の人生を現実に左右するとは思えなかった。
綺麗事は、心には響かない。
私を癒せるのはもう、友達じゃなくて行きずりの男の人達なんだと思うと、悲しかった。
その時、別の声が響いた。
「犯罪者の娘じゃん」
振り向くと、クラスメイトの女子が五人群れている。
「今あんた、おっさんと出て来たよねえ。やってんだあ」
五人が、げらげらと笑い出した。
千草が、
「友達?」
と私に訊く。
「全然違う」
「よかったね、こんな人達と友達じゃなくて」
「お前、援交犯罪者のお友達かよ」
一人が、千草の頬を指先ではたいた。
千草がその子を睨み、
「犯罪者じゃない。この子のお父さんも、まだそうと決……」
また、千草の頬が鳴った。
「あんた、そいつの親父にやられてんじゃないの」
また笑う五人。
千草が掴みかかった。
誰かが「こいつ!」と吐き捨て、たちまち一対五のケンカになる。
止めなければ。私が奴らの、頬の一つも叩いてやらなければ。

――でも私、過剰なお金はもらってないとはいえ、援交してるんだよな。
援交してる奴が、人叩いたりしていいのかな。
千草は、援交してる奴に助けられていいのかな。

そんな思考が、私を金縛りにした。
誇りが持てなくなる。引きずる。
こういうことか。
頭を振って顔を上げた時、突き飛ばされた千草が、ホテルの塀に顔をぶつけた。
五人は、憎まれ口を叩いて逃げて行く。
倒れた千草の口元が、みるみる赤く染まって行った。



千草は、八重歯を折った。
「大したことないよ。気にしないで」
そう千草に言われて別れてから、一週間が経った。
千草に、もう一度会うのが怖かった。
このまま連絡を取らずにいても、千草はきっと私を責めたりはしない。
でも、会わなければならない。
ここで逃げたら、それこそ私はおしまいだと思った。

千草の家の近くの公園で、夜、待ち合わせた。
「もう平気」
そう言う千草の前歯の横には、街灯の灯りの下、ぽつりと暗い穴が開いている。
父が連れて行かれたのも、母が変わったのも、私にはどうしようもないことだった。
でも千草の歯が失われたのは、私のせいだった。
ようやく、はっきりと後悔した。
何泣いてんのよー、と千草が笑った。
何笑ってんのよう、と私は泣いた。

体も制服も、誰にも求められなくても、涙は流れた。
失くなったと思った私がまだ、そこにいた。


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このストーリーに関するコメント

14/06/17 かめかめ

最初から失くしてなんかいなかったんですよね〜
涙でそれを思い出す。これからどう生きていくんでしょうね〜

14/06/17 gokui

 読ませて頂きました。
 恐ろしく現実的で残酷な話に、一輪の友人がまだまだ世の中捨てたもんじゃないと教えてくれました。なんだかありがとうと言いたくなる作品でした。

14/06/17 草愛やし美

クナリ様、拝読しました。

いいお友達がいてよかったと心底思いました。

親のこういう変わり方で、まともに被害を受けるのは子供です。兄弟や姉妹の場合もあります。家族に何か犯罪にかかわることがあると、家族みなが、世間に対して肩身が狭く成るのは確かなことです。自分自身のことでないはずなのに……家族というだけで世間の見る目は、変わってしまいます。
辛いでしょうが、目が覚めたことかと思います。ただ息をして心臓が動いているだけの生き方でなく、自分自身で、生きようとしていく生き方をして欲しいものだと願います。血というか、家族、親子など、関わりのある人が必ずこの世にはいるということなど、いろいろ考えさせられるお作でした。

14/06/19 クナリ

かめかめさん>
ありがとうございます。
一度獲得したものは、忘れることはあっても失くしてしまうのではないのだったらいいなあと思います。
それからようやく人生のリスタートですね。
どうなるのでしょう(無責任なッ)。

gokuiさん>
「何事も自分しだい」
「自分ががんばったかどうかが大事」
「自分のやることだけしっかりやっていればいい」
よく聞く言葉で、実際そうなのだろうなとも思うんですけど、それができなくなったときはそもそも一人では立ち上がれない状態で…
どんな他人が周囲にいるかで、決まってしまうことってあるんだろうなあと思います。
捨てたもんじゃない世の中にしてくれる人と出会えた主人公は幸運でした。

草藍さん>
自分の事は自分次第ですが、同時に他人次第の部分がどうしようもなく存在するなあと。
この場合の他人というのは身内も含めて「自分以外」の人たちのことですが、家族、特に親から子への影響というのは大きいと思います。
ただ、親にしか与えられない影響はあるけどそれは絶対普遍のものではなくて、友人という存在が与えてくれる影響によってしか与えられないものもあり、それが親によるもの以上の好影響をもたらすこともあると思うのです。
書いている人間が、親の愛、というものの絶対性をそこまで信用していないんでしょうね(^^;)。
親がだめなら友達、ということもあるんだぞー、と。

14/06/20 泡沫恋歌

クナリ様、拝読しました。

父親が犯罪者になってしまったせいで、
自分もまた道から外れてしまいそうになった主人公ですが、
千草という友達がいる限り、また立ち直れそうですね。

良い話だと思いました。

14/06/21 タック

クナリさん、拝読しました。

一行目から、素晴らしい作品だと感じました。
この続きを読みたい、この人物の先を知りたい、そう思わせる冒頭を書くというのは、本当に難しいことだと思います。それを巧みに、過剰な装飾なくやっておられることに感嘆いたしました。

そして、主人公が援助交際に走る場面。たとえ手段が援助交際でも、普通の、レッテルのない一般的な高校生として、誰かに一時的に見られることができる。その主人公の想い、心理は、いい意味で胸がざわついた、といいますか、読んでいて非常に心が刺激されるものでした。素晴らしい作品、ありがとうございました。

それと、この欄に書くべきことではないかもしれませんが、クナリさんがテーマ「結婚」に投稿された作品「憧憬甘傷クレピュスクル」、個人的には本当に大好きな作品でした。他意はないのですが、人様のことながら結果を見てとても残念に思い、不躾ながら書かせていただきました。(差し出がましいことを語ってしまい、不快に思われたなら申し訳ありません)

14/06/21 クナリ

泡沫さん>
ありがとうございます!
父親は連れて行かれてしまったけど、まだ本当に犯人かどうかはわからない状態で、そういう中で味方をしてくれる人は本当にありがたいと思うんですよね。
本当に父親が犯人で、筆舌に尽くしがたいひどい人間だったとしても、そういう人はなお味方をしてくれると思うんですよ。
そうでない人のほうが圧倒的に多い(=“普通”)なわけで、出会いに恵まれるというのは本当に奇跡的なことなんですよね。
他人にしか救えないものがある、と思うんです。

タックさん>
どこかのサイトに投稿する作品というのは、自分の場合最大の目標が「読んでもらうこと」なんですよね。
なので冒頭はそれなりに意識して書き出すようにしています。
わかりやすく、興味をもたれやすく、簡潔に…としていくと段々ワンパターンになっていくんですけど(^^;)。
冒頭から、話を転がりださせたいなあとは一応毎回思っているんです(そういえばタックさんの「転がる石〜」の作品は、文字通り転がっておられますがッ)。
もっと主人公がレッテルのせいで疎外されている描写を入れたほうがよかったのかなあ…と投稿し終えてから気づくので困ったものです。ヘイ(ヘイ?)。
自分にとって、「孤独」って、たぶんけっこう中心的なテーマなんですよね。
どこに逃げようとしたり、何を求めていくんだろうか…と。
「憧憬〜」に対しても、うれしいお言葉ありがとうございます。
自分の中ではうまくいった話だったので、タックさんにそういっていただけて、作品も十二分に報われております。

14/07/05 クナリ

メイ王星さん>
世の中、ナチュラルにやさしい存在に育ってくれた人たちのやさしさがすごく多くのものを支えてくれているなと思うんですよね。
殺人や売春を「なぜ間違っているの?」と聞かれると、なかなか説得力のある理由が出せず、「だめだからだめ」になってしまいがちな自分なのですが、それでも自分なりにその理由はあるわけで、その価値観はなくしたくないなあと思うんです。
なんだか、今回はその辺が話に影響しているのかも。。。

14/07/14 光石七

援交と聞くとつい顔をしかめてしまいますが、そこに至る経緯とか理由があり、大きな傷を抱えているということもあるわけで。
一義的に判断する危うさに気付かされます。
千草の芯の強い優しさと心の大きさが素敵だと感じました。
彼女がいてくれて本当に良かった。逃げずに千草と向き合った主人公もえらいですね。
主人公が流した涙は彼女自身を浄化し、前に進ませることでしょう。

14/07/17 クナリ

光石さん>
「なぜそうなったか」を考えて向き合わなくてはならない相手がいると思うんですよね。
全員ではなくても、自分にとって大事な相手ならば。
出会いというのは本当に宝物ですし、守らなければならない関係というのがあると思います。
そのとき一番会いたくない相手が、実は今会わなくてはならない相手だったりしますしねー…。

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