1. トップページ
  2. リヴァイアサンの指先で ――ザジ・ウィンストンの方便――

クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

投稿済みの作品

4

リヴァイアサンの指先で ――ザジ・ウィンストンの方便――

14/05/19 コンテスト(テーマ):第五十七回 【 私を愛したスパイ 】  PRIVATE:I’S賞 コメント:7件 クナリ 閲覧数:1529

この作品を評価する

『歌と水の街』は、大陸最大の芸能都市である。
立身と凋落が頻繁に氾濫する街の治安は、年々悪化していた。
街を統治する貴族院運営の歌劇団は私兵を構え、やがて公務を兼任する形で街を取り締まった。
が、既に腐敗した街の兵士の質は悪い。
彼らの市井での横暴への反発が、いつしか、革命兵と呼ばれる貴族院転覆を狙う反体制集団を生んだ。



街の中を縦横に走る水路の中には、地下を巡りながら、いつしか枯れたものも多い。
その中の一部を、革命兵のある分隊が拠点としていた。
蝋燭の明かりの中、椅子代わりのバケツに座った少年が分隊長へ、
「ティテラが、貴族院と内通してるってんですか」
と言って睨んだ。
「密告があった。去年彼女を選考したのはお前だな、ザジ」
「見所がありました」
「歌劇団兵に冤罪で殺された弟の恨みがある、という話だったな。弟の死体を見たか」
「埋葬後でしたよ」
「確認する。共同墓地だな、ティテラも立ち合わせろ」
ザジは不満気な顔を隠さない。
「ザジ。貴族院が、辺境の孤児を間諜に雇ったとも聞く。未成年が一番怪しいんだ」
「じゃあ、俺も疑っていいですよ。まあ、辺境者は主食から肉で、俺らは小麦。他にも火葬と土葬、多婚と単婚、こう文化が違えば少し位怪しくて当前だ。スパイにはうってつけですね」
「リスクに備えるだけだ。では、今夜」

革命兵加入の動機として最も通り易いのは、歌劇団兵に肉親を奪われた恨みだった。
一年前、十六歳にして分隊の信任厚いザジが、考査の為に夜の路地裏でティテラと会った時、十五歳の少女は極端に憔悴していた。
髪も肌も荒れ放題だが、眼光は鋭い。
「弟の仇を討たせて」
歌劇団兵に鉄杖で頭を割られて死んだという弟の話を聞きながら、その凛とした声をザジはつい、綺麗だな、と思った。
「俺達は組織だ。個人の激情に捉われずに理性的に行動する人間だと、君を信じていいか」
「いえ。信じるって、思考を諦めることだわ。私を信じたりしないで」
ノーと答えながらも、少女の目には確かな正気がある。
ザジは、それを見込んだ。
同時に、その激しい正気に惹かれていた。

深夜の墓地に、分隊長、ザジ、ティテラが忍び込んだ。
土葬にされた彼女の弟の遺体を、ザジが掘り出す。骨だけになった骸は、頭蓋骨の半球部分が、半分近く欠損していた。
「頭、割れてます」
「そうか」
憮然としたティテラにそれだけ言って、分隊長は墓地を出て行った。
ザジとティテラは、遺体を元に戻した後、脇のベンチに並んで座った。
今では随分気心も知れている。ザジは普段と同じ調子で話し出した。
「悪かったな」
「いいわよ、今更」
「貴族院は、何と言って君を雇った?」
不意打ちに、ティテラが強張る。
ザジが続けた。
「鉄杖じゃあんな砕け方はしない。あれは、脳が沸騰して内から弾けた跡だ。焼死か、火葬。明るければ焼いた形跡が分かるだろうが、昼間に墓暴きなんてことはないと踏んだんだろ」
ティテラが目を伏せ、指を組む。震えを止めようとして。
「……そうよ。弟の遺体は火葬にしたの。私は、辺境者だから。黙っててごめん。でも、だからって内通を疑……」
「弟が死んだのは街の外ってことだな。なら歌劇団兵も無関係だ。なぜ死因で嘘をついた。革命兵に入る強力な動機を作る為、以外の答はあるか」
二人の唇が閉じ、数瞬、墓地から物音が消える。
やがて、少女の口から声が漏れだした。
いつもの気丈さからは程遠い、酷くか細い声。
「弟が流行り病で死んだ時、院の使者が来たの。言うことを聞けば、お前はいい声をしているから、いずれ歌劇団に入れてやるって」
「先行きの希望で、買収か」
「そう、私は貴族院の内通者よ。華やかな餌に釣られて、死んだ弟をいいように使ったの。汚いね。でもこの街は、……つっぱねるには眩し過ぎた。辺境者の、私には」
声にすすり泣きが混じる。
「私って、こんな奴よ」
星を見て、ザジが言った。
「歌劇団には入れない」
「分かってたわ、あんな口約束。それでも……」
「違う。あと数年も、この街は続かない」
涙目のティテラが、怪訝な顔をした。
「自治は終わりだ」
少女の目が見開かれ、
「あなた、何者なの。何を知ってるの」
「まだ言えない。君は院の間諜として働きながら、院の情報を俺にくれ」
「私を分隊長に、引き渡さないの」
「あの日、君を信じるなと言ったろう。君が望む君になれなくて、苦しんでるからだってことくらいは分かるさ。そんな女を、怖い人達には渡せないよ」
また、暫く無言。
やがてティテラが、微笑みを浮かべて、
「私も分かるわ。色々言って、つまりザジってお人よしなのね」
「相手によるよ」
ザジの呟きは、いつしか鳴き出した虫の音に紛れた。
「え、何?」
「ほっとけ、と言ったんだよ。行くぞ」
「もう? ね、何か、飲んで帰ろうよ」


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/05/20 草愛やし美

クナリ様、拝読しました。

「歌と水の街」その名称とは全く裏腹の残酷な仕打ちが、繰り広げられている歌劇団の街の現実。何も持たない貧しい辺境者が、這い上がるために命まで賭けるという事実、あまりにも切なく悲しいお話ですね。

二千文字で、この内容の深さ。難易度の高いテーマをこの街に集約して描き切っておられる素晴らしい技量に感嘆の念でいっぱいです。久しぶりの「歌と水の街」シリーズ堪能させていただきました。ありがとうございました。

14/05/22 クナリ

OHIMEさん>
街の歴史や流れにはあまり言及せずに、登場人物たちの目線で切り取った話を書くようにしているのですが、まあ一度ほとんど破滅してみたりするわけです。
悲観的なばかりの話も好きなんですが、やはりどこかで人間の救いみたいなものを信じていて、それを譲れないのかもしれませんね。

再会の準備はできています。
有効期限は、また逢う日まで。

草藍>
当初、もっとめるへんちっくな話が多くなるかなあと思っていたんですけども…どうしたことか(^^;)。
しあわせにふわふわ暮らしてる人もいると思うんですけど、クナリが主人公に選ぶのがこんな境遇の人たちばかりなので…。
そう、テーマ難しかったんですよ。
毎回のテーマに参加されている草藍さんにそう言っていただけると、格別にうれしいであります。

14/05/24 そらの珊瑚

クナリさん、拝読いたしました。

体制が末期になり、終焉も間近いであろうこの都市の負のエネルギーが充満しているような、
日本であったら幕末を思わせるようでもあってわくわくしました。
墓場のシーンは印象深く、ラストシーンにほほえましいものを感じましたが
それはつかの間の平穏のように思われ、
行く末どうなるんだろうとすっかりこの物語に魅了されました。


14/05/26 クナリ

そらの珊瑚さん>
墓場のシーンは自分の中で結構大事なモチーフなのですが、もすこし
書きこみたかったところでもありましたッ。
このシリーズは異世界を舞台にしていることもあり、極力ビジュアル面を
意識した作りをしたい…と思いながら書いているのですが、なかなか
うまくいきません(^^;)。
街の住人達は崩壊していく日常と、それによって生じる混乱の中に
飲み込まれていくわけですが、大局的な視野ではなく、あくまで個人個人の
生活を通してこの街の行く末を書いていけたらと思っています。
コメント、ありがとうございました!!

14/06/02 光石七

『歌と水の街』シリーズ、いつもと違う切り口ですね。
正直、このラストは「あれ?」と思いました。「ここで終わっちゃうの? もっとこの二人を見ていたいんだけど」と。2000字なのがもったいない。
でも登場人物が本当に生きていると感じます。
ビバ、クナリズム(笑)

14/06/03 クナリ

光石さん>
ありがとうございます!
ここで終わってしまいました(^^;)。
もっと気合を入れてドラマを作らねばなりませんね。
今回は頭蓋骨のくだりが書きたくて、そこで満足しちゃったかもッ。
なんとなくこの二人はひどい目にあわずに暮らしてほしいなあと思っていますが、さて…。

ログイン