1. トップページ
  2. 丁字路

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

2

丁字路

14/05/19 コンテスト(テーマ):第五十八回 時空モノガタリ文学賞【 転がる石のように 】  コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1076

この作品を評価する

 忘れられたような路地があるとすれば、いま女が歩いている路地がそれに当てはまるかもしれない。両側にならぶ殺風景な壁には、明かりのついた窓はどこにもなかった。
 路地には外灯が一つ、その寒々とした明りの下に、どこからか吹きよせられてきたチラシが、いくあてをなくしてその場でぐるぐるまわっている。
 女はやがて三叉路の、左と右にわかれるところにさしかかろうとしていた。その角の手前に、なにかがぽつんとたっている。目をこらすと、台の上におぼろげに八卦見の文字がみてとれた
 女は、疲れた体を癒すかのように、台のまえにおかれた椅子に腰をおろした
「なにを占いましょう?」
 茶色のメガネをかけた面長な顔の易者は、顎の先にはやしたヒゲを、それが癖なのか、なんどもしごきながらたずねた。
「この道を、どちらにむかっていけばいいのかを、占ってちょうだい」
 易者は、どこか投げやりな女の言葉を、それでもしかつめらしくきいていた。
「なるほど、左右どちらにいくのかを、占ってほしいのですな。わかりました。ではまず、名前と生年月日を」
 左か右に行くだけなのに、そんなものが必要なのかと思いたくなるが、女はあっさりとその二つを答えた。
 易者は、ボールペン片手になにやらしきりに書きだした。あまりにあっさり占ってしまうと、見料をもらいにくいためともおもえる彼の引き伸ばしともうけとれた。
「運勢はなかなかいいですな。金運もまあまあです。新しい異性との出会いありとでています。ただ、なにごとにも一途な性格がわざわいして、周囲との衝突が―――」
 女は、だまって、易者の言葉をきいていた。年は五十前後、色白の、美形ではあったが、その美形が災いするような危険なにおいがそこからした。
「―――なにもかも、うまくいかなかったわ」女は、唐突にそんなことをいいだした。
「結婚前につきあっていた男性と、十数年ぶりにであって、そこからすべてははじまったの」
「その男性とは………」
 じぶんが占い師であることを忘れでもしたかのように易者は、女のいうことに耳をかたむけた。
「そのときは、夫とこー二人の子供をすてても惜しくないとおもえたの」
「で、そうしたのですか、―――ん?」
 急に易者は首をひねって足元をのぞきこんだ。そこから猫の鳴き声がした。
「これ、あっちいけ。餌なんてないぞ」
 そのとき女が彼のうなじのあたりに目をとめた。そこに、小豆大の痣がみとめられた。女の目が一瞬、なにかをおもいだしたようにみひらいたが、口からでたのはそれとはちがった。
「彼のところに、行ったわ」
「家族をすてて?」
「彼にも奥さんと子供がいたけど、彼のほうは、捨てる気はなかった。それに彼にはほかにも女がいたの」
 それから彼女がどうなったのか。さすがに易者はたずねなかった。彼女がいまここにひとりでいる。右にいくか左にいくか、それさえじぶんできめかねて―――。
「じぶんでも、まちがっているとはわかっていても、そのまちがったことがそのときは、正しいと思い込もうとする自分がいるのね。現実がちゃんと答えをだしてくれるときは、もう手遅れだけど。人生って、それで終わらないところが残酷ね。いつまでも、じわじわと続いてゆく。その間も、なにかして生きて行かなくちゃならない」
 そのじわじわと続いているときに彼女がなにをしていたのか、易者にも想像はついた。色白の、美形の容姿、危険なにおい………。
 易者は座りづらい折りたたみ椅子のうえで、居住まいをただした。茶色のレンズの中で彼の目が、ふいに真剣な光をたたえた。両手に握った筮竹を、右と左にわけとって、右の中からまず一本をぬき、つぎに四本ずつをぬきとるその様子には、これまでの彼にはなかった真摯さと、女に対する同情の念があからさまなまでにみてとれた。
 それをみて女も、口をとざした。好きではじめた打ち明け話ではなかったので、いつでもやめることができるとばかりに。
 易者がめんとむかって女に口をひらいたのは、十分もすぎたころだろうか。
 誠心誠意易経にうちこんだあとが、その汗のにじむ額にあらわれていた。
「右にむかって行きなさい。あなたの運勢を上昇させるものがまっていると、易にでている」
 女は、用意していた見料を、彼にわたすと、だまってたちあがった。
 そして、あぜんとする易者を尻目に、右ではなく、左にむかってあるきはじめた。
 彼の首筋にあった小豆大の痣。あの男はもうわすれているらしいが、彼が、これまでまじわってきた男の一人だということは、あの痣をひとめみたとき女にはわかった。あのときも手相をみるのが好きだった。それで易者になったのか………。
 女は歩き続けた。どっちにいっても、転落していくことに変わりはない。人生は続いていくのだ。



 




コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/05/20 W・アーム・スープレックス

OHIMEさん、コメントありがとうございます。

私のなかの、数少ない引き出しのひとつが、この作品のような世界です。
光を当てるというより、こちらからその中に入って行って、薄暗がりに目をこらしたらみえてくる、仰々しさとか、晴れやかさとは無縁で、特別ではないけれど、単独にしか生きられない人々。

読んでいただいてありがとうございました。

14/06/05 かめかめ

左をえらんだ女、かっこいいです。

14/06/06 W・アーム・スープレックス

かっこいい―――なんだかうれしくなるようなコメントです。

ログイン