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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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池田屋事件 中篇 ――the Tempest with Howling Edges

14/06/01 コンテスト(テーマ):第三十二回 【 自由投稿スペー ス】 コメント:4件 クナリ 閲覧数:1152

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 池田屋の店主は、近藤をひとまず押しとどめようとした。
 だがそれが到底叶わぬと分かると、二階へ向かって「皆様方、御用あらためでございます!」と大声で叫ぶ。
 二階と言っても、すぐ横に伸びている表階段とは違う方向へ主人が声を放ったのを、近藤は見た。
(裏階段か!)
 近藤はそう察し、すかさず、
「総司、二階だ。永倉君と藤堂君は下」
と命じた。
 四人は二手に分かれ、近藤と沖田は奥へ駆け、裏階段を駆け上がった。
 永倉ら二人は階下で控える。
 その裏階段の頂上に人影があった。手を刀の柄にかけた、長州浪士である。
 この期に及んで抜いていないとは甘い、と近藤は一息に踏み込み、斬り上げた。
 脇の辺りをぱっくりと赤く切り開かれた、池田屋最初の死体が、狭い階段を転がり落ちた。沖田はそれを跳ねてかわし、近藤と共に階段を上がり切る。
 先程外から見えた怪しい大部屋は東の端であり、裏階段を上った目と鼻の先にあった。
 近藤は唐紙を開け放つと、
「全員動くな、御用あらためである!」
 と大音声を放った。
 長州浪士は驚愕しながらも、さすが次々に刀を手に取った。
 だが、刀さえあれば切り合いが出来るわけではない。
 新撰組は鎧代わりに鎖の着込みを羽織の下へまとっているだろうが、浪士達はそんな用意はなく、裸同然である。 剣で腹を撫でられただけで重傷を負ってしまう。
 だが近藤もまた、表情には出さずに戦慄していた。
 長州浪士の数は、ざっと二十名以上。
 大部屋とはいえ天井も低く、そう広い訳ではない部屋の中に、二十数振りの剣がひしめいている。
 (多過ぎる。これは死地だ)
 だが、もう止める訳にはいかない。
 近藤は剣の切っ先を突き付け、集団を牽制した。
 しかし、
 ――新撰組はたった二人。数の有利を頼めば、斬り勝つのは自分達の方ではないか。
 そう算段する者もいる。
 ならば、座したままでいる手は無い。
「イヤッ」
 浪士の一人が気合を吐き、太刀を抜いて跳んだ。
 彼の標的は、体格から見て 近藤よりは与し易しと見えた沖田である。
 難敵よりも格下をまずは狙う、この浪士の行動は、全くの間違いでは無かった。
 だが、いかんせん彼我の剣力差の値踏みが甘すぎた。沖田とこの男では段が違い過ぎて、最早、生物が違う。
 沖田は相手が猛っているのとは反対に、恐ろしく静かに右足から踏み出して接敵した。
「くわっ」
 などと吠えて、男が刀を振り上げる。
 その首を、沖田が薙ぎ飛ばした。沖田の一の太刀は、居合よりも早い。
 離れた首と体がそれぞれ、血しぶきを巻いて、ごろりと床に転がった。
 一太刀で床を舐めた死体を見て、浪士達が恐怖で満ちる。
(やはり、今斬り合えば死ぬ!)
 そう悟って、彼らは弾ける様に部屋から逃げ出した。
 逃げの一手に奔った大勢の人間を仕留めるのは、困難である。近藤達の立つ部屋の入口は殺到した浪士達で洪水の様になり、さしもの二人も身を守るので精一杯で、よく剣が振れない。
「止めろ総司ッ。階下がまずくなる」
 近藤と沖田はそれ以上の逃走を遮二無二押しとどめた。
 それでも、ようやく二階の部屋に残ったのは、五名。
 浪士達は階段を下りるのももどかしく、次々と二階の廊下から、吹き抜けになった中庭へ飛び降りて行く。
(主戦場は、一階になる)
 近藤の判断は早い。
「総司、二階は任せた」
「はい」
 笑っているような表情の沖田を背中で誇り、近藤も階段を駆け降りる。
 二階は、五対一。
 通常であれば、沖田に勝ち目は無い。
 だが近藤は、沖田の剣に全幅の信頼を寄せて任せている。そういう時の沖田は、最も強い。
 沖田の剣は思想信条の後押しが必要なく、近藤らの為ならば常に、単純なる酷烈さで、無感動に人を斬る。
 道場では近藤や土方すら子供扱いしたと言われるが、彼の無邪気な魔剣が最も生きるのは、実は真剣の応酬の中だった。
 右手にいた浪士の一人が、自棄を起こして沖田に斬りかかった。
 逆袈裟のそれは、鈍い剣ではない。しかし、沖田の応撃があまりにも凄まじい。
 一突きで最前面の男の胸を貫くと、威勢に任せて二人目の剣を弾き、そのまま三人目の小手をも突いた。
 池田屋の低い天井の下では、まともに剣を振りかぶれない。突きの天才、沖田の独壇場である。
「五人、殺す」
 それが可能だと確信した沖田の宣告に、 浪士達が震えた。
 一度踏み込まれただけで、三人が半死半生にされたのである。
 浪士達の腕はすっかり縮み、彼らは最早剣士ではなくなっていた。もう、討ち取られるのを待つばかりでいる。
 だが、沖田が正眼に構えたその時、異常な熱の塊が、突然沖田の肺から込み上げて口から溢れた。
 ごぱっ、と音を立てて、沖田が喀血する。
(何だ!)
 喉が詰まって力が抜け、両足が体を支えられなくなり、沖田はその場にくず折れた。
 動転しながら、それでも沖田は、自分の体に尋常ならざる変調が起きたのを理解した。
 しかし、それがどうした類のものか、見当がつかない。
(冗談じゃない、こんな敵地のど真ん中で!)
 己の身を叱咤しても、既に視界さえ、酸欠と苦痛で異様に歪んでいる。
 只ならぬ様子の沖田に、今が好機と、無傷の二人のうち一人が踊りかかった。
 沖田がそれを察知し、剣人としての勘のみで、うずくまったまま斬り上げる。
 同時に、また喀血。
「かはッ!」
「ぐぅえっ」
 再び吐いた沖田の血が宙を舞い、胸を斬られた浪士の鮮血と、空中で混じった。
 畳に転がったその男の傷は深くはなく、致命傷には及ばないが、刀はもう握れない。
 片膝をついたまま、沖田が再度正眼に構えた。
「お互い、三下じゃあるまい。来なよね、……」
 そう強がる。
 子供以下の戦闘能力に堕したに見える沖田を見下ろし、浪士達の判断はしかし、逃走であった。
 ただでさえここは長州藩邸が近く、浪士達は池田屋を出さえすればそちらへ逃げ込めるどころか、加勢を頼んで新撰組を返り討ちに出来る。
 ここで病人の凶剣に立ち向かって、わざわざ死傷する必要は無い。
 浪士達は次々に、大部屋を飛び出て行った。
「待て、……」
 沖田は追えない。
 そこで、沖田の気力も尽きる。
 刀を握ったまま、畳に突っ伏して白目をむいた。
「近藤先生、……」
 沖田総司、昏倒。
 新撰組、残り三人。

 一階は、既に修羅場と化していた。
 当代きっての使い手である永倉と藤堂が待ち受けてはいたが、階段と中庭へ、夕立の様に浪士達は飛び降りて来る。
 その多くは、この時点で新撰組が酷く寡兵であることに気付き、次々に鞘の鯉口を切った。
 彼らは元々、血気盛んな戦士である。一秒ごとに、永倉らの不利は極まって行った。
「藤堂君、存分に斬れ!」
 叫びながら、永倉が浪士を一人、袈裟に斬った。
 池田屋事件で、最も激しい剣撃を鳴らしたのは、沖田を超える剣士とも言われた、この永倉である。
 一階は、二階よりも剣を振る空間に余裕がある。
 中庭へ飛び降りてまだ体も整わぬ浪士達に斬り込み、永倉は竜巻の様に斬撃を浴びせた。
 刀を振り上げた敵の脇腹を裂き、構えた敵には身を低めて足を薙ぐ。右にいた敵の肩を切り付け、余勢を駆って左の敵の腰を割った。
「カアッ」
という永倉の気合の間に、
「ぎいえ」
「ああ!」
 といくつもの悲鳴が上がる。霧の様に舞う血しぶきが、二階の廊下まで湿らせた。

 藤堂もまた、階段の下で浪士達を迎え撃った。
 もともと「魁(さきがけ)先生」と隊内で渾名される程に活発な剣士は、敵の懐に一足飛びに入り込んで行く。
 藤堂は、ただの向こう見ずではない。激しく動きながら、鷹が俯瞰する様に戦場を見下ろして死地の先にある光明を見出し、照らす先へ飛び込むのが彼の剣である。その途上に敵がいれば、斬る。
 藤堂の剣は激しい。斬り付けられれば体ごと刀で受け、体で跳ね返し、体ごとぶつける様に叩き斬った。
 一撃目を防がれれば、体を載せて倍の重さをかけた剣を、返す刀で叩き付ける。
 受け太刀と斬撃の激しさに負けて、藤堂の刀の刃は鋸の歯のようにこぼれて行った。
(もう数合で、あの刀は折れる)
 そう心算した浪士が、藤堂の体ではなく刀めがけて剣を放った。
 藤堂が半身になり、受けずにかわす。空振ってよろめいた浪士の下半身に、激痛が走った。
 見ると、藤堂の右足底が浪士の左膝を蹴り抜いている。ギャア、と叫んだその口に、ササラの様になった藤堂の剣先が突き込まれた。
 その一瞬、藤堂の動きが止まる。
 好機とばかり、右手の水屋の物陰から、ヤッと浪士が斬り付けて来た。
 不意打ちに応じようとしたその時、折悪しく、藤堂の額に巻いた鉢金が汗でずれて視界を塞ぐ。
 その鉢金ごと、ヤッと切り下げた浪士の刀が藤堂の額を割った。
「ぐあっ!」
 致命傷ではないが、衝撃が脳を叩いた。額を朱に染めて、藤堂が仰向けに昏倒する。
 とどめを刺そうと、浪士が刀を逆手に持ち替え、藤堂に突き立てようとした。
 その浪士を、横合いから飛んで来た永倉が、逆袈裟に打ち斬り、即死させる。
「藤堂君!」
 呼べども、答は返らなかった。
 藤堂平助、無力化。
 新撰組、残るは二人。

 近藤周平は、土方隊を呼んだ後、すぐに池田屋へ取って返していた。
 土方が隊士を集結させてからやって来るまで、今少しかかるだろう。自分も早く、義父らに加わらねばならない。
 周平の武器は手槍である。
 池田屋に戻るが早いか、穂先を猛らせ、扉を固める隊士達を押しのけて飛び込んだ。
 すると、必死で駆けたせいで背中を濡らしていた汗が、一瞬で冷や汗に変わった。
 周平が目にしたのは、絶望的な光景である。
 二十人を超える敵の中、義父と永倉が個々に囲まれてい。互いの背中すら守れていない。
(これでは、すぐに二人とも斬られてしまう)
 軒昂していた周平の意気が、急速にしぼんだ。自分は戦いに来たのだ。死にに来たのではない。
 浪士の一人が、入口で呆然としていた周平を見咎め、斬り付けて来た。
 武器の間合いで勝る周平だが、体が凍り付いて迎え撃つことが出来ない。あっという間に距離を詰められ、殺気に満ちた白刃が目の前に迫った。
「うわッ」
 つい、手槍の柄で刀を受ける。柄は木製である。
 手槍は真っ二つに切り裂かれ、穂先が床に落ちた。
(死ぬ)
 周平は、刀を抜いて浪士に投げ付け、その隙に一目散に逃げ出した。
 戸の前にいた新撰組隊士、奥沢栄助がそれをとどめる。
「どうしたおつもりか。これは敵前での逃亡です」
 周平は真っ赤な顔で、
「なら、奥沢さんが行けばよい」
 奥沢はめまいがした。これが、この修羅場で、近藤局長の子の言うことか。
 問答している二人に、池田屋から飛び出した浪士が突っかけて来た。
 奥沢の横にいた、阿部という隊士がそれを斬る。深手を負った浪士は、うめきながら屋内に戻って行った。
「周平殿、私もそうしたいが、我々がここを離れて敵を取り逃がし、長州屋敷から応援を呼ばれれば、 万事休する。どうか!」
「刀槍がない!」
 奥沢は自分の太刀を抜くと、周平に渡した。
「周平殿、あなたがここで逃げれば、御身も近藤先生も立つ瀬がありません。どうか士道を全うなさって下さい」
 口調は丁寧だが、有無を言わさぬ力強さが、奥沢にはある。
「殺生を言う……奥沢さんは、殺生を……」
 周平は渋々、屋内へ戻った。結果を言えば、周平はこの夜を生き延びた。
 だがこの夜とうとう、周平の気合の声さえ、聞いた者はいない。
 土方隊はまだ来ない。
 応援なく、新撰組依然、池田屋に二人。

<続く>


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このストーリーに関するコメント

14/06/03 泡沫恋歌

池田屋事件 中篇 ――the Tempest with Howling

拝読しました。

迫力ある、剣劇シーンですね。
状況もとても分かりやすい。

京都にある池田屋は覗いたことがあります。
割と小さいお店でした。

ここで、そんな殺傷事件があったのかと思うくらい。

14/06/05 クナリ

泡沫恋歌さん>
京都の建物は、どれも狭いですよねえ(^^;)。
新撰組では京都用の戦闘方法として、突き技を推奨していた部分があるそうです。
振りかぶると天井とかに当たっちゃうので。
広いところで突きを出すと出した直後死に体になっちゃうので控えた方も多かったらしいですが、屋内用の戦い方としては確かに…ですね〜。

14/06/05 草愛やし美

クナリ様、これはゲーム化した新撰組? ですよね、と勝手に判断。

「沖田総司、昏倒。 新撰組、残り三人。」や、「藤堂平助、無力化。 新撰組、残るは二人。」「土方隊はまだ来ない。 応援なく、新撰組依然、池田屋に二人。」というくだりなどから感じました。間違っていたらごめんなさい。
沖田総司恰好いいですよねえ、この人の剣ってDVDでもあれば見たかったのにと思います。面白いです、ラスト参ります。

14/06/06 クナリ

草藍さん>
起こっている現象を、数字で表現するのって好きなんですよねー。
「山田は60秒の猶予のうち、右手を大きく振りかぶるのに2秒使った。駆け出すのに1秒。そして残りの57秒を、5秒ごとに区切って佐藤を追い詰めるべく算段する。余る2秒の使い道は、15秒経過までに決めれば応用が利くはずだ」
みたいな感じの。
新撰組のゲームってやってみたいなあ。隊士になって、朝起きたら「あ、土方先生。おはでーす」とか(斬られるわ)。
沖田さんは天然理心流ですが、この流派は今でもあるらしく、稽古をすると沖田さんが使っていたであろう技なんかに思いをはせることができるとか何とか。
ただ、沖田さんといえば三段突きが有名なんですが、現代の同流の凄腕の方でも二段突き以上はなかなかできないというのを聞いたことがあります。
やはり天才ッ。

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